第42話
王城での会談から数日後。
王都から離れた鉱山都市に広がる、コールマン商会が所有する広大な専属工房。
無数の炉が熱気を放ち、鉄を打つ規則正しい槌音が響き渡るその空間の片隅で、鉱山都市支店長のギガル・ヴァーガンは、ワイズから手渡された注文書と図面を見て深く、重いため息をついた。
「……黄金の刀身に、柄には最高級のルビーとサファイアを埋め込む。おまけに鍔はプラチナの透かし彫りだと? 全く、あの勇者様の虚栄心には呆れて物も言えねぇな」
呆れ果てた様子のギガルに対し、ワイズはいつものように涼しい顔で頷いた。
「そうだな。だがこの馬鹿げた注文のおかげで、王国の防衛予算から莫大な利益を引き出すことができる。……そしてギガル、儀礼剣の製作と並行して、もう一つ頼みたい仕事がある」
ワイズは懐からもう一枚、別の図面を取り出し、ギガルへと手渡した。
それを受け取ったギガルの目の色が変わる。
そこに描かれていたのは一切の無駄な装飾を削ぎ落とし、実用性と殺傷能力のみを極限まで追求した、無骨で頑強な量産型の剣。
それも指定されている生産数は尋常ではない。一個軍団を丸ごと武装させられるほどの途方もない数。
「儀礼剣で得た莫大な利益を、全てこの実用剣の大量生産に回す。素材には一切の妥協を許さず、最高のものを使え」
「……おいおい」
ギガルは図面からワイズへと視線を移し、その真意を探るように目を細めた。
「王国軍の正規装備を遥かに凌ぐ質の剣を、これほどの数……。会長、戦争でも始める気か?」
単刀直入なギガルの問いかけに、ワイズは何も答えなかった。
ただその酷薄で底知れない商人の瞳に微かな、しかし決定的な熱を帯びた笑みを浮かべただけだ。
詳しい話は一切しない。
だが長年彼の下で働いてきたギガルには、その表情と纏う空気だけで十分だった。
「……なるほど。いいだろう、こっちの仕事は秘密裏に進めておく。それでいいんだな?」
ワイズが何か途方もなく大きなことを始めようとしている。それを察したギガルは、これ以上何も言わずに肩をすくめた。
・ ・ ・
工房の奥、勇者の装備一式を手掛けたこともあるドワーフの名工、職人たちの束ね役である親方は、アレクの儀礼剣の注文書を見るなり、顔を真っ赤にして図面を床に叩きつけた。
「ふざけるなッ! ただの金ピカの飾りなど打てるか!」
親方の怒号が、炉の音を掻き消して工房に響き渡る。
「俺たちは戦士の命を預かる武器職人だ! 目立つためだけの、振れば折れるような玩具を作るために金槌を握ってるんじゃねぇ! こんなもん、誇りにかけて断固拒否する!」
ドワーフの親方の怒りはもっともだろう。
武器としての機能を殺し、ただ見栄えだけを追求した剣など、彼らにとっては耐え難い屈辱そのものだ。
ギガル自身も、内心では反吐が出そうになるほど親方の意見に同意していた。だが彼はコールマン商会の幹部として、感情を押し殺して親方を宥めにかかる。
「落ち着け。気持ちは痛いほど分かる。だがこれは会長の命令だ。……あいつらの度肝を抜く、プロの意地を見せてやれ」
「プロの意地だと? こんなガラクタを作るのがか!」
「ああ。実戦じゃ何の役にも立たねぇが、芸術品としては国宝級の代物を作って、馬鹿げた特注費を計上してやるんだ。それが商人の、そして俺たちの戦い方だ」
ギガルはそう言うと、怒りで肩を震わせる親方へと身を乗り出し、声を潜めて耳打ちした。
「それに、こいつはただの『隠れ蓑』だ。……本命の仕事はこっちだ」
ギガルはワイズから預かったもう一枚の図面――大量の実用剣の生産指示書を親方に見せ、ワイズからの密命を伝えた。
その生産数と、一切の妥協を許さない洗練された武具の設計図を見た瞬間、親方の怒りに満ちていた顔が驚きに染まる。
「この数を……本気か? それにこの設計、王国の兵士どもが使うには上等すぎるぞ」
「会長からの密命だ。……分かるな?」
その一言で、親方をはじめとする周囲のドワーフたちは、全てを察した。
普段は無駄な在庫を抱えないあの会長が、儀礼剣を隠れ蓑にしてまで、極秘裏に大量の武具を生産しようとしている。
それはつまり、近い将来、この剣を必要とする《《何か》》が、起こるということだ。
「……なるほどな。そういうことなら、話は別だ」
親方の口元に、職人としての獰猛な笑みが浮かんだ。
「金ピカの玩具は、とびきり悪趣味で豪華な芸術品に仕上げてやる。その裏で、俺たちの本気を打たせてもらうとしよう」
ドワーフたちの間に、先ほどまでの怒りとは異なる、熱狂的な闘志が伝播していく。
彼らはすぐさま行動を開始した。
馬鹿げた儀礼剣の生産を大義名分として利用し、王国の監視の目を誤魔化しながら、大量の鉄鉱石や魔石、武具の生産に必要な資材を次々と工房へ運び込み始めた。
・ ・ ・
それからの工房は、まさに不眠不休の戦場と化した。
表向きには、勇者アレクのための儀礼剣の製作。
ドワーフの親方とギガル達は、徹夜で黄金を鍛え、宝石のカットを調整し、実戦には全く不向きだが、王侯貴族ですら目を剥くような国宝級の芸術品を打ち上げた。
太陽の光を浴びれば周囲の目が眩むほどに輝き、しかし一度でも硬い鎧を叩けば容易くへし折れるであろう、究極の虚飾の剣。
ギガルは約束通り、その剣に天文学的な特注費を計上し、防衛予算のツケとして「サイン入りの領収書」を回収した。
そして、その絢爛豪華な剣の影で。
工房の奥深くでは、真のプロフェッショナルたちによる実用剣の大量生産が、昼夜を問わず続けられていた。
一切の装飾を省きながらも、恐ろしいほどの切れ味と耐久性を兼ね備えた高性能な武具の山。
それらの真の武器は、木箱に厳重に梱包され、「儀礼剣の余剰資材」という名目で王国の検問をすり抜け、順次、秘密裏に帝国の『コールマン商会帝国統括支店』へと運び出されていった。
誰一人として気づいていない。
勇者がパレードのための飾りに浮かれ、国がその見栄えに防衛予算を浪費している間に、十分な真の「武力」が、商人の手によって着々と国境を越えていることに。
職人たちの矜持が込められた無数の刃は、来るべき破滅の日に向けて、静かにその出番を待っていた。




