第41話
王城の豪奢な応接室。
床に敷かれた毛足の長い絨毯は歩く音すら吸い込み、壁には歴代の王の治世を讃える巨大なタペストリーが掛けられている。
その部屋の中央に置かれた巨大なマホガニーのテーブルに、無作法で乱暴な金属音が響いた。
「どうにも気に入らねぇ」
伝説の聖剣。
神の加護を帯び、魔の瘴気を払うとされるその至宝を、まるで果物の皮を剥く安物のナイフのように無造作に放り投げたのは、勇者アレクだった。
彼は革張りのソファに深く腰を沈め、テーブルの上で鈍い輝きを放つ白銀の刃を忌々しげに睨みつけている。
周囲の壁際に控えていた近衛兵たちが、その不敬な振る舞いにピクリと眉をひそめた。
本来、この聖剣は王国の所有物ではない。
聖教国が管理し、時代ごとに神の啓示によって勇者として選定された者にのみ振るうことを許してきた、まさに神の威光を示す聖遺物である。
魔王軍の侵攻が激化し、王国が防衛の最前線として苦境に立たされていた折、規格外の身体能力とステータスを持つアレクという青年が現れた。
彼は十数年ぶりに聖剣に選定された久々の勇者であり、聖教国は即座に彼を認定し、この剣を貸与したのだ。
勇者という希望の象徴を自らの権威拡大に利用したい聖教国と、最強の武力を必要とした王国の利害が一致した結果の、極めて政治的な取引の産物であった。
それほどまでに重い歴史と意味を持つ剣を、アレクはただの小道具としてしか見ていない。
アレクの日頃の振る舞いを知る近衛兵たちは内心でその傲慢さに呆れ、反吐が出るような思いを抱いていた。だが誰一人として彼を面と向かって咎めることはできない。
なぜなら、アレクの実力は本物だったからだ。
いかに態度が横柄で思慮に欠けようと、彼が一度剣を振るえば、一騎当千の魔物どもが容易く肉片へと変わる。
人間の限界を軽々と超越したその暴力的なまでの強さがある限り、凡人である兵士たちはただ畏怖し、不満を飲み込んで従うほかなかった。
「何が伝説の聖剣だ。ただの地味な鉄の塊じゃねぇか」
アレクが不満げに舌打ちをする。
その向かいの席で、静かに紅茶のカップを傾けていた男――ワイズ・コールマンは、柔和な微笑みを崩さずに言葉を返した。
「実用性を極限まで追求した古代の業物ですからね。過剰な装飾を削ぎ落とした洗練されたフォルムこそが、この剣の真価とも言えます。アレク様ほどの使い手であれば、その剣の持つ絶妙な重心や、魔力伝導率の素晴らしさがお分かりになるはずですが」
ワイズの言葉は、勇者の実力を持ち上げるための完璧な建前だった。しかし虚栄心の塊であるアレクには、その理屈は届かない。
「実用性なんてどうでもいいんだよ」
アレクは苛立たしげにテーブルを叩いた。
「いいかワイズ。俺は世界を救う勇者なんだぞ? 民衆は俺の圧倒的な力を、そして神々しい威光を求めているんだ。だというのに、こんな地味でくすんだ剣を腰に下げてパレードに出ろっていうのか? 国王や教皇の持ってる杖のほうがよっぽど豪華じゃねぇか。俺の隣を歩くエリーゼの法衣だって光り輝いている。俺が一番目立たなきゃ意味がないんだよ」
勇者としての自意識が肥大化しきったその主張に、ワイズは内心で冷ややかな嘲笑を漏らした。
世界を救うための神聖な剣に、パレードでの見栄えを求める。武具の価値を装飾の煌びやかさでしか測れない男。
「なるほど、仰ることは理解できました」
ワイズはカップを静かにソーサーに戻し、深く頷いてみせた。
「確かに、アレク様の輝かしい威光を示すには、この聖剣はいささか質実剛健に過ぎるかもしれません。民衆に希望を与えるためには、圧倒的な視覚的象徴が必要不可欠です」
「そうだろ? お前なら分かってくれると思ってたぜ」
ワイズが肯定したことで、アレクの機嫌がわずかに持ち直した。彼はソファから身を乗り出し、目をギラつかせて要求を突きつける。
「来月、また王都で凱旋パレードがある。それまでに、俺のための新しい剣を用意しろ」
「新しい剣、ですか」
「ああ。聖剣よりも目立つ、黄金と宝石をふんだんに使った最高級のやつだ。実戦で使うわけじゃねぇから、とにかくデカくて派手な儀礼剣を作れ。魔力だの強度だのはどうでもいい。太陽の光を反射して、王都中の奴らの目を眩ませるくらいのピカピカなやつだ」
ただ目立つためだけの、虚飾に満ちた剣。
武具としての機能など一切無視したその注文は、職人の魂に対する冒涜に他ならない。商会の専属であるドワーフの名工が聞けば、激怒して金槌を投げつけるだろう。
「……素晴らしいアイデアです、アレク様。王国の英雄に相応しい、歴史に名を残す絢爛豪華な宝剣となることでしょう」
ワイズは微塵も顔色を変えず、惜しみない賞賛の言葉と共に、懐から契約書を取り出した。
「予算はどうされますか?」
「どうせ国が払う防衛予算だ、いくらでも使え。商会の総力を挙げて、最高のものを俺に持ってこい」
アレクの言葉に、ワイズは淀みない動作でペンを差し出した。
「かしこまりました。では、こちらの特注依頼書と……防衛予算から計上するための『領収書』に、ご自身のサインをお願いいたします」
「おう、任せとけ」
アレクは何の疑いも持たず、自身の首を絞めることになる書類に、無造作にサインを書き殴った。
その荒々しい筆跡を見つめながら、ワイズは完璧な営業スマイルの奥で氷のように冷たい商人の瞳を細めた。




