第24話
「捏造だ! 断じて認めんぞ!!」
ベルンシュタイン公爵の悲鳴が、公会堂に響き渡った。彼は顔を真っ赤にし、ワイズが提示した証拠データを指差して喚き散らす。
「一介の商人が、国家機密である帳簿を入手できるはずがない! これは悪質な捏造データだ! それに仮に本物だったとしても、我が国の詳細な資金の流れを他国に公開するなど……明確な主権侵害である!!」
苦しい言い逃れ。
だが「主権侵害」という言葉は外交の場において強力なカードだ。他国の代表たちも、内政干渉の先例を作ることには慎重にならざるを得ない。
公爵はその空気を敏感に察知し、さらなる援護を求めて視線を彷徨わせた。その視線が、聖教国の枢機卿へと突き刺さる。
「枢機卿猊下! 貴国からも言ってやってください! この男は、神に選ばれし勇者を冒涜し、さらには国家という神聖な秩序を破壊しようとしている悪魔だと!」
「う、うむ……」
枢機卿は一瞬、気まずそうに視線を逸らした。
彼とて馬鹿ではない。ワイズが提示した証拠が本物であり、勇者一行が堕落しきっていることは把握している。けれど、ここで王国を見捨てるわけにはいかなかった。
勇者を「神の使徒」として認定したのは聖教国だ。さらに聖女をパーティーに派遣し、その威光を利用して信者を集めてきたのもまた、教会である。
もし勇者が「ただの浪費家の無能」だと露呈すれば、それを推薦した教会の権威もまた地に落ちる。
ここはなんとしても、王国と共にこの場を乗り切らねばならない。利害は完全に一致していた。
「……公爵の言う通りである!」
枢機卿は法衣の袖を翻し、威厳たっぷりに立ち上がった。
「ワイズ・コールマン。貴様の行いは、まさに悪魔の所業。数字という幻術で人々を惑わせ、正義を貶めようとしている。……悔い改めよ。さもなくば、神の裁きが下るであろう!」
宗教的権威による、問答無用の断罪。議論を放棄したその言葉に、会場の空気が張り詰める。
だがワイズは、怯むどころか哀れむような目を枢機卿に向けた。
「神の裁き? ……では再度お聞きしますが、その『神の家』を維持しているのは誰なのですか?」
「なに……?」
「教会や神殿の維持費、聖職者たちの給与、そして今日、猊下が着ておられる豪奢な法衣。……それらは全て、空から降ってきたのですか?」
ワイズは静かに、しかし冷徹に現実を突きつける。
「違うでしょう。全ては信者からの『寄付金』によって賄われている。では、その信者たちはどうやって寄付金を捻出しているのか? ……彼らが働き、商売をし、利益を得ているからこそ、貴方がたに金を恵んでやれるのです」
「き、貴様……言葉を慎め! それは神への奉仕であり……!」
「呼び方はどうでもいい。重要なのは、宗教といえど『経済』という土台がなければ一日たりとも存続できないという事実です」
ワイズは枢機卿を正面から静かに見つめた。
「祈りで腹は膨れませんが、金があればパンが買えます。……その金の源泉である経済を止めたのは誰でしょう?」
「っ……!?」
「私との契約を破り、物流を停滞させ、信者たちから富を奪おうとしているのは王国だ。そしてそれを容認し、あまつさえ加担しているのが貴方がた教会です。……自らの食い扶持を自ら焼き払うその愚行、神が見ればなんと嘆かれることか」
ぐうの音も出ない正論。それでも枢機卿は何かを言い返そうとしたが、「金がなければ生きていけない」という俗物的な現実を突きつけられては、もはや反論の言葉もない。
「……ええい、黙れ黙れぇ!!」
追い詰められたベルンシュタイン公爵が、錯乱したように叫んだ。
「詭弁だ! 全ては貴様の勝手な理屈だ! 我が国は断じて認めんぞ!」
「往生際が悪いですね」
議論は完全に破綻していた。
王国と聖教国は論理的な反論ができず、ただ感情的に喚き散らすのみ。
対してワイズは冷然とそれを受け流し、共和国は冷ややかな沈黙を守っている。
そんな惨状を目の当たりにして、人類同盟に参加する各国の代表者たちは、深い失望のため息をついていた。
(……これは駄目だ)
(腐っているとは聞いていたが、ここまでとは)
(自国の非を認めず、金を出してくれる商人を悪魔扱いか……)
(ああ、人類同盟はもう死んでいるのだな)
会場全体に、重苦しい失望が蔓延していく。
人類同盟。
百年前。魔王の脅威に対抗するために結ばれた崇高な盟約は、いまや利権と保身にまみれた老人たちの互助会に成り下がっていた。
罵声と怒号が飛び交い、収拾のつかない混沌と化した公会堂。
終わりの見えない無様な議論。
永遠に続くかと思われた苦行だったが、突然、公会堂の巨大な扉が何の前触れもなく静かに押し開かれた。
公会堂に重々しく響くその音に、喚き散らしていた公爵も、頭を抱えていた代表たちも一斉に動きを止める。
「な、なんだ!?」
入ってきたのは、一糸乱れぬ隊列を組んだ重装歩兵たち。その鎧には、帝国の紋章が刻まれている。
帝国近衛兵団。
皇帝の親衛隊にして、帝国最強の精鋭たち。
彼らが姿を現したその瞬間。それまで議長席で退屈そうに頬杖をついていたシグルド皇子が、席を立ち姿勢を正した。
その顔からふざけた笑みは消え失せている。彼は壇上を下りると、そのまま入り口へと向かった。公会堂の誰もが、その異様な光景に息を呑む。
近衛兵たちが無言のまま左右に分かれ、道を作る。
そして静寂に包まれた公会堂に、硬質な軍靴の音が響いた。
「…………」
現れたのは、一人の壮年の男。
飾り気のない、実用一点張りの軍服。煌びやかな王冠も、権威を示す宝飾品も、何一つ身につけていない。
だがその身から放たれるのは、圧倒的な覇気。刻まれた皺の一つ一つが戦歴を語り、その鋭い眼光は猛禽のように万物を射抜いている。
帝国皇帝。
大陸最大の軍事国家を統べる、「武」の頂点に立つ男が、予告もなしに親征してきた。
「へ、陛下……!?」
各国の代表たちが、弾かれたように席を立ち、最敬礼の姿勢をとる。皇帝は誰に目もくれず、中央の通路を威風堂々と進む。
その行く手、通路の中央でシグルド皇子が深々と頭を下げて出迎えた。
「お待ちしておりました、父上」
息子としての、そして一人の将としての恭順。皇帝は足を止め愛息を見下ろすと、短く鼻を鳴らした。
「……茶番は終わったか?」




