第23話
公会堂の中央、証言台に立ったワイズに対し、最初に口火を切ったのは聖教国の枢機卿だった。
「ワイズ・コールマン! 神聖なる勇者様の装備を剥ぎ取り、あまつさえ戦場へ丸腰で放り出すなど……貴様の血は何色だ! 信仰心のかけらもないのか!」
聖職者特有の、よく通る演説口調。
一見すると説得力のある叱責に、会場の空気が聖教国側に傾きかける。だがワイズはまるで子どもの癇癪でもあやすかのように、涼しげな表情で肩をすくめた。
「信仰心? あいにくと商人の私が信じるのは、金貨の輝きと契約書だけですが」
「……なっ!? 恥を知れ! 神の愛は無償だ! ならば、神に選ばれし勇者への奉仕もまた、無償であるべきだろう! それを金、金、金と……浅ましいにも程がある!」
枢機卿の言葉に便乗し、聖教国の随員たちが野次を飛ばす。そんな声を気にせずやり過ごしたワイズは、ゆっくりと枢機卿の方を向き静かに問いかけた。
「枢機卿猊下。一つお伺いしますが、神は食事をなされますか?」
「は……? 何を馬鹿な。全知全能なる神が、食物など必要とするものか」
「でしょうね。神は霞を食って生きているのかもしれません。ですが」
ワイズの声が、公会堂に冷たく響く。
「貴方がた聖職者や、勇者一行は人間だ。腹も減れば、喉も渇く。毎日パンを食らい、肉を貪り、ワインを飲むでしょう? ……その『パン代』は、一体誰が払っているのでしょうか?」
「そ、それは……」
「農家が汗水垂らして作った麦を、職人が焼いたパンを、狩人が命を削って獲った獲物を。『神の愛』などという実体のない言葉でタダ食いする。……それを世間では『搾取』と呼ぶのですよ」
ワイズの正論に、枢機卿が言葉を詰まらせる。誰よりも契約を重んじる商人たちにとって、対価なき労働ほど罪深いものはない。
会場のあちこちから、同意するように小さな頷きが見え始めた。劣勢を悟った王国のベルンシュタイン公爵が、助け船を出すように叫んだ。
「だ、黙れ商人風情が! 詭弁を弄するな!」
公爵は机を叩いて立ち上がると、流れを変えるべく論点をすげ替えた。
「百歩譲って、金の問題はいいとしよう! だが今は非常時だ! 人類存亡の危機なのだぞ!? 国難に際して、資力ある者が国に協力するのは『義務』だろうが!」
「なるほど。義務ですか」
「そうだ! 貴様は我が国で商売をさせてもらっていた恩を忘れ、自分だけ助かろうと逃げ出した! この売国奴め! 恥を知れ!」
ベルンシュタイン公爵の主張は感情論ではあるが、国家への忠誠を重んじる各国の一部の代表たちには響くものがあった。
確かに、国が滅びるかもしれない時に逃げ出すのは、愛国者からすれば褒められた行為ではない。
王国側の主張に理があるかのような空気が流れ始めた、その時。
「くっ、くくっ……」
議場に場違いな笑い声が漏れた。ワイズは肩を震わせ、堪えきれないといった様子で吹き出す。
「はははッ! 国難! 非常時! ……よくもまあ、その口で言えたものですね、公爵」
「な、なにがおかしい!」
「おかしいでしょう。貴方達はずっと『非常時』を演出していただけなのだから」
ワイズは笑いを収めると、懐から掌サイズの水晶玉を取り出した。
「さて皆様。時間は有限です。この不毛な時間を終わらせるためにも、こちらをご覧ください」
彼が水晶玉に魔力を流し込む。すると公会堂の薄暗い天井付近に、巨大な光の映像が浮かび上がった。高度な幻影魔法による、情報の可視化。
映し出されたのは、領収書の山。
『王都最高級ホテル・スイート連泊代:金貨50枚』
『ヴィンテージワイン「女神の雫」10本:金貨100枚』
『王都最高級エステサロン貸切代:金貨30枚』
次々と切り替わる映像。そこにあるのは戦場の悲惨さとは無縁の、あまりにも豪奢でふざけた浪費の記録。
「な、なんだこれは……!?」
各国の代表たちがざわめく。
「見ての通り、勇者一行が王都で『静養中』に使った経費の明細です。……日付を見てください。最前線の『嘆きの砦』から、武器や食料が足りないという悲痛な要請が届いていた時期と完全に一致しています」
ワイズは冷酷に解説を加える。
「兵士たちが前線で苦しんでいる間、勇者様たちは一晩で兵士の年収分のワインを空けていた。これが貴方の言う『国難』ですか?」
「そ、それは……勇者様の英気を養うための必要経費で……!」
公爵が脂汗を流しながら弁明するが、ワイズの追撃は止まらない。
「なるほど。では、こちらはどう説明します?」
ワイズが指を鳴らすと、映像が切り替わった。次に空中に浮かび上がったのは、複雑な線と数字が絡み合うグラフ。
『人類同盟支援金について。使途不明金に関する追跡調査』
そのタイトルを見た瞬間、ベルンシュタイン公爵の顔から血の気が引いた。
「こ、これは……!?」
「金の流れを追うのは、商人の基本です」
ワイズは指揮者のように指を振るい、赤いラインで示された金の流れを指し示した。
「各国から拠出された『対魔王軍支援金』。そのおよそ六割が、軍の装備購入費ではなく、こちらの『特別会計』に流れています。そしてその行き先は……」
グラフの先には、王族や勇者一行、そして複数の貴族の名前と、ペーパーカンパニーらしき商会の名前。
そしてそこには当然のように『ベルンシュタイン家』の名も含まれていた。
「公爵。貴方の新しい別荘の建築費、どこから出たんでしょうね?」
「で、デタラメだ! 捏造だ! そのような証拠、どこにある!」
「ここにありますよ」
ワイズは持ち込んでいたアタッシュケースを軽く触る。その中には、商会が撤退時に持ち出した『裏帳簿』の原本が詰まっていた。
「我が商会が、貴国であらゆる商品の取引を担っていたことをお忘れですが? 全ての取引記録、送金記録、そして貴方達が私に隠そうとしていた裏金の流れまで。……数字は嘘をつきません」
静まり返る公会堂。
空中に投影された、あまりにも正確な汚職の証拠。それを目の当たりにした各国の代表たちの視線が、一斉に冷ややかなものへと変わっていく。
「おい……さすがにこれは……」
「勇者様がなかなか最前線に出ない理由って……」
「……これじゃあ戦争が終わるわけがない」
ざわめきは次第に怒号へと変わり、公会堂は王国への非難一色に染まっていく。
「ち、違う! これは誤解だ! 罠だ! この男は詐欺師だ!」
ベルンシュタイン公爵は泡を飛ばして叫ぶが、もはや誰も耳を貸さない。聖教国の枢機卿も、気まずそうに視線を逸らして沈黙している。
完全に、勝負あった。
議長席のシグルド皇子が面白くて仕方がないといった表情で、口元の笑みを隠すように手を当てているのが見えた。




