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勇者様、装備のローンが残っていますが? 〜踏み倒そうとしたので、国中の店で取引停止にしました。素っ裸で魔王と戦ってください〜  作者: けーぷ
第1巻_第三章:経済封鎖と仁義なき外交戦

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第22話

帝国南方の要衝、交易都市ガルディア。


この街の中央に位置する白亜の公会堂は、普段であれば芸術や音楽を愛する市民たちの憩いの場である。


だが今日、その円形ホールはかつてないほどの緊張感に支配されていた。


『人類同盟臨時総会』。


魔王軍の脅威に対抗するため、人類諸国家が結成した軍事同盟の最高意思決定機関。


本来であれば数年に一度、各国の元首たちが一堂に会して行われる神聖な会議だが、今回はあまりにも異例尽くしだった。


招集から開催までわずか数日という強行スケジュール。そして議題は魔王軍への対策ではなく、たった一つの『商会』への処遇について。


「……静粛に」


議長席に座った青年が、軽く手を挙げた。帝国の第一皇子、シグルド・フォン・エル・スヴェルガルド。


彼は本来この場に座るはずの皇帝の名代として、その圧倒的なカリスマ性で場を支配していた。


その口元には、これから始まる三文芝居への期待を含んだ薄い笑みが張り付いている。


「これより、人類同盟臨時総会を開催する。議題は王国からの緊急動議、『コールマン商会による利敵行為、および人類への反逆に関する罪』についてだ」


シグルドの声が響くと同時、円卓の一角から激しく机を叩く音が響いた。


「シグルド皇子! 我が国は、即刻あの悪徳商会に対する『同盟全加盟国による資産凍結』と『代表者ワイズ・コールマンの極刑』を要求する!!」


唾を飛ばしながら叫んだのは、王国の外務大臣を務めるベルンシュタイン公爵。贅肉に埋もれたその顔は、怒りと焦りでどす黒く変色している。


無理もない。彼の国では今この瞬間も、経済が止まり、国家が滅びつつあるのだから。


「彼らの行いは商行為の範疇を超えている! これはテロだ! 勇者一行の装備を奪い、物流を止め、魔王軍の侵攻を助けるなど、人類への裏切り以外の何物でもない!」


公爵は被害者面でまくし立てた。自分たちが借金を踏み倒そうとした事実は隠し「商人が邪悪な意図を持って国を攻撃している」という構図を作り上げようと必死だ。


「王国の言う通りである」


即座に援護射撃を行ったのは、豪奢な法衣に身を包んだ老人。聖教国の枢機卿。


「勇者様は神に選ばれし希望の光! その聖剣を奪い、あろうことか貧相な装備で前線へ放り出すなど……これは神への冒涜。異端審問にかけるべき重罪である」


聖教国にとって、勇者の権威失墜は自国の宗教的権威の失墜に直結する。彼らもまた必死だった。


「商人風情が、神の代行者たる勇者パーティーや教会に弓引くなど言語道断! 直ちに破門し、全財産を没収して神へ捧げるべきだ!」


王国と聖教国。古い権威を笠に着た二大国が、喚き散らす。その剣幕に円卓に座る小国の代表たちは萎縮し、青ざめていた。


しかしそんな剣幕を物ともせず、静かな声が響き渡る。


「異議あり」


発言したのは、簡素だが上質なスーツを着た初老の男。西の大国、共和国の代表議員。


商人たちが議会を構成し、実力主義と契約を重んじる共和国。そこはコールマン商会の本店所在地でもあり、ワイズにとっての支持母体。


「神への冒涜? 人類への裏切り? ……美辞麗句で飾るのは結構ですが、事の本質をすり替えないでいただきたい」


代表議員は眼鏡の位置を直し、手元の資料――コールマン商会から提供された『債務不履行の顛末書』――を読み上げた。


「事の発端は、貴国が正当な契約に基づく『債務の返済』を一方的に破棄したことにある。違いますか? ベルンシュタイン公爵」

「ぐっ……! そ、それは……勇者様への特例措置であって……!」

「特例? 契約書にそのような条項はありません。借りたものは返す。対価を払う。それが文明社会のルールでしょう」


共和国代表は冷ややかな視線で王国と聖教国の代表を交互に見やり、決定的な通告を突きつけた。


「もし、この会議が『国家権力による借金の踏み倒し』を正当化するというなら……我々共和国は、人類同盟への資金拠出を即時停止せざるを得ませんな」

「な、なんだと!?」


王国の公爵が絶叫する。


「『契約』を守れない野蛮な組織に、我々の血税は投じられない。……当然でしょう? 信用できない相手に金を貸す馬鹿はいませんから」

「き、貴様ッ! 金の話ばかりしおって! それでも人間か!?」

「人間だからこそ、ルールを守るのです」


平行線をたどる議論。


だが共和国が、財布の紐を締めると脅した効果は絶大。同盟の活動資金の四割を担う共和国が抜ければ、この組織は立ち行かなくなる。


その空気を敏感に察知したのは、多数の小国家からなる連邦の代表たち。


(……マズいぞ。共和国を敵に回せば我々の国が干上がる)

(しかし、聖教国に睨まれれば国内の信徒が騒ぎ出す……)

(どっちにつくのが得だ? どちらが勝ち馬だ?)


連邦の代表たちは互いに目配せし、ひそひそと計算を始める。


「まあまあ、王国の言い分も分かるが、共和国の懸念ももっともだ……」

「そうそう、慎重に議論すべきで……」


彼らはのらりくらりと責任を回避し、日和見を決め込む。


感情論を喚く王国と聖教国。

冷徹に正論を突きつける共和国。

逃げ腰の連邦。


まさに烏合の衆。


人類の団結などというお題目が、いかに脆い砂上の楼閣であったか。その醜悪な実態が白日の下に晒されていた。


「くくっ……」


その様子を議長席から眺めていたシグルドは、喉の奥で笑いを噛み殺した。


(傑作だ。金と権威と保身。誰も魔王のことなど考えていない)


彼は退屈そうな表情を隠さず、騒然とする会場によく通る声を放った。


「双方の言い分は分かった。要するに、王国は『不当な攻撃を受けた』と主張し、共和国は『正当な権利行使だ』と主張しているわけだ」


シグルドの一声で場が静まる。王国の公爵が、すがるような目で皇子を見た。


「さ、左様です殿下! 帝国は同盟の盟主! 当然、王国の苦境を救ってくださいますよね!?」

「もちろんだとも。我々は盟友だ」


シグルドは聖人のような微笑みを浮かべた。


その笑顔に公爵が安堵の息を漏らした直後、皇子は悪戯っ子のように瞳を輝かせて続けた。


「だが公平性は重要だ。欠席裁判はいけない」

「……は?」

「被告人の弁明を聞かずに断罪するのは、帝国の法に反する。……そうだろう?」


シグルドが演技がかった様子で、わざとらしく指を鳴らす。


それが合図となり、公会堂の重厚な扉が厳かに開かれる。


「参考人の入廷だ」


衛兵の先導で現れたのは、仕立ての良いスーツに身を包み悠然と歩く男。


全加盟国の代表たちの視線が、その一点に集中する。


憎悪、軽蔑、恐怖、そして好奇心。


あらゆる視線を一身に浴びながら、男は怯むどころか、商談の場に臨むような優雅な足取りで公会堂の中央へと進み出た。


ワイズ・コールマン。


世界を敵に回しつつある大商人が、今、外交の表舞台に姿を現した。


「お招きいただき光栄です、皆様」


ワイズは胸に手を当て、美しい所作で一礼した。


「コールマン商会長 ワイズ・コールマンです。……さて、有意義な商談はなしあいを始めましょうか」


その不敵な笑みに、王国の公爵が激昂しそうになるのを、シグルドだけが楽しげに見下ろしていた。

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