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勇者様、装備のローンが残っていますが? 〜踏み倒そうとしたので、国中の店で取引停止にしました。素っ裸で魔王と戦ってください〜  作者: けーぷ
第一部第二章:ひのきの棒と勇者

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第19話

ホテル『インペリアル・クラウン』、最上階。


つい前日まで、ワイズたちが喧々諤々の作戦会議を繰り広げていたリビングルームには、再び静寂と、最高級の紅茶の芳醇な香りが漂っていた。


眼下には交易都市ガルディアの街並みが広がり、その遥か向こうには、これから戦火に包まれるであろう王国の空が霞んで見える。


向かい合う革張りのソファには、ワイズとシグルド。


二人の間に立つミナが、流れるような所作でティーカップに紅茶を注ぎ、音もなく下がる。


シグルドはカップを手に取り、その香りを愉しむように一度目を閉じてから、優雅に足を組んだ。


そんな皇子の様子を見ながら、ワイズが探るように声をかける。


「それにしても驚きました。殿下は今頃、北方の蛮族討伐の遠征に行かれているものと思っていましたから」

「ああ、あれか。予定より早く片付いたんだ」

「……武力制圧ですか?」

「まさか。族長とサシで飲んで、交易権と引き換えに不可侵条約を結んだだけさ。ソフィア殿のおかげで、交渉材料の物資には事欠かなかったからね」


こともなげに言うシグルドに、ワイズは紅茶を口に運びながら、内心で舌を巻いた。


北方の武装部族といえば、帝国軍ですら手を焼く戦闘狂の集まり。それを剣の一振りも交えず、酒と物資という実利だけでまとめ上げるとは。


相変わらず、この男の政治と外交のセンスは卓越している。武力というコストをかけずに最大のリターンを得るその手腕は、為政者というよりは老獪な商人に近い。


であるからこそ、ワイズはこの男がいない隙を狙って動いたはずだったのだが。


「それで? 北の憂いを片付けたその足で、わざわざ南の端までお忍び旅行ですか」

「『匂い』がしたからさ」


シグルドはカップをソーサーに戻し、その宝石のような蒼い瞳で、真正面からワイズを射抜いた。


「北にいても臭ってきたんだよ。我が国の南の庭先で、とびきり面白い火遊びが始まろうとしている焦げ臭さが」

「……火遊び? 人聞きの悪い。私はただ商人としての責務を果たしているだけですよ」

「謙遜するな。見事な手際だった」


シグルドは、テーブルの上に置かれていた書類の束――帝国諜報部が作成していた今回の一件に関する報告書――を指先で軽く叩いた。


「わずか数週間で、大国一つの経済基盤をまるごと引き抜くなど、思いつきで出来ることじゃない。まるで何年も前から、この瞬間を想定して準備していたかのような手際の良さだ」


シグルドの目が、静かに細められる。


「まるで『いつか王国を滅ぼす日』が来ることを、心待ちにしていたみたいじゃないか?」


核心を突く問い。


一瞬、室内の空気が凍りつく。背後に控えるミナの気配が鋭くなったのを肌で感じながら、それでもワイズは動じない。


表情筋一つ動かさず、慇懃無礼な営業スマイルを張り付けたまま答える。


「商人は臆病な生き物ですからね。常に最悪の事態を想定し、幾つものプランを用意しておくのが基本ですよ。……たまたま、その準備が役に立っただけです」

「ふふっ、そういうことにしておこうか」


シグルドはワイズの建前を深く追及せず、楽しげに笑って流した。


彼にとっては、ワイズの動機や過去など些末なこと。重要なのは「大陸一の大商人が王国を切り捨てた」という事実。


そしてその稀代の商才が今、目の前にいるという一点のみ。


不意に、シグルドが居住まいを正した。先ほどまでの軽薄な友人の笑みが消える。


そこに現れたのは帝国の未来を背負う、冷徹な支配者の顔だった。


「ワイズ。単刀直入に言おう」


彼は真摯な眼差しで、かつての学友を見つめた。


「僕は、今のこの状況に飽き飽きしているんだ」

「……状況、といいますと?」

「『戦争ビジネス』だよ。魔王という共通の敵がいながら、誰も本気で戦わず、利権と保身のためにダラダラと若者の命をすり潰し続ける……この腐りきった大陸の構造に、吐き気がする」


シグルドの言葉に、ワイズの眉がピクリと動いた。


生産性のない、ただの浪費としての戦争。それを飯のタネにして肥え太る豚たちへの嫌悪。その点において、二人の価値観は完全に一致していた。


「王国だけじゃない。帝国も含め、人類全体が『戦争という日常』に甘え、腐敗している。……僕はこれを終わらせたい」


シグルドは一度言葉を切り、面白くなさそうに窓の外――王国の方角を一瞥した。


「だが政治的なしがらみがある以上、帝国が率先して人類同盟を破棄するのは難しい。何かきっかけが必要なんだ。……そこで、君だ」

「私ですか」

「そうだ。国家という枠組みに縛られないジョーカー。君という『劇薬』を使って、この大陸の腐った土台を壊してしまえばいい」


皇子は楽しげに、残酷な提案を口にした。


「ワイズ・コールマン。君が王国に対して行っている経済制裁……全面的に支持しよう。なんなら、帝国の権力を使って裏から手を貸してもいい」

「……つまり、私に汚れ役をやれと?」

「人聞きが悪いな。ウィンウィンの関係だろう?」


昔から食えない男だ。


ワイズは心の中で舌打ちをした。この皇子は、ワイズが個人的な恨み――あるいは何か特別な感情――を持って王国を潰そうとしていることを、勘づいている。


その上で、「お前の復讐心すら、帝国の利益のために利用してやる」と言っているのだ。だが。


「……ふっ、くくっ」


ワイズの口から、乾いた笑いが漏れた。彼は顔を上げ、目の前の傲慢な皇子に向けて、負けじと不敵な笑みを返した。


「いいでしょう。商談成立です、殿下」

「話が早くて助かるよ」

「ただし、タダで使われるつもりはありませんよ。この仕事、高くつきます」


ワイズは商人としての、冷徹な瞳で条件を突きつけた。


「王国が崩壊した後の『市場』。その再建と利権は、全て我が商会が優先的にいただく。それでよろしいですね?」

「強欲だな。……だがそう来ないとね。いいだろう、好きにしろ」


二人は同時に手を差し出した。固い握手が交わされる。


互いに腹に一物を抱えた、為政者と商人。


だが互いの利益と目的が一致したこの瞬間だけは、彼らは世界で最も頼もしい共犯者だった。


その光景を見ていたミナは、小さく安堵の息を吐き出すと同時に、王国の行く末を想い静かに同情した。


大陸最強の権力と、大陸最強の財力。この二人が手を組んでしまった以上、王国の運命はもはや、風前の灯火などという生易しいものではない。


・ ・ ・


第一部:第二章「ひのきの棒と勇者」 完

第一部:第三章「経済封鎖と仁義なき外交戦」に続く

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