女王と槍騎士
シノルヴァ元老院議長トランマウス・パーシブルはこの国の最高権力者と言っても過言ではあるまい。善シノルヴァ王より全幅の信頼を寄せられた彼は、その娘であるエルデリートにも続いて重用されており、元老院を支配していた。元老院の任期は終身故に、そのメンツが変わることもない。元老院はパーシブルとともに自分たちの利になることのみを執行する。それが数世紀来のこの国の伝統であり、暗黙の了解である。それゆえに、そのことを悪いとはまったく彼らは思ってはいない。王権とは彼らにとっては飾でしかなく、万が一の時のための隠れ蓑、もしくはトカゲのしっぽ程度の認識でしかなかった。
パーシブル議長がエルデリートのいる離宮に足を運ぶ。今日の元老院議会可決の報告のためだ。一応、こうして時たま様子見程度はせねばなるまい、とパーシブルは直々に足を運んでいた。もし仮に王が政治に興味関心を示したり、あるいはパーシブルたちにとって望まれない行為をするようなものならば処分するために。エルデリートとて、所詮先王の娘、というだけ。変わりなどいくらでも作り上げられる。彼女に利用価値がなくなれば、新しい手ごまを作るのみ。とはいえ、飼い犬に手を噛まれるのも面倒だ。
このような忙しい時期ではあるが、パーシブルは離宮を訪ねた。
だが、そんなパーシブルが目にしたのは主なき離宮である。中を探せども、エルデリートの姿はない。
パーシブルはすぐさま、離宮の侍女長を呼びつけるが、侍女長はエルデリート不在に気付いていなかった。侍女長には必要以上の世話をするな、と入っていたが、まさかエルデリートがいなくなるとは侍女長も思っていなかった。
侍女長はすぐさま離宮の侍女を集めたが、そのうち数人がいなかった。比較的エルデリートに親しいものばかりがいなかった。
この事態にパーシブルは顔を真っ青にし、内密に自分の抱える特殊部隊に国王の捜索を命じた。
ネズリグは馬車の横につく形で馬を並走させながら、ふと後ろを振り返った。
後ろから迫る騎兵たち。その姿を見つけ、老魔族は舌打ちをした。
「さすがに、気づかれるのは早かったか」
エルデリート王を乗せた馬車を守るのはネズリグを含め、二人の騎士しかいない。もとより元老院の域がかかっていない離宮勤めのものは少ない。その者たちすべての協力を得たとしても、これだけしかいないのだ。
馬車の中からエルデリート王がネズリグを見る。
「ネズリグ!」
「陛下、先にお進みを。ここは私が食い止めます」
そう言うと、王に敬礼し、ネズリグは二人の騎士を見る。ネズリグのもとで鍛えられた二人の騎士は静かに頷き、王の乗る馬車に馬を近づける。
ネズリグは後ろに下がり、その長い槍を構える。そして、馬を反転させるとそのまま後ろから迫るパーシブル議長の私兵たちに向かっていく。
「エルデリート様の邪魔はさせぬ」
そう言ったリザードマンをあざ笑うようにパーシブルの刺客たちは剣を抜いた。彼らは六人。ネズリグをたちまちに倒し、そのまま王の乗る馬車を捕縛するつもりでいた。彼らは精鋭であり、ネズリグのような老魔族にやられるほど落ちぶれてはいない、と高をくくっていた。
そんな彼らは剣を振り上げ、ネズリグと次々にぶつかった。そして、その身体を切り裂く。
「どうだ!」
どさりと落ちたネズリグの身体。彼の乗った馬も、致命傷を受け、地面に崩れ落ちている。
そのままネズリグの死も確認せずに奔ろうとした戦闘の騎士の首がスパン、と宙を舞った。
その瞬間、倒れていたはずのネズリグの身体が立ち上がり、驚異的な跳躍をする。天高く待ったネズリグがそのまま落ちてきて、もう一人の騎士を叩き潰した。
瞬時に二人を葬り去ったネズリグの身体の傷はまったくなく、リザードマンはその口にしわを寄せて笑っていた。
「馬鹿な、確かに手ごたえはあったぞ・・・・・・・・・・」
「生憎、特別製でのぉ」
そう言うと、かっかっか、とネズリグが嗤い、その目を研ぎ澄ませる。
ネズリグのスキル、『生体活性化』。それは彼のリザードマンとしての特性を限界値以上に引き出す力である。元来リザードマンの持つ再生能力はこれによりさらに上昇し、驚異的な脚力、第六感を彼にもたらす。
その外見と、まるで竜のように飛来し圧倒することから、若き頃の彼は『竜騎士』と呼ばれていた。ラカークン大陸ではかつての彼を知る者は少ない。だが、遠い北の大陸、イヴリスにおいては名の痴れた傭兵であり、今でも畏怖の対象であったのだ。
だが、それを刺客たちが知る由もない。
長く、常人ならば片手で振り回すこともできないそれを構え、ネズリグは笑った。
「ここより先は通さぬよ」
「魔族風情がぁ、調子に乗るなァ!」
残る四人の騎士は油断なくネズリグに迫るとその剣を振り下ろした。
シノルヴァ国境地帯。
ここではシノルヴァとの戦闘が行われており、国境警備隊所属のジュリアス・クーンもその戦闘に参加していた。その日の戦いはトローア軍の勝利に終わった。とはいえ、油断もできない。ジュリアスはわずかな手勢を従え、勝利した先での偵察任務を行っていた。
黄色の髪を揺らしながら、ジュリアスは周囲を警戒する。森の中、ということもあり油断は命取りとなる。シノルヴァ軍には森林地帯を得意とした部隊もある、と伝え聞いていたのでジュリアスの警戒は高かった。
「ジュリアス様、この先で何者かがいます」
感知スキル所持者の騎士が言う。ジュリアスがそちらを見て聞く。
「・・・・・・・・敵か?」
「わかりません。一方が追われている状況です。脱走兵、でしょうか?」
「かもしれないな。だとしたら、助けぬわけにもいくまい」
シノルヴァ側のふりを知り、こちらに脱走する兵は増えてきている。シノルヴァもアースウォードほどではないが、平民の境遇はよくはない。そのため、トローアに、と言うものは存外多かったのだ。
来るもの拒まず、というセウス王の方針により、そう言った者たちを保護することも騎士たちには通達されていたのだ。ジュリアスもそのことは心得ていた。
槍を手に構えると、ジュリアスは奔りだす。おそらく、追われている方が脱走兵であろう。
ジュリアスは軽々と森の中を駆け抜ける。そして、前方に見えてきた馬車を見る。その馬車は目立たない色合いであり、平民の使用するものにも見える。だが、それは飽くまで偽装であり、貴族の使用するものであることを彼は見破った。そして、その馬車の中の紫色の髪の女性を見た時、ジュリアスは驚いた。
(エルデリート王!?なるほど・・・・・・・・・・・・・)
エルデリートとの和平の話を聞いていたジュリアスは納得する。王を追っている、ということは敵は元老院の差し金、ということだ。
ならば、加減入るまい。そう思うと、さらに奥に見えてきた騎兵たちを見据える。
歩兵であるジュリアスが騎兵に挑むとは愚かな、と敵はニヤリと笑う。だが、ジュリアスは突然止まると、その槍を投げた。
投槍ではないうえに、そもそも距離がありすぎる。当たるはずがない!そう思っていた騎士の顔に、槍が急激に迫る。まるで雷光の如きその槍はまっすぐに騎士の顔を貫いて、その身体ごと吹き飛ばす。
仲間の死を横目で見た騎士たちは驚いたものの、前方に立つジュリアスとの距離は縮まっており、さらにジュリアスが持つ武器はもう剣のみである。恐れることはない、と騎士たちは剣や槍、それに弓を構えた。
矢が放たれる。それを交わしたジュリアスに、騎士たちの剣と槍が襲い掛かる。だが、その瞬間、先ほど投げたジュリアスの槍が後ろから刃を向けて騎士の一人に襲い掛かり、その身体を貫いた。
ニヤリと笑ったジュリアスがその騎士の胸から槍を引き抜いて、身体を叩き落とし馬を奪う。そして血に塗れた穂先で目の前の敵の喉笛を突き、近くの気に叩きつける。首が千切れ堕ち、木の枝に貫かれた騎士を見もせず、弓矢を構えた騎士を見ると、そちらに向かって槍を放った。
反転し、交代する弓騎士は咄嗟に馬で槍を回避した。間一髪、と額の汗を拭った騎士の前で、放たれた槍がぐるんとまわり、再び騎士に迫る。それも、先ほどよりももっと早く。
馬を横に動かすが、それに合わせて槍も横にずれた。それを何度も繰り返すうちに、槍は眼前に迫ってきて。
そして、騎士の顔面から血の華が咲いた。
崩れ落ちた体を見ると、ジュリアスは手元に戻ってきた槍を手にして悠然と立つ。
「我が槍より逃れることはできぬ」
そう言うと、彼は踵を返した。
トローア軍により保護されたエルデリート王は、駆けつけてきた黄色の髪の騎士を見ると彼の方に向かってきた。
ジュリアスは騎士の礼を取り、シノルヴァ王エルデリートを見る。
「シノルヴァ国王陛下エルデリートさまでございますね」
「はい。先ほどは危ないところを助けていただきました。お名前をなんと・・・・・・・・?」
「ジュリアス・クーンでございます、陛下」
「ジュリアス・・・・・・・クーン。そうですか、ありがとうございます、騎士ジュリアス」
そう言うと、美しいその手でジュリアスの手を取り、礼をするエルデリート。それに恐縮する様子の呪アリアスは、思い出したようにエルデリート王を見て言った。
「勿体なきお言葉です、エルデリート陛下。・・・・・・・・・・・我が王があなたの到着をお待ちしておりました。ところで、ネズリグ殿は?」
見当たらないリザードマンの姿にジュリアスが問う。ネズリグのほかにも、護衛が一人もいないことも気になる。
エルデリートはその言葉に、顔を曇らせた。
「ネズリグほか、騎士たちは私を逃がすために・・・・・・・・・・ネズリグはまだ、生きているかもしれません」
哀しみで染まる美しき王の顔に、ジュリアスは励ますように言った。
「わかりました。こちらでも、できうる限りのことをしましょう」
「ありがとうございます、騎士ジュリアス」
「いえ・・・・・・・・・・・・」
そう返すと、ジュリアスは近くにいた騎士を呼び、エルデリート王をセウス王のいる陣地まで案内するように言った。
そして自身はエルデリート王の頼みである騎士ネズリグの捜索に向かった。
騎士に案内されながら、ジュリアスの去り行く背を見るエルデリート。その目の中の熱に、誰も気づいてはいない。おそらく、彼女自身ですら。
追手を振り払いながら、ネズリグは主の後を追う。
途中、息絶えた二人の騎士を見つけたネズリグは急いでいた。今の主は丸腰の状態。もしも敵に見つかっていれば。
そう考えながら、ネズリグはその身体に活を入れ、馬を走らせる。いくら傷の治りが早いとはいえ、すでに高齢であるネズリグ。その身体は激しい戦いの連続で疲労のピークに達していた。リザードマンは人間よりも長命であり、二百年ほど生きれる。だが、ネズリグはすでに二百四十歳を数えており、リザードマンの中でも殊更長命である。ここまで身体を動かせることすら奇跡的なのだ。
ふん、と口の中の血を唾液ごと吐き捨てた。
そんなネズリグの前に、再び敵が現れる。
(まったく)
こんなことに兵を使う位ならば、もっとましなことに使えばいいものを。だから滅びるのだとなぜ気づけないのか。老騎士はため息をついた。
しかしながら、敵の数は先ほど戦った兵の数よりも多く、一人で戦うにはいささか数が多い。体力が万全ならばまだしも、この状態では死ぬかもしれない。
せめて死ぬならば、主の安全を確認してからだな。そう思い、ぺろりと乾いた唇を舐め、ネズリグは敵を見る。
その時、茂みから突如飛んできた槍が兵の一人を倒すと、そのままその槍は近くの兵を巻き込んだ。
敵が動揺している間にネズリグはその足で地を蹴り、槍で目の前に兵士の下あごを貫いた。そして片手で頭を押さえて引き抜くと、背後の敵の腹に槍の柄を叩き込んだ。腹を押さえ伏せた騎士の首を片手で締め上げ、へし折る。息絶えた騎士を脇に叩きつけ、襲いくる敵に応戦する。
その間に、槍のとんできた茂みから黄色い髪の騎士が現れる。その鎧はトローア軍の物であった。
騎士は飛んできた槍を手に取ると、ネズリグとシノルヴァ兵の戦いに割り込んだ。
「助太刀いたす、ネズリグ殿!」
「貴殿は?」
「ジュリアス・クーン」
「そうか、ジュリアス殿。エルデリート様はいかがなされた」
槍で敵を倒しながら、二人の騎士は会話をする。
「安心されよ、こちらで保護をした!おそらく今はセウス陛下とお会いになっておられるだろう!」
「・・・・・・・・・・そうか」
安心したように笑うとネズリグはジュリアスを見る。
「では、さっさとこやつらを片付けるとしよう」
フ、とジュリアスは笑うと同意した、と頷いだ。
二人の槍騎士の技巧の前に、敵は誰一人生き残ることはできなかった。
この一連の戦いで絆を結んだジュリアス・クーンとネズリグ。この戦いでネズリグの槍の技を見たジュリアスは彼に師事することとなり、その槍の技術をより強くしていくこととなる。




