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セアリエル  作者: 七鏡
何者であろうとも私の道を阻むことはできない
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シノルヴァの動き

シノルヴァ王国では、大慌てで戦争の準備を進めていた。

トローア王国により、フロイデン、アースウォードは滅ぼされてしまい、もはやラカークンに残る敵はシノルヴァとその属国のみとなったのだ。勿論、トローア王国がその進撃を止めるわけもない。

すでに国境地帯での戦闘は激化している。昨日までアースウォード軍だったそれは、今ではトローア軍となり、士気を上昇させシノルヴァを圧迫する。シノルヴァはトローアとアースウォードの戦争中に、その戦力の増強と漁夫の利を得ようと目論見ていたのに、アースウォードはあっさりとセウス王の手により落とされた。

ジョット王とバランシェ貴族への反感が思った以上に強く、民が急速に離れた、ということが原因とは言え、大国アースウォードが滅びるとは夢にも思わなかったのだ。

フロイデンを倒したのでさえ、運が良かっただけ、と元老院は楽観視していたが、アースウォードまでも倒したとなれば、話は違ってくる。


「セウス王との和議を結ぶべきである」


「すでに使者は送ったが、セウス王は返答としてある要求をしてきた」


元老院議会での奮闘は続いていた。明け方より続くこの会議では、セウス王との和議や今後の対トローア戦略を延々と議論していた。

使者を送り、トローアとの間に休戦を、と目論む一派が先走ったのだが、その使者の持ってきた返答は到底シノルヴァが飲めるものではなかった。

すなわち、セウス王は今更この戦いを止めることはない、ということである。

すでにシノルヴァ国境地帯の守りは突き崩されている。早急に持ち直さなければ、セウス王率いる本陣の到着で、この国は急激に崩される。


「このままトローアにやられるなどと・・・・・・・・・」


つい先日まではトローア恐すすに値せず、と強気であった元老院も弱気になりかけていた。助力を約束していたクライシュ大陸国家も、元老院同様この若き王の存在に恐れを感じていた。もともと、シノルヴァがこの戦争で勝ち、ラカークンを治めたならば、恩を着せて利益に預かろうとして助力していたにすぎない。今やもうトローアの優勢は目に見えており、これ以上シノルヴァへの援助を続けることはかえって逆効果であり、このラカークンを治めるであろうセウス王にたてつくこととなる。

慈善事業ではないのだから、それも当然である。クライシュ大陸国家はシノルヴァへの戦力の援助を辞め、物資による援助のみを行っているが、それもいつまで続くかはわからない。

なぜ、こうなった。それが元老院議員全員の総意であった。



シノルヴァは民も知るとおり、元老院を中心として動く国家であり、王の果たす役割などたかが知れている。

国王エルデリートは先王の娘であり、未だ二十一歳と若い。女であり、年も若い彼女は、それまで政治にかかわることもなく、狭い鳥かごの中でその一生を送ってきた。

別にそのことを辛いと思ったことはない。この世の中には理不尽なことは怏怏としてある。そして、誰かがその理不尽を押し付けられるのは、必然であり、それがたまたま自分であった、というだけである。

そんなエルデリートが読んでいるのは、元老院に贈られたセウス王の要求を書いた文である。

これは元老院とは違う経路をたどって送られてきたものである。エルデリートの護衛騎士ネズリグ。セウス王のトローア軍に現在身を置く彼が送ったものである。

それに書かれた要求を、元老院は到底受け入れられぬ、と言ったが、本当にそうだろうか、とエルデリート王は思った。

セウス王の要求は武装解除、無条件降伏、それに元老院の解散、王権の譲渡である。到底のめない条件と思えない。

単に元老院は怖いのだ。自分たちの利権がなくなることが。元老院によって支配されてきたこの国では、それは当然である。王権の中に隠れて好き勝手やってきたのだ、その権力を惜しむのは当然である。

だが、そのために民を危険に巻き込むなどとは、とエルデリートは憤る。

どの道、シノルヴァにトローアと渡り合うだけの戦力はない。下手に国民を総動員したところで、アースウォードの二の舞になるのは見えている。

だが、元老院は譲らないだろう。自分たちの首元に剣が振りかざされるその瞬間まで。

それでは、遅いのだ。無益な血が流れる前に、早急に戦いを治めるべきである。

セウス王の理念、というものをエルデリートはネズリグより聞いていた。争いのないラカークン大陸。それが若き王の願いであり、夢であるという。そのために戦っているのだ、と。

エルデリートはなるほど、セウス王は自分よりも王として立派な人物らしい、と思う。そんな彼だからこそ、多くの優秀なものや民がついてくる。これまでの勝利も、偶然ではなく必然なのだ、と。

ならば、迷うことはない。

エルデリート王はネズリグへの文を書くと、信用できるものに手渡した。





セウス王はアースウォードの王とアズガーを離れ、本陣とともにシノルヴァへと向かっていた。

コクーン・アーマリオン率いる国境警備隊がトローア側国境より攻めてきており、そちらと交戦に陥っているらしい。セウスはそちらに合流し敵を殲滅後、そのままシノルヴァへと攻め込むつもりであった。

そんなセウス王の陣営が一時の休息を取っていると、包帯に身を包んだ長身の騎士が現れる。名をネズリグと言い、先のアースウォードとの戦争でトローア軍に志願し、その槍の技でセウスの道を斬り開いた騎士の一人である。その巧みな槍の技で数多の敵を振り払うのをセウスは隣で見ていた。


「セウス国王陛下、実は折り入ってお話があります」


低頭しネズリグは言う。セウスはなにか、と問う。


「実はわたくしはアースウォードの民ではなく、シノルヴァ側の者であり、今現在もそうでございます」


ネズリグの発言に、セウス王の周囲にいた騎士たちが剣に手をかける。だが、セウス王はそれを制して、ネズリグを見る。


「陛下、この者は敵国の者!油断を誘い、陛下を害するやもしれませぬ!」


近衛騎士の一人が言うと、セウスはゆっくりと首を振る。


「それはないだろう。ネズリグの戦いぶりを私は見ている。彼はそのような姑息な手を使うものではない。真に誇りある騎士だ。皆、剣を治めよ」


その言葉に渋渋騎士たちは剣を治める。ネズリグは低頭したまま、セウス王を見る。


「セウス王、やはりあなた様は偉大なる王でいらっしゃる」


そう言い、ネズリグは自分の顔を覆う包帯を取る。その包帯の下の顔に、セウス達は驚いた。ネズリグが言っていた焼けただれた顔ではなく、そこには人間とは異なる皮膚があった。


「ネズリグ、お前は」


「ええ、そうです、陛下。ごらんのとおり、わたくしは人間ではなく、魔族と呼ばれる存在です」


ぎょろりとした目でセウスを見て、老騎士は言う。


「無論、シノルヴァでも魔族は忌み嫌われる存在。ですが、そんなわたくしめをエルデリート様は必要となさってくださった」


「ネズリグ、お前の主は元老院ではなく、エルデリート王なのか?」


「はい」


セウスの言葉に静かに頷くネズリグ。

セウスも知っている。シノルヴァの実権は元老院にあることを。セウスの要求は元老院に送られたが、それはその内情を知っていたからだ。

まさか、エルデリート王がセウスに接触してくるとは思わなかった。ただの傀儡、と言うわけではないのだろう。


「エルデリート王は、これ以上の戦いを望んでいません。セウス王の要求を呑むつもりである、とのことです」


「我が身かわいさに、ということではないのか?」


騎士の一人のその侮蔑をはらむ言葉に、ネズリグは静かな怒りを込めていった。


「エルデリート様はそのようなお方ではない。優しい女性であり、民を憂いていらっしゃる。自身の無力をどれだけあの方が苦しんでいたか」


ネズリグはそう言い、セウスを見る。


「繰り返しますが、エルデリート様はこれ以上の戦いを望んでいません。王権の譲渡も快く快諾する、とおっしゃっています」


「・・・・・・・・・・・だが、元老院は飽くまで抵抗するだろう?」


「ですが、シノルヴァは『王国』。飾だけとはいえ、王が降服する、と言うならば王国内の空気もそちらに流れます。うまくいけば、戦わずしてシノルヴァを制することができるかもしれません」


リケンの言葉に、セウスはううむ、と唸った。

セウスとて、無用な血を流すことは望まない。戦わずして住むならば、それが一番である。

セウスはネズリグを見た。


「ネズリグよ、エルデリート王と話す機会を作れはしないものか?」


「・・・・・・・・・難しいでしょうな、王はほぼ軟禁状態であります故に。しかし」


ネズリグはそう言うと、強い輝きを放つ瞳でセウス王を見る。


「やってみましょう。セウス王、一週間、いえ五日。お待ちいただきたい」


「そう言って逃げる気ではあるまいな?」


先ほどネズリグを侮蔑した騎士の言葉に、ネズリグは無視を決め込み、セウスに言う。


「信用できぬ、と言うならば、今この場で私の首なりを持って行かれるといい。そして、そのままシノルヴァを征服なさればいい。どちらにせよ、セウス陛下の勝利はもはや覆すことのできないものです」


「・・・・・・・・・いいだろう、ネズリグ。そなたの騎士としての誇りを信じよう」


セウスはそう言い、立ち上がりネズリグの体を起こす。


「エルデリート王は幸せだな。そなたのような騎士がいるなどと」


「セウス王こそ、これほどの騎士を従えています。わたくしも、ともに戦えたことを光栄に思っております」


それでは、と言い、ネズリグはその場を辞した。ネズリグを信用ならない、というものもいたが、セウス王の言葉に刃向うわけにもいかず、そのまま言葉を飲み込んだ。

セウス王はひとまずはコクーンの助力に向かい、そのあとのことはネズリグが来るまでは保留とすることにした。





死の匂いの広がるかつての戦場の跡。ここでは多くの兵士が命を落とし、味方に葬られたもの、そうでないものが混在している。

無念のうちに死んでいった兵士の魂は、闇の魔力を伴いこの空間を漂っている。

魔物となることこそ今はないが、何らかの外部からの影響で魔物化することも無きにしも非ず、という状態である。

そんな場所に、一人の猫背の魔術師が現れる。黒衣に身を包み、髑髏の仮面をした魔術師はぼつぼつと低く、聞き取りずらい声で何事かを呟く。

その瞬間、その場所でだけ、まるで太陽が沈み、暗闇に包まれたかのように黒い霧が発生した。

そして、大地の下にうずもれた肉と骨が、振動し、地中からその身体を出す。

蠢く肢体、蛆虫たち。死と腐臭が周囲に漂い、カチカチと骨の鳴る音が鳴り響く。

死者は虚ろに光るその眼孔で空を見上げた。


『ぐぶっぶぶぶっぶぶぶ・・・・・・・・・・』


不気味な声で嗤う魔術師。彼が使ったのは、禁断の魔術とされる『死霊魔術』である。

死したものを不完全な状態で蘇らせ、使役する禁術。失われた魔術であり、使用できるものはすでにいないはずのものである。

魔術師は静かに歩き出す。すると、彼に続くように死者の群れがそのあとに続く。

行軍する死者の群れは、黒い霧とともにどこかに消えた。


セウス王による勝利の影にうずもれ、戦死者たちの遺体が消える、という怪奇現象が各地で起こっていた。とはいえ、そのことに差して人々は脅威も恐怖も抱いてはいなかった。



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