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セアリエル  作者: 七鏡
何者であろうとも私の道を阻むことはできない
32/59

砂漠の帝国

おちおち逃げ帰ったセイザーら第三軍だが、ツェリペン将軍を倒したセウス王を倒すため、責任は問われることなく、第一軍とともにセウスらの迎撃に当たるようユーゴー・フォッシウスからの命を受けていた。

現在、セウス王らはフロイデン帝国国境地帯のセアベリノに滞在している。セアベリノの諸都市を無血開城したセウスは、困窮した人々に支援を約束し、敵対することなく平和的にその地を制圧したのであった。

帝国中心部よりもさらに荒廃の影響が大きく、さして帝国に忠誠もない辺境地域ゆえ、より条件の良い支配者に従うのは当然ともいえた。とはいえ、これにはマーズリート帝も無言でしばし固まってしまった。

いくら忠誠心が薄いとはいえ、敵国トローアに従うとは何たることか、と彼は思う。

いや、それこそがセウス王の王としての力なのかもしれない。真の王とは、見ただけで人々を従える、ともいう。

とはいえ、マーズリートはそんな若者に屈するつもりはなかった。皇帝になったのも、この立場に居続けるのも、彼が望んだことではない。だが、それでもその責務を果たすことに迷いはない。

マーズリート帝は隣国アースウォードとも戦闘を繰り広げながらも、最重要目標としてセウス王の軍勢を上げ、彼らを徹底的に阻止、殲滅するよう国内外に強く指示した。


現在の第一軍の指揮官はベイウート・アガティン将軍である。この人物は先の指揮官アルカンシエル将軍の無二の親友であり、その副官であった男である。だが、先の戦いでは負傷しており、その療養のため、一時本国に帰還しており、本国において敬愛する指揮官であり友である男の戦死を知ったのだ。

副官であったアガティンにはかねてより軍団を、と言う声が強く、親友の死により彼は軍団を持つことになった。最強の第一軍を。

第一軍の指揮官となったアガティンはそれまでは帝都において防衛の任についており、彼ら第一軍が再び戦場に出るほどの事態は、アルカンシエル死後はなかった。だが、セウス王により国境が侵犯され、動かざるを得なくなった。

第三軍は第四軍の一部の生き残りを吸収しながら、第一軍と合流を果たした。

すでにセウス王により、セアベリノは無血開城されていた。


「アガティン様!」


「久しいな、クレオメロン、それにセイザー」


「ご無沙汰しています。アガティン様」


クレオメロンの声にアガティンが笑いながら近づき、二人の若者に近づく。さすがのセイザーも普段のヘラヘラ笑いを押さえて父の友人であった将軍を見る。


「災難であったな、セイザー」


「いえ、それよりもアガティン様。皇帝陛下はここで食い止めるおつもりなのですか?」


セイザーの問いにアガティンは頷く。


「左様。食い止めるならば、この場所が最適であろう。ここの地形を敵は正確には憶えてはいまい。彼らが知るのは、数世紀も前のフロイデンの姿」


数世紀前までの美しく、住みやすいフロイデン。それを敵は想像しているだろう。

もともと砂漠の広がるセアベリノ地方において彼らも疲弊しているだろう、とアガティンは見ていた。何も知らずに帝都へ向かおうとすれば、彼らは地獄を見ることとなろう。

フロイデンの環境は厳しい。しっかりとした準備なしには、戦争はできない。過酷な環境ではあるが、それこそがフロイデン帝国の物には防壁となりうるのだ。

フロイデン帝国の者たちはこの過酷な環境で過ごしてきたため、ノウハウがある。だが、トローア人はそうではない。

アガティンはそこに勝機がある、と踏んでいた。


「トローアの王がいかに優れたものであろうとも、自然には勝てぬ。それに、聞くところによると敵は少数。我が方に比べれば、蟻の如きもの」


そう言い、セイザーとクレオメロンを見る。


「君たちもいるとなれば、私たちが負けることはないだろう」


「・・・・・・・・・・・そうは言いますが」


珍しく、煮え切らない口調でセイザーが言う。珍しい、とアガティンが診て続きを促す。


「セウス王の軍勢は非常に優れた騎士ばかり。そのような慢心がわれらを滅ぼすことになります」


「手厳しいな」


アガティンは苦笑し、セイザーを見る。


「お前にそこまで言わしめる、ということはそれほどの敵、と言うことなのだろう。わかった。私も全力で当たることとしよう。君たちの活躍も、期待しているぞ」


「はい、閣下」


セイザーとクレオメロンが敬礼すると、アガティンは人好きのする顔で歩き去っていく。紳士的な初老の男の姿からは、武人、とはおよそ想像がつかない。だが、背はまっすぐに伸び、その姿は自信に満ちている。

セイザーはその背を見ながらも、不安を感じずにはいられない。




セアベリノ地方を支配下におさめたセウスらトローアの騎士たちは、その荒廃のほどに息を吞む。

数世紀前より砂漠が広がるこの地域だが、今では全域が砂漠に覆われ、水さえもまともに手に入れることができないという。

水源を見つけるために、男たちが砂漠に生き、帰ってこないことも日常茶飯事という。

聞くところによると、帝国全域がこのような状況に陥っている、という。

今現在も、ファムファート大陸のバラル王国との貿易で何とか国内の食料を得ているのだという。

先の戦いで捕虜になった兵士からセウスは事前にフロイデンの現状を聞いていたが、それでもショックは隠せない。


「・・・・・・・・・・故国のため、か」


セウスは広がる砂漠を見る。何もない、広大な砂漠。生命が住むとは思えぬ、灼熱の底は、夜になれば極寒の地獄と変わる。そのような土地で住むことはあまりにも辛い。それゆえに、彼らは他国に住処を求め、侵略をする。

彼らにも、戦う理由はある。それをセウスは痛感していた。

確かに、その気持ちは理解できる。だが、だからと言ってこのような戦いを許すわけにはいかない。

話し合いによって解決できるならば、そうするが、それができる状況ではないことをセウスはわかっていた。

戦わねばならないならば、戦う。それがセウスの選んだ道なのだ。

マーズリートはきっと、民のことを思う良き君主なのだろう。だが、その君主の命を奪ってでも、セウスはこの戦いを止めると決めた。

セアリエルを撫でるセウスは、遠く帝都ミトリガンの方向を見る。

灰色の空の向こうで、夕日が煌めいた。



サウルン・トーキッドは先の任務でともに戦ったフォーリヴズとともに、セアベリノの向こう、現在第一軍と第三軍による包囲網が出来上がりつつある地帯に偵察に赴いていた。


「おやおや、ずいぶんな団体さんだこと」


おどけてサウルンは言う。サウルンはアカデミー出身であるが、元は貴族と言うのはおこがましいほどの家の出身であり、平民に近い暮らしをしていた、という。それゆえにフォーリヴズも辺に気を使わずに済むため、意気投合した。年はサウルンがやや上であったが、それを理由に偉そうにするわけでもない彼に好感を抱いていた。

魔力望遠鏡により、暗がりの中を見つめる二人。その向こうには、多くの兵士が周囲を注意深く見ている。


「これだけの相手を我らの王は相手にするのだろうか?」


「ま、王様も全軍は相手にする気はないでしょうな」


フォーリヴズの言葉に、サウルンは軽く返す。


「ペルゼン様の情報工作部隊が先ほど帝国入りしたそうだからな、彼らが働いてくれれば、あの厳重な包囲網にも隙ができる。そして帝都に行って、皇帝を討てば、それでひとまずは解決さ」


皇帝を討った後、軍部がまとまってセウス王を攻撃することもあるかもしれないが、そのことはまずは考えていない。考えたところで、末端の二人には関係のない話である。

サウルンとフォーリヴズはまた前方を見る。


「げ」


突然、フォーリヴズがうめき声を上げたのを不審に思い、サウルンが「どうした?」とフォーリヴズを見る。


「いや、なんでもない」


そう言うフォーリヴズの視線の先には女騎士の姿があった。肩に届くか届かないか、と言う程度の髪の凛々しい女騎士を、フォーリヴズは忘れたことはない。

綺麗な顔をして、凶暴な女の名をクレオメロン・シレと言う。彼女がここにいる、ということは彼女の上官であるセイザー・アルカンシエルもいる、と言うことだろう。

彼女やその上官はフォーリヴズにとって天敵、ともいえる相手であり、彼のスキルで作った指輪を必ず二個は持って行ってくれる、厄介な敵である。

あいつらとは戦いたくないものだ、とフォーリヴズはため息をついた。




騎士フォーリヴズやサウルン、それにほかに偵察に行っていた騎士が帰ってくると、セウス王は主要な騎士たちを陣営に集め、会議を始めた。


「それでは、会議を開始する。まずは、偵察に行った者たちから報告を」


「は」


サウルンが立ち上がり、報告を開始する。


「敵軍の包囲は完全であり、我々が帝都に行く道はすべて封鎖されている、と言って間違いないでしょう。ただ、あちら側は積極的に攻めてくる気配はありません。飽くまでこちらの出方を見ている、という様子です」


補給のルートは作られており、各部隊に食糧や武器は支給されているという。一方、こちらはまだそれほど補給のルートができていない。逆に攻められれば危ないが、敵は動く気配がないという。

セウスは敵もなるべく戦力を削ることはしたくない、と言うことだろうとみていた。兵力的にも不利とこちらが悟り、引き返すならば、という魂胆なのだろう。

だが、ここでひいては帝国の兵力回復を許すこととなる。第四軍なき今こそ、攻めるチャンスであり、これを逃しては再びこの土を踏むこともないだろう、とセウスは思った。

報告を終えたサウルンら偵察者たちに労いの言葉を駆け、セウスはリケンを見る。リケンが立ち上がり、王と周囲の騎士たちを見る。


「ペルゼン様より派遣された密偵たちは現在、包囲網を突破し何とか帝国内部に紛れ込んだそうです。ご命令さえあれば、すぐにでも動き出せます」


魔術師による密偵たちは命がけの潜入をしたようである。セウスの命令で彼らは動くことになるが、そのほとんどは恐らく死ぬことになるだろう。セウスは胸が痛むが、勝利のためには仕方がない、と目をつむる。

セウスはリケンに頷いた。そして全員を見る。


「今ここで立ち止まるわけにはいかない。短期間で我々は決着をつけねばならない。一日でも早く、このラカークンに平穏をもたらす為に、諸君の力を私に貸してほしい」


セウスの言葉に、騎士たちは腕を胸の前に掲げ、セウスを見る。


「・・・・・・・・・・・ありがとう」


セウスはそう言うと、静かに立ち上がり、会議の終了を宣言した。

次の作戦の決行は一週間後である。

その間、セウスはセアベリノ地方の視察を行った。セウスの頭の中には、この帝国を支配した後の構想が浮かんでいた。どのように、この過酷な土地に恵みをもたらすかを。

長きにわたる戦いの原因を取り除くには、マーズリートを倒すだけでは足りないのだ。

真の敵はマーズリートではなく、この過酷な環境であり、世界であるのだ。そのことをセウスは忘れてはいない。

砂漠の砂を掴みながら、セウスは遠くトローアで待つ妻の顔を思い浮かべる。


「セリーヌ、君は今、何を見ている・・・・・・・・・・?」


そう呟き、王は夜の月を見た。






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