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セアリエル  作者: 七鏡
何者であろうとも私の道を阻むことはできない
31/59

テベロン平原の戦い

セウス王はフロイデンが占領するミリシュア侯爵領の奪還のため、部隊を引き連れ移動し始めた。

これを狙い、他国の部隊も機会を伺うも、コクーン率いる国境警備隊の目をかいくぐることはできず、また他国同士の戦いに作戦力もあり、思った以上に自由にできることはなく、結局その思惑はうまくはいかなかった。

セウス王、ミリシュア領に進軍の報告はミリシュア領を拠点とするフロイデン精鋭部隊インサニアフォースズ第三軍隊長セイザー・アルカンシエルにも届いていた。

先の戦いでむざむざセウス王に土地を奪われたセイザーは、本国より派遣された第四軍の指示下に入るよう、インサニアフォースズを統括する皇帝補佐官ユーゴー・フォッシウスから命じられていた。

第四軍の隊長はツェリペン将軍。セイザーよりも一回り年上の男であり、武骨で野心溢れる男である。

彼はライバル(とツェリペンが勝手に思っている)、セイザーの失脚に笑みを浮かべ、ここで彼との差を見せつけてやろうと、意気揚々であった。セウス王は、所詮は若造。勢いに乗った英雄如きに、彼の巧みな戦術と技能に敵うものか、と驕っていたのだ。

とはいえ、ツェリペンは傲慢な男だが、実力がないわけではない。そのことをセイザーも知っている。これがただ無能で不快な輩ならば、セイザーもその人物を殺し、自分が命令権を奪うが、そうではないので、高みの見物気分で後方に控えていた。彼の第三軍はツェリペン自慢の第四軍の後方支援であり、はっきり言って楽だし、仮に負けてもセイザーの責任はない。

セイザーはへらへら笑い、後方で寛いでいる。そんな彼の隣では、幼なじみであり副官のクレオメロン・シレが地団太を踏み、唸っているようにすら見える。

よほど、前線に立てないことが口惜しい様子である。加えて、第三軍が馬鹿にされているようで、彼女は怒り狂っていた。

下手に前線に出ても命令違反で処罰されてしまう。同じ隊長格ならば、罰することもできないが、彼女は副官でしかなく、ツェリペンの命令は絶対である。

そうまでして父を殺したフォーリヴズとトローアを倒したいかねえ、などとセイザーはへらへらとそれを眺める。

ふと、風向きが変わり、戦いの匂いをセイザーは感じた。


「始まったかな」


不敵な笑みを浮かべ、セイザーはふふんと余裕の笑みを浮かべた。




ミリシュア領、テベロン平原。


アーダルベルト・ツェリペンの第四軍は、前衛を強固な重装兵士により守られ、側面には機動力の高い騎兵がいる。ツェリペンのスパルタにより、フロイデンの不毛地帯での過酷な訓練に耐えて来た精鋭ばかりであり、将軍の考えを深く理解している。連携に関しては他の軍団には負けない、と豪語するほどの物であり、その連携には多くの智将猛将が舌を巻いた。

現に、セウス王の騎士たちもその強固な守りを破ることができず、その間に側面からの騎兵の攻撃を受けており、防戦に移行していた。


「ふん!あの程度、我が軍の敵ではない」


ツェリペンはそう言い、にやりと笑う。ぎらぎらと光る眼と、トラを思わせる顔。一目見ただけで子供は泣きだす迫力を持つその人物は、がっはっは、と笑う。

若造のセイザーのことを、彼は嫌っていた。親の力で今の地位にいる、とさえ思っている。無論彼は才能に恵まれているが、軍を率いる際はない、とツェリペンは思っていた。どれほど戦術や戦略に長けようとも、セイザーには信念や理念がない。そんなものに、兵はついてこない。

そう、自分のような指揮官こそが、兵を導くべき存在なのだ。

フロイデンに豊かな土と、平穏をもたらす。そのために、長年苦労を重ねてきたのだ。若造如きにその苦労をわかってたまるものか。

この豊かな地で安穏と平穏を貪ってきたトローアにも負ける気はしない。


「ふん、王自ら出てくるとはな。その意気は買うし、嫌いではない。だが、相手が悪かった」


ツェリペンはそう言うと、副官に命じた。さっさと戦いを終わらせよう、と。

彼は傲慢ではあるが、勝機を逃すような愚かなまねはしない。潰せるときに潰す。これが、戦いの鉄則なのだ。


「ふふん」


ツェリペンは笑い、トローア軍の壊滅する様を思い浮かべ、忍び笑いをした。




強固な鎧と巨大な盾が、後方からの魔術を防ぎ、騎士たちの波状攻撃すらも防ぐ。

「巨大な動く防壁」とまで言われるツェリペン将軍の第四軍の一筋縄でいかぬ強さにセウスは眉をしかめる。数の上でもこちらは不利であるのに、あのような守りを展開されては勝ち目はない。

加えて、痛いところを敵騎兵部隊がついてくるため、防戦に回るしかない。

セウス達は攻め手を欠いていた。

とはいえ、彼らとて策なしにこの戦いに臨んだわけではない。

その時が来るまで、セウス達はこの場で耐え続けなければならない。

セウスはこの場にはいない友と彼に付き従う者たちを思い、敵部隊を見る。




一方。

ミリシュア領は多くの渓谷が存在し、そこにはトローア王国の民のみが知る抜け穴が存在する。

今回の戦闘が行われている平野を挟み、後方にミリシュア領を支配するフロイデン帝国の基地がある。

今、平野での戦いに戦力を割かれ、そこには第三軍のセイザーがわずかな手勢とともにいるのみ。まずはここを叩き、補給線を断ち、敵後方を襲撃。挟撃してツェリペンの第四軍を破る。

これがセウス達の作戦であった。

ツェリペンの軍勢は前方及び側面は強固であるが、その分後ろからの攻撃は想定しておらず、ツェリペンもまさか後方を狙ってくるとは思うまい。

抜け穴の存在も、フロイデン側は知らないであろう、とセウスは断言した。フロイデンにとって、渓谷地帯を調べる暇もなく、また利益もない。そして、ミリシュア領までこちらが攻めてくることは、つい最近まで知らなかったのだ。付け込むすきはある。

セウスの読み通り、フロイデン側は渓谷の抜け穴を見張りも置いていない。このことからも、その存在そのものを知らないことがわかる。

バルドバラスらは自分たちの脚で走り、セイザーらのいるミリシュア侯爵邸に向かう。馬は途中までは使用していたが、敵に察知される危険性を感じ、途中で手放した。

バルドバラスに付き従うのは、ツェツィーリエ、フォーリヴズ、そして谷の騎士の異名を持つサウルン・トーキッドである。

サウルン・トーキッドはスキルにより、壁をよじ登り、水平な壁を走る。彼にとってはどのような地形も普通の地面と同じものであり、苦労なく進むことができる。加えて元から足は速く、体力もある。その能力を買われ、今回の作戦に参加することとなった。

それまではただの騎士であり、日の目を浴びなかった騎士であったサウルンが初めて表舞台にその名前を現したのは、このテベロンでの戦闘である。


「さて、これだけの数でセイザー・アルカンシエルの軍勢を敗れるのかね」


バルドバラスが引きつれる軍勢は総勢二百。一方のセイザー側はその3~4倍の兵力とみられている。

余分な戦力を割けないセウスらにとっては、二百でも大変な数だが、それでも勝てる見込みはない。

とはいえ、友からこの任務を託されたバルドバラスは意地でもこの任務を達成するつもりであった。

ツェツィーリエやフォーリヴズもそのつもりであるらしく、その瞳は強く輝いている。




セイザーは何かおかしい、と後方から軍の動きを見て思う。

セウス王がこのままでは負けると知りながら撤退しないのはあまりにも不自然である。セウス王は馬鹿ではない。引き時もしっかりと分かっているはずだ。

それに、彼の軍勢の中には、彼の信用する黒騎士や女騎士、それにクレオメロンが執着するフォーリヴズがいない。セウス王が彼らをこの場に連れてこない、と言いうことはありえない。彼らが戦死した、という知らせは受けていないし、他の地域や戦いに向かった報告もされていない。

ツェリペン軍は、セウスの軍勢を押せよ押せよと攻撃している。油断しているわけではないが、そのことにしか見えなくなっている。

もしも、今敵がツェリペン軍の後方を突いたならば、この状況はすぐに崩れる。

対象であるツェリペンはほぼ後ろに位置する場所から動かず、戦いを静観している。そこに敵が現れ、指揮官を討てば、命令系統は崩れる。

ツェリペン軍の強みは高い連携力であるが、それも指揮官あってのことだ。

そう思った時、セイザーはふと顔を上げ、クレオメロンを見る。驚いたクレオメロンは、セイザーがいつものヘラヘラ笑いを浮かべていないことに、疑念を抱く。


「どうしたの、セイザー」


「クレオメロン、全軍に戦闘用意を」


「どういうこと?戦いは癪だけど、ツェリペン将軍が有利。私たちの出る幕なんて」


「急げ、奴らはこちらを狙ってくる!セウス王は馬鹿じゃない、ツェリペンを破ることが、目標じゃないんだよ、あいつらの狙いはミリシュア領だ!」


そう言ったセイザーは腰の蛇腹剣を持つと、足早にその場を去り、戦いの用意を始める。

だが、それよりもわずかにバルドバラスらがやってきた。

油断していた第三軍の目をすり抜け、ミリシュア侯爵邸に現れた彼らは、二百人だけで八百人の第三軍を相手に戦闘を繰り広げる。

不意を突かれた形の第三軍は、最初こそ動揺したが、すぐさま体勢を立て直すが、トローアの血を奪還しようとする騎士たちの勢いに押され、その首を打ち取られる。

馬屋を襲いこんだトローア騎士は馬を奪い、武器を奪うと、それでテベロン平原に向かう。


「このままでは・・・・・・・・・・!」


セイザーは呟き、その馬を阻止しようとする。火薬を搭載した馬車を止めるよう命令するも、第三軍の騎士を隼の騎士がその弓矢で仕留める。

セイザーは目を細め、初めて自分の父親を打ち取ったという平民騎士フォーリヴズを見る。

フォーリヴズもまたセイザーを見る。アルカンシエル将軍の息子のことは、彼もよく知っている。若くしてインサニアフォースズの一軍を預かり、セウスからも要注意人物と言われる男。

不敵な笑みを浮かべたセイザーを見て、フォーリヴズは弓を構える。接近を許せば、殺される。その本能に従い、矢を放つ。

フォーリヴズの矢を紙一重でかわすと、セイザーは目をぎょろりと開き、彼の方に走ってくる。


(速い・・・・・・・・・!)


フォーリヴズが確実に射止めた、と思った一撃を信じられない動きで切り払ったセイザー。野獣の如き本能と運動能力にフォーリヴズは焦る。彼の父、アルカンシエル将軍もまた化け物であったが、セイザーもまたそれに勝るとも劣らぬ化け物であった。

接近してきたセイザーは、蛇腹剣を放つ。鋼の糸で連接された刃がフォーリヴズの持つ弓を切り裂く。

フォーリヴズは剣を抜き、自分もセイザーに向かって奔る。

真正面からあたるように近づき、ステップを踏む。そこにセイザーの剣が突き刺さった。フォーリブズは体を躍らせ、セイザーの首を狙う。

セイザーはニヤリと笑い、連接剣を引き抜くと通常の剣の状態に戻し、フォーリヴズと刃を交えた。


「いいねえ、さすが親父を殺しただけはある・・・・・・・・・・」


「うるせえ、化け物め」


フォーリヴズはそう言うと後ろに跳び下がり、右手の人差し指の指輪から槍を出現させる。その槍は、恐るべき速さで放たれる。だが、それを絡めるように蛇腹剣で受け止め、切り刻むセイザー。

粉の一撃を受け止めるのか、という表情のフォーリヴズに笑いかけるセイザー。だが。


「・・・・・・・・・・・おっと」


セイザーは顔を引き締め、後方のミリシュア邸を見る。そして悟る。

この戦いはどうやら、フロイデン側の負けらしい、と。


「見事だったね、完敗だよ」


セイザーはそう呟くと、剣を鞘に占め、フォーリヴズを見る。恐らく、このままツェリペンも負けるだろう。ならば、おとなしく退いた方が賢いだろう。


「なんだ、降服するのか?」


「まさか。ま、だからと言って、頑張って君を殺したところでどうにもならないし、逃げさせてもらうよ」


フォーリヴズはセイザーを見て、ナイフを投擲する。背を向けたセイザーはそれを見もせずに避ける。


「フォーリヴズ、次に会うときは全力で相手してあげるよ!」


そう言い、セイザー・アルカンシエルは走り去る。さすがのフォーリヴズも、セイザーを追おうとは思わない。目的は達成した。




ツェリペン将軍は、突然の爆音に驚き、後方を見る。

彼を守っていた僅かな手勢はその爆発でほとんどが死んだ。火薬を詰めた馬と、それを守る騎士により逃げる間もなく第四軍陣地は絶叫の嵐に巻き込まれた。

自軍後方で起きた大爆発と、指揮が途切れたことで、第四軍が乱れた瞬間、セウス王は軍勢を率いて反撃を開始した。それまで防戦に徹していたセウスたちを押し返そうとするも、後方から現れたトローア騎士により、戦線が乱れる。

得意の重装戦術も、この混乱では真価を発揮する間もない。騎兵たちも次々と倒されていく。

圧倒的な勝利を目前としながら、まさかこのような光景を見ることになるとは、とツェリペンは目を見開く。

ザリ、と土の音がして、ツェリペンが振り向くと、そこには黒い垂れ髪の青年騎士が立っていた。


「おのれ、トローアめ」


ツェリペンはそう呟くと、腰の剣を抜き、バルドバラスを見る。


「貴様らに、我らフロイデンは負けはせんぞぉ!!」


「そうかよ」


バルドバラスは漆黒の魔剣を構え、奔りだす。


「その程度の剣で、私を倒せるものかぁ!!」


唸るツェリペン。彼は怒りの一撃を振り下ろすが、その剛腕から放たれた一撃はバルドバラスの盾に防がれる。どんなものすら切りたつと豪語する彼の力をもってしても、この騎士の盾を砕くことはできなかった。

バルドバラスは盾を構えたまま、素早くその剣を振り、将軍の腹を切り裂いた。


「がはぁ!」


ツェリペンの身体が崩れ落ちる。そして、バルドバラスの剣がそのまま、第四軍の指揮官の首を斬り飛ばした。

血に塗れた魔剣を持ったまま、バルドバラスは叫ぶ。


「ツェリペン将軍、打ち取ったり!」


その言葉は、遠く第四軍と戦うトローア軍に伝わった。戦意を喪失した第四軍は降伏し、セウスらトローア軍はテベロン平原での戦闘に勝利した。

この勝利により、トローア王国は奪われていた領地をすべて回復した。

フロイデン側は精鋭部隊の第四軍をまるまる失うことになった。

勝利の余韻をそのままに、セウス王はミリシュア領よりフロイデン帝国領へと進軍を開始する。

彼のわずかな手勢により率いられた軍勢の侵入をフロイデンはみすみす赦すことになる。

この事態にマーズリート帝とユーゴー・フォッシウスは慌てて第一軍を出動させ、セウス王らの迎撃を命じた。


まさか、トローアがここまで攻め込むとは思いもしなかったマーズリート帝は静かに瞠目した。


「恐るべし、トローア王国」


それまでは四国の中でも平和主義の国、と侮蔑の対象であったが、どうやらその偏見を改めなければならないらしい、とフロイデン皇帝は思った。

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