アノガルとツェツィーリエ
シノルヴァ支配地域にて、トローア騎士に混ざり剣を振っていたツェツィーリエは、悔しさで満ちた顔で自分の剣を見る。
先の作戦は成功し、シノルヴァは奥東部に撤退している。彼女は剣を治めると、自分の故郷である村へと向かっていく。
そして、そこで待っていたのは、もぬけの殻の村であった。
村を歩いて、彼女は自分の家へと向かう。
そして家を見つけると、その裏に向かい、立ち止まる。
彼女の足元には、小さな墓石のようなものがある。それが父母の墓などとは、到底信じることはできない。
王都に逃げてきたかつての村人の話には聞いていた。父母が死んだ、と言うことを。だが、それを信じることはできなかった。
父は傭兵であり、今のツェツィーリエほどではないが、腕は確かであった。そんな父が、村を守るために剣を抜き、戦い死んだ、と言う話を信じることができなかった。
母もまた、父とともに運命を共にしたようだ。誰がこの墓石を作ったかは知らないが、父と母の名が刻まれていた。
ツェツィーリエにとって、父母はさほど大切に思ったことはなかった。肉親の情などないにも等しかったし、セウス達に対して抱く愛情の方が深いくらいであった。
なのに、失って初めて、肉親の掛け替えのなさを彼女は感じていた。
なぜ、今まで自分は父母とちゃんと接してこなかったのか、それだけが悔やまれる。
アイスブルーの瞳からは熱い何かが零れた。彼女はそれを拭うことはせず、ただただ立ちすくんでいた。
村から出て、セウス達のいるペスベレントに向かう途中、彼女は怪しげな集団を見つけた。
渓谷の中に身を潜め、彼らは静かに何かを待っているようだった。
薄汚れた衣を纏ったその者たちを見て、とっさに剣を抜いたツェツィーリエ。トローア王国の物ではない、と彼女の勘が告げていた。
シノルヴァは早々に撤退したが、ただで撤退するわけはないと思っていた。油断を誘い、奇襲をするつもりなのだろう。幸い、まだツェツィーリエには気づいていない。
先手必勝とばかりにツェツィーリエは奔りだす。
そんな彼女に気づいた兵士たちが剣を抜くが、その前にその身体は彼女の剣によって断たれていた。
信じられない、と言う顔で死んだ仲間を見て、男たちが叫ぶ。
「なんだっ、王国兵が気づいたってのか!?」
「クソッタレ、おい、殺せ!」
男たちは口々に居ながら、一人の女を取り囲む。そして、彼女を見ると、下卑た笑みを浮かべる。男数人係ならば、彼女を無効化して好き勝手できる。そんな欲望が男たちにはあった。男たちはシノルヴァに雇われた傭兵であり、金のために働いている。この任務も金をもらってやっているが、禁欲を強いられていて、いろいろと溜まっていた。女を犯したり、強奪したりと好き勝手やってもいたが、最近はまったくそう言うことができない状態であった。
そんな男たちはだから気づかなかった。ツェツィーリエがただの女性ではない、ということを。
父母の死があり、微かに怒りを出していた剣神は、一切の慈悲を加えてやるつもりはなかった。
剣を収めたツェツィーリエの足元には、死体が転がっていた。
口ほどにもない、と彼女は息をつき、傭兵たちを見る。何の抵抗もできず切り伏せられた傭兵たちのことを、セウスにも知らせた方がいいだろう、と彼女は思う。もしかしたら、まだ紛れているかもしれない。
そう思った彼女は背を向け、その場を去ろうとした。その時、背後でガサリと音がし、人の気配がした。
ツェツィーリエが振り向くと、そこには死んだ傭兵たちと似た格好の大男が一人立っていた。
「・・・・・・・・・・おいおい、冗談きついぜ」
男はそう言うと、ツェツィーリエを見る。
「おいおい、嬢ちゃん、あんたがこれをやったのか?」
「そうだ」
ツェツィーリエの冷たい言葉に、男は参ったな、と頭を掻く。
「これじゃあ、クライアントの依頼が果たせねえなぁ、え?クソッタレめ」
男はそう言うと、やれやれと首を振る。
「これじゃ、シノルヴァに顔出しできねえじゃあねえか、まったく。とんだことしてくれたなあ」
傭兵はそう言い、肩を竦めた。そして、転がる男たちを見る。
「だが、こいつらもそこいらの騎士にやられるタマじゃねえんだがな・・・・・・・・・・運がなかったかな」
「あんたも、こいつらとおんなじ運命辿らせてあげようか?」
ツェツィーリエはそう言うと、腰の剣を引き抜く。男はガハハ、と愉快そうに笑った。
「気の強い女は嫌いじゃあねえ。だが、俺に刃向うのはいただけねえ」
男はそう言うと、荒々しい野性をその瞳に浮かべ、ツェツィーリエを見る。その身体が、徐々に膨れ上がり、浅黒い肌は次第に灰色に変化していく。
「・・・・・・・・・!お前は・・・・・・・・・」
異形へと変貌を遂げる男を見て、ツェツィーリエは呟いた。人間か、と言う問いに男はニヤリと笑う。
「一応人間だが、どうかねえ。俺のスキルはあらゆる物質を取り込む能力。それでいろいろと取り込んできたから、人間とは言えないかもしれん」
男は岩のような肌の怪物に変貌し、手に持つサーベルを構える。
「俺の仕事の邪魔をしてくれた礼だ、貴様も取り込んでやる!!」
男の腕が伸び、彼女の腕を掴む。岩のような硬い肌が肌に食いつき、同化しようと動き出す。ツェツィーリエは剣を振るい、その腕を切り落とそうとするが、彼女の剣劇でも切り落とすまでには至らなかった。
男の腕は元の長さに戻る。傷もすぐに再生された。おそらく、魔物を取り込んでいるのであろう、恐るべき再生スピードであった。
サーベルを振りかざし、ツェツィーリエに襲い掛かる。お世辞にも剣技は立派ではないが、その力強さは常軌を逸しており、加えて再生する肉体と硬い体で致命傷を与えることができない。彼女のスキルで切り伏せてもすぐに回復する。一撃で心臓を切り裂こうにも、硬い皮膚の前に阻まれる。
「っう!」
「痛くもかゆくもないぞぉ!!」
傭兵はそう言い、笑う。ツェツィーリエの腕を掴みあげ、ねじ伏せると、彼女の手から剣が落ちる。
そして、ツェツィーリエの身体を掴みあげ、その身体をまさぐる。
「融合の前に、少しばかり楽しませてもらおうかな?」
「離せ、化け物・・・・・・・・・・!!」
気の強い女の涙を、愉快そうに男は笑ってみると、その騎士服に指を伸ばす。
その瞬間。
「その汚い手を離してもらいましょうか」
「あン?」
男とツェツィーリエがその声の方向を見る。彼女の目が大きく見開かれた。そこには、ここにはいないはずの銀髪の青年がいた。
「アノガル、どうして・・・・・・・・・・・
ツェツィーリエの声に、アノガルは冷たい目で男を見ながら言う。
「あなたが一人でどこかに行ったと聞いたので、様子を見に来たのですよ。そうしたら、案の定、ですね」
「おいこら、俺を無視してなぁに話し手やがる、若造!?」
アノガルを見て叫ぶ男を、青年の目が睨みつける。
「黙れ、外道。金で雇われ、信念なき野獣ごときが彼女に触れるなど、私が赦さん」
普段の敬語をかなぐり捨て、アノガルは男を見る。
男はツェツィーリエの身体を乱暴に突き放し、アノガルを見る。
気に入らないこの男を半殺しにして、この女を凌辱してやろう。傭兵はそんなことを考えていた。
男は周囲の石や木々を取り込み、自身の肉体をより強化する。
「騎士か何かは知らんが、俺に敵うと思ってんのか!」
「・・・・・・・・・」
沈黙してアノガルは敵に切りかかる。
「アノガル、そいつには・・・・・・・・・・!」
ツェツィーリエが叫ぼうとした瞬間、男の腕が伸びアノガルを襲う。アノガルは剣を振り、男の腕を切り落とす。
「馬鹿め、切り落とした程度で俺の攻撃が終わったと思うなよ!」
そう叫んだ男の腕が再生紙変形しようともぞもぞと動く。だが、動いただけであり、男の腕が再生することも変形することもなかった。
「な、なんだ、と・・・・・・・・・・・」
呆然とする男に、なおも切りかかるアノガル。混乱する男は自身の皮膚を硬くする。
「なんだ、なんだってンだ、一体・・・・・・・・・!!」
男は混乱する。なぜ、スキルが発動しない、なぜ岩のように固いはずの自分の身体に剣が突き刺さる、血が流れる!
男の疑問に答えるように、剣を振る手を休めずにアノガルが言う。
「私のスキルは、あらゆるスキルを無効化する力。故に、私にとってはお前のスキルは無意味、と言うわけだ」
「な、二ぃ・・・・・・・・!?」
男が絶叫して、サーベルを構えた。だが、そのサーベルを細剣で弾き飛ばし、アノガルは男の喉を突き刺した。喉笛から血を流しながら、男はアノガルを見る。
「・・・・・・・・あ、がが、ぁ・・・・・・・・・・・」
アノガルは手をクイッとひねり、男の首を斬りおとす。灰色の身体は元の浅黒い色に戻り、男の身体が地に倒れた。
アノガルは冷徹に肢体を見ると、倒れていたツェツィーリエの方に歩いていく。
「大丈夫ですか、ツェツィーリエ」
「え、ええ・・・・・・・・・・ありがとう、アノガル」
手を差し出してきたアノガルに礼を言い、立ち上がらせてもらった彼女は、青年を見る。
あそこまで起こったアノガルをツェツィーリエは見たことがなかった。
そんなにまでも、自分を思ってくれているとは、流石の彼女も思いもしなかった。
「・・・・・・・・・・一人でいなくなるなんて、辞めてください」
アノガルはそう言うと、震える友の肩を抱きしめる。
「あなたは強い。だが、そんなあなたが傷つく姿を私は見たくない。・・・・・・・・・あなたのご両親のことは、私も聞いています。辛いでしょう。でも、一人で抱えないでください。私たちがいるでしょう、ツェツィーリエ」
「・・・・・・・・・・アノガル」
彼女の顔を見て、優しく微笑む銀髪の青年。その顔を見て、堪えていたはずの涙が流れる。
「・・・・・・・らしく、ないな」
「そうですね」
互いに苦笑し、そして、その唇が重ねあわされた。
フロイデン、アースウォード、シノルヴァの三国が支配していた部分を取り戻したことで、トローアはかつての三分の二までの領土に拡大していた。国境警備隊による警備により、再侵攻には目を光らせている。各国ともトローアばかりで戦争をしているわけではなく、すぐさま失った兵力や物資を補給できるわけではなく、トローアへの反撃をなかなかできないでいた。
その間に、さらにトローアは進撃を続けた。アノガル、バルドバラス、フォーリヴズと言った騎士たちの活躍もあり、本国への撤退をアースウォードは余儀なくされた。シノルヴァも不利を悟ってか本国への撤退を始めている、と言う。
残るはフロイデンによって支配される旧ミリシュア侯爵領である。
ペスベレントの地にセウスは立ち、あの日から始まった苦節の日々を思い出す。
腰のセアリエルを撫で、セウスは荒れ果てたペスベレントを見る。
「陛下」
そんな王を見つけ、一人の騎士が寄ってくる。
「ここは冷えますし、まだ敵がいるかもしれません。宿営地までお戻りを」
「・・・・・・・・・わかった」
セウスは重々しく言うと、騎士に背を向け歩き出す。
「そう言えば、アノガルとツェツィーリエを見なかったか?」
「アノガル殿はツェツィーリエ殿を探しに確か東の方に行く、と・・・・・・・・・・」
東と言えばツェツィーリエの家がある、と思い出し、セウスは納得した。
そうか、とセウスは呟き、東の方を見た。
アノガルとツェツィーリエが宿営地に姿を現したのは、それから一日後のことであった。
二人に何があったか、それをセウスは聞かなかった。聞く必要はなかった。その様子を見ただけで、だいたいのことは想像がついたからだ。
セウスは二人を労うと、次の作戦まで休むように言い渡した。アノガルはそのことに抵抗があるようであったが、セウスが強く言うと、文句も言えず、黙ってうなずく。
二人そろって去っていくその背を見て、セウスはほほ笑む。隣にいたバルドバラスが「どうした?」と聞いてくると、いいや、と首を振る。
「あの二人にも、いろいろと後悔が残らないように、と思ってな。彼らがこの先、命を落とすことはないだろうが、一応、な」
「ああ・・・・・・・・・・あいつらも、ようやっと、か」
納得したようにバルドバラスが頷く。
「お前も、そろそろ誰か見つけたらどうだ?バルドバラス。聞くところによると、お前も人気があるそうじゃないか?」
「・・・・・・・・・うるせえよ」
ふと思い浮かべたオレンジ色の髪の女性を頭から振り払い、バルドバラスは笑って言う。この想いだけは、セウスにも誰にも明かすことはない。バルドバラスはそう思い、親友の顔を見る。
(・・・・・・・・・そうさ、この想いは誰にとってもいい結果をもたらさない。ならば、秘めておくだけだ)
黒髪の青年はそう心の中で呟き、腰の魔剣を撫でた。
冷たい感触が、やけに心地よく感じられた。




