秋の日に
夏が終わり、季節は秋になりつつあった。
長いようであっという間の夏季休暇は終わり、セウスらは再び王立アカデミーに通い始める。
夏の間は様々なことがあったが、充実したものであった、とセウスは感じていた。
先日のセウスのきょうだいの件は結局わからずじまいであった。父王のことをよく知る重鎮でも、隠している様子ではなく、純粋に知らないようであった。宮廷魔術師ペルゼンが調べておく、とは言ったが、果たして知ることはできるだろうか。
そんなことを考えていると、教室内にハバナン教官が入ってくる。ハバナンはきっちりとした騎士服に身を包み、担当する生徒たちを見回し、重い声で言った。
「皆久しぶりだな。全員無事のようで何よりである」
そう言い、ふっと笑う。
「それでは、今日からまた貴様らをしごいてやるから覚悟をしておけ」
そう言うと、早速一限より開始だと言い、訓練場集合と言い残して去っていく。
また、いつもの日常が戻ってくる。
「急ごうぜ、セウス」
「ああ」
バルドバラスに声を掛けられ、セウスは応じ仲間たちと更衣室に向かっていった。
訓練場に集合した生徒たち。生徒たちの手には自身の武器が持たれている。夏季休業以前はトーナメント以外では真剣の使用は現金であったが、これからは普通に自身の武器を使用してもいい、ということである。
そのため、セウスはセアリエルを持ってきていた。もっとも、護身用と言うことで、普段はセアリエルとしてではなく、儀式剣として使用するが。
バルドバラスやアノガルは騎士の使う正式な騎士剣を持っていた。二人はセウスに近い友人であり、いつまた襲撃があるかしれないため、王宮から配給されたのだ。
ツェツィーリエにも騎士剣が渡される予定だったが、ツェツィーリエは使い慣れた剣の方がいい、と辞退していた。ツェツィーリエの持つ剣は武骨な両刃の剣であり、彼女になじんでいる感じである。
セリーヌとリケンは魔術師であるため、魔術の補助具である杖を持っている。セリーヌの持つ者はユグラドの木で作られたもので、高性能である。宮廷魔術師用の装備である。
リケンはそれよりは劣る樫の杖であった。これはペルゼンが学生時代に使用したものである。なまじ能力の高いリケンにとって、あまり強力過ぎる杖を持つのはかえって危険である。そう言った配慮もあり、リケンはこの杖を持っている。
他の生徒たちも親が貴族だったり騎士だったり、と言うのは多いため、大体みな立派なものばかりである。
「武器だけは一丁前だが、腕の方はなまっておらんだろうな?」
ハバナンはそう笑うと、二人一組になっての訓練を言い渡す。
セウスとバルドバラスは剣を交わし合う。セウスの方は儀式剣の形であり、本来の力の半分も発揮できない。しかし、魔術も行使してそのふりはカバーする。
バルドバラスは騎士剣と、黒い盾を使用している。
魔術を防いだバルドバラスは、にやりと笑う。セウスは咄嗟に身を翻す。先ほどセウスが放った魔力は盾の中に吸収され、そのまま魔力の弾としてセウスに跳ね返された。
魔力光を避けたセウスはバルドバラスを見る。
「なるほどな、反射か」
魔術の不得意なバルドバラス。そんな彼が魔術師相手に戦うために、この盾を選んだのだ。
王宮に務める鍛冶職人によって作られたその盾には退魔術の術式のほか、様々なものが仕込まれているという。そのすべてをまだセウスは知らないし、バルドバラスもさらすつもりはないだろう。
バルドバラスの盾は盾にあらず、武器である。その認識はより強くなる。
「さぁ、セウス。どうする?」
魔術は下手に打てば自身に跳ね返る。だからと言って近接戦ではバルドバラスに軍配が上がるだろう。
とはいえ、セウスもこのままおちおち負けるつもりもない。
「行くさ、バルドバラス」
「そうでなくてはな!」
今日こそ決着をつけてやろう、とばかりに意気込むバルドバラスとセウスは剣をぶつかり合わせた。
セアリエルは本来の姿ではないが、それでも普通の剣よりは強い。セウスはわずかに勝るスピードでバルドバラスを圧倒し、その手の剣を弾き飛ばす。バルドバラスの手を離れた剣が、遠くの地面に突き刺さる。
「これで・・・・・・・・・・」
「甘いっ!」
セウスがとどめ、と首元に剣を向けた時、セウスの剣が弾かれる。バルドバラスの盾の先端から刃が突き出てセウスの剣を受け止めたのだ。
バルドバラスの攻撃を受け、退いたセウス。その間にバルドバラスは細長い盾から先ほどまで使用していた騎士剣よりは先端の短い剣を取りだす。
「まさか、盾にもう一本剣を仕込んでいたのか?」
「そうだ、多少動きは鈍くなるが、もともと俺は防御重視型だしな」
あえてスピードは捨て、守りに特化させたスタイルのバルドバラス。今更少し重くなろうが、問題ではないのだろう。
剣を構え、仕切り直しとばかりにバルドバラスはセウスを見て笑う。セウスもニヤリと笑う。
「はあぁあぁああっ!」
「てぇい!!」
親友同士は試合を楽しむように笑いあいながら、剣を交えた。
結局のところ、また二人の決着はつかずじまいであった。が、どちらもそれほど残念そうにしてはおらず、より一層腕を磨こう、と言う気になってさえいた。
仲間たちもそれに触発され、相変わらず六人は一年でありながら全学年からの注目を集めていた。
多くのものは好意をもって彼らを見ていたが、そうでないものもいた。
その一人、アルカード・ゾディアンは、憎たらしそうにセウスを見て舌を鳴らす。
アルカードの敗北を受けても、彼らはくじけることはない。他者を屈服させることに喜びを覚えるアルカードは、セウス達の絶望する顔を見たかった。なのに、彼らはああして笑っている。
圧倒的な力の前に、彼らは屈したはずなのに。ギリ、とアルカードは歯ぎしりをする。
アルカードはもともとこの国、トローアの者ではない。来たるべき戦いの時までその身分を隠し、祖国フロイデンのために潜伏する、そのためにここにいる。
アルカードは自身の欲望と目的のために、セウスにトラウマを植え付けたつもりであった。だが、彼の植えつけたものは彼らをより高みへと目指させる程度にしか、彼らの記憶の中には焼き付いてはいない。
アルカードの焦りは大きかった。
今はこうして実力の差もあり、余裕を見せているが、セウス達六人の成長の速度はアルカードの予想以上であった。だからこそ、あの時心をくじいたつもりであった。なのに。
(なぜ笑える?なぜ、絶望しない・・・・・・・・・・・!)
理解できず、アルカードは心の中でつぶやいた。
前回のセウス達との試合でその暴言と命を危険にさらす行為を厳重注意された。セウスらを絶望させられるならば、と甘んじて受けたが、それすら受け損であった、と言うことになる。
ちくしょう、と誰にも聞こえない声でつぶやく。
この休日は街に出て女でもあさるか、などと騎士にあるまじき行動を脳裏に思い浮かべ、アルカードはセウス達に背を向けて去っていった。
それからしばらくして。
夏の暑さはすっかり消え、冬へと向かう寒さを実感し始めた時、リケンが珍しく考え込んでセウス達仲間を前に唸っていた。基本的に勉強はでき、魔術に関しても天才的な腕前の少年が悩む、ということは極めて珍しいことであり、セウスがどうかしたか、と聞くと、一度は何でもない、と濁した少年だが、その後仲間たちに相談に乗ってほしい、と言ってきたのだ。
それが、数十分前の話であった。
そうして、仲間たちがリケンの部屋を訪れたのだが、リケンは一向に話を切り出さない。切り出そうにも、どう切り出せばいいのか、わからない、と言う様子である。
それにとうとう我慢ならなくなったセリーヌとツェツィーリエの剣幕に、流石にリケンもまずいと感じて口を開いた。
「実はこれが、クラスの机に」
そう言い、おずおずと懐から取り出したリケンが持っていたのは、白い髪である。包みに入ったそれには封をする印とリボンがくくってあった。それを見て、女性陣はそれが何かを代替把握した様子である。が、男性陣はそれが何かをまだわかってはいない。
「なんだ、それは?果たし状か」
「馬鹿」
バルドバラスの言葉にセリーヌが言う。黒髪の少年は少女を見るが、少女は舌を出してバルドバラスの顔を睨んだ。
「なんなんですか、それは?」
アノガルがリケンに答えると、気まずげに少年は言う。
「その、僕のことが好きだ、って・・・・・・・・・・」
「へえ」
その言葉にセウスは感嘆の言葉を漏らし、ツェツィーリエはヒュウ、と口笛を吹く。セリーヌはにやにやとみてきて、バルドバラスは信じられない、とリケンを見ている。アノガルも驚いている様子である。
このメンツの中ではリケンは影が薄い、と言ってもいいだろう。だが、この中にいるから薄いだけであり、本来ならば相当優秀であり、注目される逸材だ。まだ幼いながら、兄プレアデスを思わせる美貌と金髪を持っているため、その片鱗は時折見える。能力的には問題ないし、それも当然か、などとセウスは思う。
相手は貴族なのか、とセウスが問うと、リケンはわからない、と言う。
手紙には相手の名前がなく、ただ日時と場所が書かれており、そこで話をしたい、と言うことらしい。
ちなみにそれは明日であり、場所は訓練場近くの森、だそうだ。
しかし、リケンはこのようなものをもらったのは初めてであり、仲間内の女性以外で話したことのある同世代の少女はいない。しかし、蟲をするわけにもいかず、悩んでいたという。
厭ならいかなきゃいいだろう、というバルドバラスだが、いい加減な性格ではないリケンにそれはできないだろう。
セウスは顎に手をやり、リケンに言う。
「とりあえず、会ってみればいいだろう?手紙だけでは、どういう相手かわからないしな。話してみて、リケン自身が決めなくてはいけないだろう?」
「それは、そうだけど」
不安そうな少年。賢いと言っても、それは魔術や勉強のみ。こういった部分は年相応であった。
「なぁに、気にすんなよ、何があっても俺らは友達なんだぜ?支えてやるよ」
バルドバラスがそう言い、リケンの肩を叩く。リケンは「そうだね」と言う。
うじうじしたところで何も始まらないのだ。それならば、とりあえず会ってみればいいのだ。
リケンはありがとうと仲間たちに言うと、明日のためにいろいろ考えたいから、と仲間たちに言う。仲間たちはリケンを見て、その部屋を出ていく。
「あいつのことが好き、ねえ」
バルドバラスが呟く。
「なんだ、意外か?」
セウスが言うと、まあな、とバルドバラスは言う。
「あいつは優秀だし、いい奴だぜ?だが、はっきり言って俺ら意外と付き合いはないから、どうしても、な。好きだなんだと言ったって、結局あいつの能力を狙っているだけ、って可能性もあるんだ。それを考えると、な」
そう言ったバルドバラスの言葉には、重みがあった。アノガルも顔を顰めている。二人とも、そう言った経験はあるのだろう。セウスにそのようなことを言うものはいないため、セウスには残念なふぁら理解できなかった。
「それでも、もしリケンがそれに気づかなくても、私たちがいるもの。大丈夫よ」
セリーヌはそう言い、ね、とツェツィーリエを見る。アイスブルーの瞳の少女は「んー」と呟き、頷いた。
「ま、リケンもいろいろ経験すべきだろう。あいつも、俺たち以外のやつともう少しかかわってもいいだろうと、常々思ってたからな」
リケンの交友関係は、他の五人と比べると狭く限られている。
セウス達仲間以外では、ペルゼンとその妻フローリアなど、本当に少数しかいない。学内でも、セウスやバルドバラスたちと違い、他の生徒と話すところは見たことがない。だから、これもいい機会だろうとセウス達も思ってはいた。
リケンのことは親友であり、大事に思っているが、いつまでも一緒にいられるわけではない。何かあった時、セウス達がいなくなった時、彼が一人になることがないよう、セウス達も懸念はしていたのだ。
十二、いや十三歳と言う年齢で婚約を前提とした付き合い、というものは貴族では多い。この学園も貴族は多いため、そう言うことは珍しくはないのだ。王であるセウスの近くにいる、と言うことはそう言うことなのだ。
セウスは親友の部屋を一瞥すると、仲間たちとともに去っていく。
(がんばれよ、リケン)
そう心の中で魔術師の少年を激励した。




