エピローグ パスティーシュ
○エピローグ パスティーシュ
ゲームオーバーというか後日談。
まだまだ本格的に寒い季節。人気のない中庭で缶のコーンスープを啜りながら颯汰と並んで座っている。
まあ実際、そもそも大抵の場所には人気なんて無いのだけれど。そんなの気付いてしまえまば当然というか今更というか。見えてる範囲だけで精一杯。
「うん、こうして改めて、ってなると、存外何を云っていいかわからないよね」
「まあ……俺にとっちゃ尚更、だけどな」
見上げた空には、都合良く一羽の鳥が横切った。
何もかもが、どこかで手にした切り貼り(パスティーシュ)の世界。
騙し騙し。欺瞞と隠蔽の幸福を演じ続ける匣庭。
渇いていく心に水を注ぐ延命処置。
「また、別の夢がはじまるんだろう?」
「いや、それは僕に聞かれても、だけどね」
「正常な頭でみたら最悪のバッドエンドだな」
「現実を生きろって?」
「成長しろ、とかな」
それはそれで否定はしないけどな。
投げた缶が直線的な動きでゴミ箱へ飛び込む。
「さめない夢は現実と同じ」
「永遠の世界だね」
曖昧な境界線。最後の一枚だけが、決して壊れない壁ならば。
たとえ世界が、視界に収まらない全てさえが、自分の内側でしかないとしても。
「九十九圭祐の次回作にご期待下さい、ってか」
ベンチから立ち上がる。冷たい風が吹いて目にかかった前髪を揺らした。
「次の俺によろしく」
鍵をかける音はまだ聞こえない。
まだ、準備も終わってないしな。
さて、と。
どっちから行くか。
「で? 今更私に何のようだ?」
怒っていた。
「外周にちらりと触れただけで放置された私に、今更何のようがあるのだ、九十九は?」
拗ねていた。
いや、まあ、ねえ? 時間かけ過ぎたのはこっちだけれども。
「みんなに紹介しておこうと思ってね」
「……そうか」
銀色の眼鏡に触れながら、二宮が呟く。
「まるで都合良く扱われているな、私は」
「いやいやいや。二宮さんキャラおかしいですよ?」
「私のキャラを決められるほど、接点があったかな、私たちには?」
「隣ですから! 席とか!」
「冗談だよ……いや、こうか。やっと、わたしのこと、みんなに紹介してくれる気になったんだね……?」
「誰だよ!」
「いや、三鶴城がな。九十九はそう云うのが好きだ、と」
「あいつとは一度しっかり話す必要がある!」
七花も二宮のあいつのせいでおかしくなってやがる!
などと。
部室につくと珍しく全員揃っていた。
「現実を生きるには、夢見ることも必要なのよ!」
姫菜がいつものようにそれなりな胸を張ってなにかの本の受け売りを偉そって今更それは駄目だろ! つか二回はやっちゃ駄目!
「僕たちの戦いは、まだ始まったばかりだ!」
「何でだよ!」
「先輩。それは主に版権とか、いろいろと、そういう方面とのごちゃごちゃっとした戦いが……」
「やめろよ! 嫌なこと云うなよ!」
「はい! 話題はないけど手を挙げてみました!」
「まあ凛はいいや」
「なんでさ!? 圭祐くんわたしの扱いおかしくない!?」
「なあ、九十九、私は……」
「ああ、そうだった。みんな、今日はみんなに新」
「わーわー転校生だー」
「せんせー、三鶴城さんがホームルーム中に私語しまーす」
「六槻、椅子だしてくれる?」
「あーおーげばーとーと」
「七花は何か違う」
「あー、チミ達も知っているだろうが、同じクラスの二宮……二宮……二宮、下の名前なんだけっけ?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
姫菜達の視線が突き刺さる。うぅ、いや、だって二宮としか呼ばないから……。
「…………はぁ」
二宮は呆れたようにため息をついて、眼鏡を持ち上げた。
「……香奈子」
前髪を指でもてあそびながら、うつむきがちにそう呟いた。
冬の屋上は寒い。死ぬほど寒い。
こんなところに来る奴はよっぽどの物好きだ。ましてや一日の殆どを過ごすなど。
「やっほー! ダーリン♪」
給水タンクから飛び降りて(怖くないのかよ)着地と同時に俺の方に跳んでくる。
「ぬくいねダーリン、きゅんきゅんしちゃう♪ 血液型を」
「それはやめろ、あと離れろ」
なんでどいつもこいつも濃いキャラを目指すのか。民事不介入だからである。リンクミス。
「んー、ネジがねー、飛んじゃってるからある程度は仕方な所謂刷り込み的なものなんじゃな、い、かなぁーと?」
無邪気である。経験値の問題なのか、見た目にはそぐわない程に無邪気だ。そして無邪気にひっついてくるので、必然的に胸が、その、まあ、なんだ?
「ん? どしたん?」
「いや、なんでも」
こちらを見上げる表情は無邪気なのだが、多分、けれど上目遣いがその、ねえ?
へたれとか云うな。傷つくから。
「ほうほう」
ぐいぐいと身体を押しつけてくる。性格とアンバランスに成長した胸が腕に、こう。
「こういうのが好きとな。んー、うりうり」
「ちょ、やめなさい」
「なんというかねー、戸惑いっぱなしなのですなー」
「いや、それはこっちが」
「ドキドキする?」
相変わらず話は通じないみたいだった。わざとか?
「いやねー、外に出てきてはみたものの。いろいろ足りてないからね、あたし。戦いだけが存在意義なのさ! とまではゆわないっけどさー」
「いわない」
「いわないっけどさー……まあだから」
少女がこちらを見つめる。
「責任、とってよね、ダーリ……ぅわぷ」
寄せてきた顔を直前で遮った。油断ならない奴だな。
「いきなり何をぅわっ」
掌を舐められた。
「にゃはは」
掌を見つめる。どうすればいいんだろう……。
「でも、まー。……リセットが必要ですなー、きっと。ネジ飛び過ぎて脳がぐるぐるですにゃー。あとはタイミングって話で。な、の、で、全部お任せしますですのことよ。白紙委任。お好きな金額をどうぞ! 残高無限の当座預金! やったね☆」
少女は柵に両手をかける。
「それではまた来週!」
そして、跳ぶ。
猫のように。
一階分だけ低いとなりの屋上に飛び移ると、そちらの建物内に入ろうとドアを……ドアを……鍵がかかっているようだった。
「…………」
「……にゃはは……」
なんだか縋るような目でこちらを見ている。目をそらした。
「おーい! ダーリーン! 助けてよー! 流石に戻るのは無理!」
「…………」
「無視すんなー! おーい!」
「……何やってんだか」
小さく呟いて、空を見上げた。
空は青く、透き通るように高く。
こんな幸福に包まれていられるのなら。
それは時に眩しすぎて、目に涙が浮かぶけれど。
たとえばこんな景色のために、俺は明日も生きていける。
「っておーい! 爽やかに終ろうとするなー! たすけてよぅー!」
「はぁ……まったく」
爽やかなんて似合わないってか。
こちらへ向けて叫び続ける彼女の為に、とりあえずはあのドアを開けてやろう。
なにより今日の目的だった、彼女の名付けがまだなのだから。
候補はいくつも考えたけれど、最終的には彼女の意見を取り入れよう。
一つずつ、順番に。時間は、それこそたくさんあるのだから。
だけど、そう。彼女をみんなに紹介しにいくのは、きっと遠くない。
屋上のドアをくぐるとき、一度だけ振り返って街を見る。
俺たちは囲われている。ここから外へは出られない。何処へ辿り着きもしない。
けれどそれは。
決して不幸ではないのだから。
「おーい!」
「今いくって!」
背中で大きな音を立てて、ドアが閉まった。
(了)