第4話 ファンスブルグ王国王妃 ララシュア・ド・ファンスブルグ視点その2〜わたくしの永遠の親友 故アリシュラ・ド・ローモンド〜
王妃殿下視点の続きです。
王妃殿下とウルシュラ嬢の母君との友情についてです。
ファンスブルグ王国の王妃たるわたくしの母国は、その名を、シュリアルド王国という。
いかな地続きの友好国であろうとも、近隣国のかつての王女たるわたくしが輿入れをした国、こちら、ファンスブルグ王国で出産した王太子ダイソムを婚約者とする筆頭公爵令嬢ウルシュラ嬢の婚約者ではなく婚約者候補に王妃の母国の王太子を据える、などというのは荒唐無稽な話であるし、場合によっては糾弾されたとて、仕方のない話であろう。
わたくしも、どこかの国でそのような話が持ち上がったならば、おかしなことを仰るのね、と述べて扇を開いておしまいとなるような話題だ。
そう、ふつうであれば。
まず、婚約が結ばれたそのとき。
筆頭公爵家の子はウルシュラ嬢一人であったのだ。そのため、次期当主は誰が、ということも問題として挙げられたはずである。
これが、我がファンスブルグ王国内の話であれば、まだ国内であること、また、王宮が目を光らせているために一族または相応に優秀な代官を、ということで収まるのだが。
まさにそれが、つい先ほどまでの王家とローモンド筆頭公爵家の婚約なのである。
つまりは、筆頭公爵家の当主となるべき女性が他国の王族に嫁ぐなど、あり得ない話だ。
それでおしまい、である。
しかしながら、ファンスブルグ王国のウルシュラ・ド・ローモンド筆頭公爵令嬢においては、この荒唐無稽な話の実現が可能なのだ。
なぜなら、ウルシュラ・ド・ローモンドの母、故アリシュラ・ド・ローモンド前筆頭公爵家当主は、わたくしの母国、シュリアルド王国の英雄とも申せるほどの伝説の女傑、救国の女性であるからというのがその理である。
我が母国、シュリアルド王国。
そこは、魔力の高い者が多く生まれ、魔法学や魔道具の開発、輸出に秀でた国である。
鉱石の採掘とその技術に長けたこのファンスブルグ王国とは、近さももちろんであるが、燃料としての鉱石、魔道具のための魔石と魔道具との輸出入という相互協力関係からも、縁が深い。
そんな母国、シュリアルド王国には、建国以来の悩みがあった。
それは、高魔力を有する民が生じるがための悩み。
魔力が高いが故に、魔力多忙症という、魔力が身体を覆いすぎることで、体調を崩したり、ひどいときには起き上がれないほどの不調や、最悪の場合には命にもかかわるなど、魔力の多量がゆえの悩みが、他国よりも多く存在していたのだ。
また、それはほぼ女性のみに起こる症状である。
だが、シュリアルド王国は、国民に生来の高魔力者が多い魔法大国などとは異なり、魔力を持たない者、少ない者もふつうに存在する国であり、あくまでも、魔法や魔法書などに接する機会が多い血族に高魔力の保持者が生まれることがあるという国柄。
そうなると、その者たちがもっとも多く生まれる可能性があるのは王族、高位貴族階級となる。
そこから、周辺の友好国、近隣国、親交のある諸国などへの輿入れについてを他国よりも積極的に行う国となっていったのである。それは、自然な流れと言えよう。
魔力は通常、生まれたときに所有する以上には増えることはない。成長するに従い少しずつ、または急激に表に出てくることなどもあるが、生涯の魔力量は生来のものである。
よって、将来魔力多忙症などを発する可能性については診断を行うことができる。
わたくしも、その可能性を鑑みられ、それに加えて国力などの関わりから、周辺の友好国への輿入れが決まっていた高魔力保持者である王族の一人だった。
条件に基づいた、王族同士の婚姻。
然しながら、なんとも僥倖なことに、婚約者となられた王太子殿下は、政略でありながらもこれほどに素晴らしい方と結ばれることがあるのかという知性と心根に優れた美青年でいらしたのだ。
国王陛下となられた現在もその美貌は深みを増され、そして、民と国を思う情け深さと王としての冷徹さをお持ちでいらして、わたくしはほんとうに幸せな王妃だと日々感謝を申し上げている。
そして、わたくしは、さらに、このファンスブルグ王国で親友、永遠の友にして未来の母国の救世主といえる存在に出会ったのだ。
わたくしはこちらに参った際、王太子殿下の婚約者として王太子妃教育は母国で修了をしていたのだが、予科としてファンスブルグ王国の王太子妃教育を王宮で、さらには学院生としての生きた学びを王太子のご卒業まで共に、というありがたいご提案を頂いたのである。
今は隠棲なされた当時の国王陛下と王妃殿下からの御心遣いを頂戴したのだ。
母国シュリアルド王国の王太子教育ならびに王太子妃教育は大陸の規範ともされているので、ファンスブルグ王国の王太子妃教育には時間を要することはなかった。
つまりは、王宮では将来の王太子妃として、学院では留学生として王太子殿下との学びの時間を得られるようにという国王陛下と王妃殿下の思い遣りにほかならないのだ。
そして、わたくしの無二の親友、ファンスブルグ王国の筆頭公爵令嬢アリシュラ・ド・ローモンド。
彼女は、学院生徒会の会長をも務めていた。
学院生皆の憧れ、と言えば早いか。
それは、当代のウルシュラ嬢も同様である。
副会長の彼女が実は会長職の愚息を支えていることなど、優秀な学院生にはお見通しのはずだ。
それを見抜けぬ者が、ダイソムのことを素晴らしい王太子、優秀な生徒会長と信じているのだろう。
それはそれで、学院としては悪いことではない。
ただ、学院を卒業し、社会に出たのちに。
真実を見抜く力のある無しを見られていたことに気付き、後悔しても遅いことは、言うまでもない。
ところで、筆頭公爵家、ローモンドの家系のことは、わたくしもよく存じていた。
輿入れ先の筆頭公爵家というだけではなく、シュ、の付く名前はシュリアルドの王族の血族の証しでもあるからだ。
つまり、あの美しくも賢く思慮深い、まさにアリシュラの子として相応しいあのウルシュラ・ド・ローモンドもアリシュラと同様、祖先にはシュリアルドの王族があられるのである。
そのため、ローモンド家は我が母国と地続きの地域にも領地を有し、通行税などにも融通を利かせ、悪徳な業者には容赦なく罰を与える、そんなことから、我が母国でも深い敬意を持たれている家なのだ。
その経緯から、我が母国王家の王子の一人がローモンド家に婿入りしたこともある。
そう、ローモンドの家は、女系、それも、優秀、かつ高魔力保持者が多く生まれる家系なのである。
もちろん、当代の入婿などとは雲泥の差よりも差のある、当主を愛し当主から愛された、理想の夫婦であられたのだ。
だが、ここで悲劇が起こる。
知性、教養、魔力、そして美貌。
すべてを兼ね備えた当時のローモンドの当主が、出産ののち、数年後に、儚くなられたのだ。
その理由は、出産された女児の魔力の高さ。シュリアルド王国でも少ない症例、いわゆる、急性魔力多忙症。
亡くなられた当時のローモンド筆頭公爵家当主も魔力の高い方でいらしたが、シュリアルド王国のように魔力多忙症につねに注意を払うということはなかった。
これは、当時のファンスブルグ王国や筆頭公爵家の怠慢ではけっして、ない。王家もかくやというほどに、母体と胎児の体調などには細やかな気遣いをされていたのだから。
ファンスブルグ王国では、それまでは、魔力多忙症の発症例が存在しなかったのだ。そう、ただの一例も。
その最初の例が、斯様な悲劇となってしまったのだ。
ちなみに、胎児の魔力までもを正確に測定する魔道具は、当時、まだ未開発であった。シュリアルド王国でさえも、正確な測定値を導き出せるものは開発できてはいなかった。
最大の喜びとほぼ同時に、最大級の悲しみが筆頭公爵家をおおったのである。
ちなみに、こののち、ローモンド家とシュリアルド王国との研究の末に、母体と胎児の魔力測定を分けて行う仕組みも構築されていくのである。
ファンスブルグ王国の最初の魔力多忙症による被害者となられてしまわれた筆頭公爵家当主殿。
入婿殿は、深く哀しまれた。そして同時に、入婿殿は、愛する妻と、その子を深く、深く愛された。
そのため、魔力の高い男性との結婚を可能なかぎり控えること、これを、ローモンド家の家訓となされることを決められたのである。
愚息とウルシュラ嬢の婚約も、これが理由の一つである。
そこからは長い年月が経ち、魔力多忙症には薬効のある薬、魔力測定器の開発も進む、と対策が整えられるようになった。さらに、これはわたくしもであるが、婚姻に注意を払うなどの策もきちんと採られていたのだ。
だが、この、妊娠出産ならびに胎児からという急性魔力多忙症の事由についてだけは、わたくしが若年の頃には、決定的な策、つまりは予防薬などが存在してはいなかったのだった。
むろん、我が母国とローモンド家は、この女性特有の魔力多忙症についての研究じたいは続けていた。
彼の悲劇を、繰り返さないために。
そんな状況の好転は、突然だった。
学院を卒業後、わたくしが王太子妃となり、アリシュラが筆頭公爵家当主を継いだ頃のことである。
アリシュラは、ある仮説を導き出し、祖先の母国、つまりシュリアルド王国に資料を求めたいとわたくしに相談をしてきたのだ。
それは、彼女がその冷徹にして至高なる知力で検討していた女性特有の魔力多忙症の症状、それを幼少期から予防するという仮説を裏付けるためのものの資料だった。
仮説の梗概書も付いており、それには、魔力多忙症に罹患するのは母体のみならず、胎児もであり、胎児は急性魔力多忙症にかかることで魔力多忙症は生涯発症しないという論まで示されていた。
じっさい、当時の筆頭公爵家当主から生まれた女児は、亡き母君を深く敬愛し、筆頭公爵家当主として敬われる功績と、魔力多忙症研究を進められた人物であり、八十歳で配偶者や子、孫と領民代表に見守られながら静かに息を引き取られるまでの間、その膨大な魔力量にもかかわらず、一度も魔力多忙症の症状を発症してはいなかったのだ。
アリシュラは、自身の偉大なる先祖母子の例も精緻な根拠の一つとした上で、仮説を導き出したのである。
その仮説とは、一角獣の角から生成した特殊な注射針での魔力多忙症予防薬の接種である。
もちろん、これは、急性魔力多忙症の予防とも重なる。
わたくしは王太子であられた現陛下にすぐにご相談申し上げ、許可を頂き母国への照会状を送った。
アリシュラの仮説の写しの一部を添えて、父たるシュリアルド王国国王陛下に宛てて。
資料は、王家の早馬の便で、すぐにやってきた。
あにはからんや、わたくしの母国の王室書庫の古い記録には、魔力多忙症の症状快癒のためにと、一角獣の粉を特効薬とした記載が存在していたのだ。
だがこれは、『おとめをまもるいっかくじゅう』というように、事実と言うには歌や詩、伝承のようなものであり、これを根拠にして研究を進めようという研究者は存在しなかった。
研究をしていた者をあえて挙げるならば、古書や言語学、それから故事の研究者くらいであろう。
しかしながら、アリシュラは、それを御伽噺とはしなかったのだ。
わたくしに多大な感謝を示してくれたのち、さらに、アリシュラは、筆頭公爵家の資産のうち、個人的なものを用いて、そうとうに遠方の魔法大国とも縁を結び、一角獣の角を配分した布の反物を入手したのである。
しかも、ドレス数着分の、かなりの量のそれを。
ほんものの一角獣、さらには、稀なる乙女の織手の名手。
その二つが揃わなければ、存在しないそれは、稀少品の好事家からすればいくらでも金銀財宝を出そうというもの。
だが、魔法大国は、そのようなものではけっして流通などは行わない。
それでは、アリシュラはどうしたかと申せば。
なんと、貴重なうえに上質な魔石、自身の先祖の魔力多忙症について書いた論文、奇書と呼ばれた、だが、価値の分かるものにはお宝となる古代の魔法書など、魔法大国の高位の魔女、魔法使い、高官たちにおいては金銀財宝などとは比較できないものを等価交換の対象物としたのである。必要ならばと、自分自身の魔力を示す数値表までである。
そこまでして得たその反物を子細に研究し、高魔力の、または血縁的に成長期に高魔力保持者となる可能性を有する女子が幼少期から一角獣のため息のドレスを身に纏えば、魔力多忙症じたいの予防ともなることを導き出した。予防薬接種との並行予防策として。
まさに、鉄壁の策だ。
貴重な反物を用いたその予防策は、さすがに王家かローモンド家ほどでなくば採用できないものであるが、なんと、アリシュラからは、素晴らしき別案までが出されたのだ。
それは、たとえば、手巾やリボン、くるみ釦などであっても効果をもたらすという結果であった。
ドレスに用いられるような高貴な反物ではなくても、少々の角の成分を有した糸などを縫い込み刺繍をするだけでも効果があるのだ。
また、小物ならばいわゆる『一角獣のため息』も生じない。それは、一角獣が、かつて乙女であったものを助く、ということのようだ。
これは、魔法大国のお歴々からも魔力多忙症以外の魔法の病にも活用範囲が広いと称賛された、素晴らしい発見であった。
この論は我が国、我が母国、そして魔法大国の連名による申請が認められ、アリシュラ・ド・ローモンドの論として個人特許権が取られている。つまりは、ローモンド筆頭公爵家ではなくアリシュラの個人の莫大な特許収入となっているのだ。
現在はむろん、ウルシュラ嬢が権利者である。
話を戻すが、その功績ならびに評価により、我が母国シュリアルド王国による魔法大国からの一角獣の角の成分を含む魔法糸の輸入、それを活用し作成や刺繍をした小物の輸出を経たのち、一角獣の角の注射針については、魔法大国からの供給が、問題なく進んでいった。
もちろん、依頼があればファンスブルグ王国へはこれらの品々は最優先で届けられていた。
この輸入については、筆頭公爵家当主アリシュラとわたくしの母国のかかわりについて、魔法大国の高位層が少なからぬ評価をしてくださったためでもある。
そして、この対策が施行されて以降、我が母国における魔力多忙症は急性も含めて重篤な症状は一例たりとも発症してはいない。ファンスブルグ王国に至っては、喜ばしいことに、小さな体調不良ていどのみである。
アリシュラの研究は、わたくしが嫁いだ国で行われ、この国の将来の病人たちを救った。
さらには、わたくしの母国の高魔力保持者女性たちの救世主となったのである。もちろん、その家族、血族にとっても。
その当時、母国シュリアルド王国はわたくしの父上が王位にあり、ぜひ褒賞をと願うものの丁重に固辞をする近隣友好国の筆頭公爵令嬢アリシュラに対して、無理強いはできぬとの判断をなされた。
しかしながら、陛下は、『筆頭公爵家当主アリシュラ殿の偉業に報いるべく、我が国、王家はファンスブルグ王国の筆頭公爵家たるローモンド家への恩義をゆめゆめ忘るべからず。ただし、この恩義はアリシュラ殿の血族に相応しき者に返すべし』と王命により定めをなされたのである。
つまり、かつてのアリシュラの先祖の皆様方の所領地のうち、国の管理下となっていたもののかなりの部分をローモンド家の所領とすることや、アリシュラの愛娘と我が国の王太子を婚約させることなども不可能ではないのである。
そう、ローモンド筆頭公爵家の血族が其の相手、かつ、アリシュラの後継に相応しい人物であるならば。
現王であられるわたくしの兄上も、とうぜん、このことに異議を唱える者には、容赦をなさらないだろう。
たとえ、それが仮に、シュリアルド王国の忠臣を名乗るものであろうとも。
そして、アリシュラの血族に相応しき者については。
ウルシュラ嬢以外に、誰がいるのであろうか。いや、いない。
わたくしは、そのことを確信している。たいへんに、強く。
そう、きっと、誰よりも。
読了まことにありがとうございます。
次話では王妃殿下が今後についてを語ります。




