第5話 ファンスブルグ王国王妃 ララシュア・ド・ファンスブルグ視点その3〜これから〜
王妃殿下視点の3話目です。
王妃殿下が語る『これから』でございます。
かように、素晴らしき母君故アリシュラ・ド・ローモンドの唯一たるに相応しき令嬢、ウルシュラ・ド・ローモンド嬢は、幼き頃より、アリシュラの良きところをすべて受け継いだとも申せる素晴らしき女児だった。
アリシュラは、そんな愛娘の輝かしき将来への懸念を少しでも減らすべく、筆頭公爵家に相応しい教育のほかに、心身の健やかな成長、鍛練や情操の向上を導くべく、様々な準備を行い、施行していた。
当然ながら、そのためには適切な婚約者も必要となることから、検討の結果、わたくしが後見となり、王家との婚約を交わしたのである。婚約者候補などのあの細かな条項は、アリシュラの意見も反映されたものなのだ。
なお、アリシュラの存命時には、婚約者候補は存在してはいなかった。ただ、婚約者候補に関わる細則についてはアリシュラからの許諾を得てはいたが。
婚約者候補の不在。その理由は、アリシュラが我が息子、王太子ダイソムを気に入っていたからだ。
理由は、愚息が、ローモンド家の入婿に似ていたためである。
ダイソムは、あの入婿と似た点が多い。
美貌や、人当たりのよさや、魔力の少なさも。
そう、アリシュラは、アリシュラなりに、あの愚かな婿を愛していたのだ。
だが、わたくしは違った。
アリシュラに似た稀なる存在であるウルシュラ嬢に相応しいのは、わたくしの愚息ではなく、甥であると感じていたのだ。
ただし、この頃は、じっさいは愚ではなかった。ただ、ウルシュラ嬢と比すると、というのみである。
幸いというべきなのか、我が甥は高魔力保持者ではない。
ただ、魔力の扱いがたいへんに巧みであり、攻撃魔法や防御・防壁魔法、治癒魔法などの上級魔法を何種類も行使できる、いわば、魔力分配に長けた者である。
そして、古語も含めた魔術書を何冊も熟読暗記しており、その智慧で書かれた論文は、魔法大国の論文集に採用されたほどなのだ。
我が母国の宮廷魔導師長が『可能ならば筆頭弟子にさせて頂きたい』と父君、つまりはわたくしの兄に伝えたこともあったようだ。
ちなみに、宮廷魔導師長は世辞を言うと蕁麻疹が出る体質のため、世辞は申さないそうである。
そのため、わたくしは、すぐに陛下からの許可を頂き、母国に文を送った。
その頃には母国の陛下たる父上は代替わりをされていて、わたくしの兄が王となっていた。前国王陛下はご存命である。
兄は、王としては、まだまだ若い王であった。それは、今でも。
また、甥である王太子の下にも王子王女はおり、皆優秀である。そして、皆、国の大恩人アリシュラへの敬意が強い。前陛下の約定も、もちろん熟知している。
ゆえに、ウルシュラのことも、我が国に婚約者はあるものの、婚約者候補として王太子を置くことは母国の王家でも賛成された。
王太子、甥自身がわたくしの大切なウルシュラ嬢のことを憎からず思っていることは、まだ、
そうして、シュリアルド王国王家からの内々の打診がきたのである。
わたくしの意を汲んでくださった陛下は、この打診を首肯された。
もちろん、王妃の私心のみで諾となされたのではなく、国として利のあることであるためだ。ただ、母国からの様々な優遇措置もあったが、陛下が、ローモンドを、故アリシュラとウルシュラ嬢とを厚く見ておられることもまた事実なのである。
そのときのわたくしは、たいへんに喜ばしい気持ちだった。
母国に、わたくしの所領はほぼそのまま残されている。あちらも、ウルシュラ嬢に託してもよいと考えたほどに。
もっとも、アリシュラが、あの入婿の、自分にはない愚かさを可愛げと感じたように。ウルシュラ嬢が、我が愚息ダイソムの朗らかさや美貌などを愛したならば、それはそれでよいと考えてもいた。
これもまた、わたくしの王妃として、母としての本心であったのだ。
そして、時は流れた。
アリシュラは、その才と美貌を焼き尽くすかのように、輝かしいまま、魔力多忙症ではなく、過労で若い生命を終えた。
かつての筆頭公爵殿が身罷られたときの半分ほどの歳で。
だが、死のその日でも、アリシュラはアリシュラであった。
そう、輝かしい才知と美貌の筆頭公爵家当主、アリシュラ・ド・ローモンド。
『王妃殿下、いえ、親愛なるララシュア。ウルシュラと、この筆頭公爵家を頼みますわ。ウルシュラの夫君は、陛下とララシュアの御子でも、ご血縁でも、どうぞ、ララシュアの認める方を』
『ウルシュラ、あなたは若い。若いですが、筆頭公爵令嬢ウルシュラ・ド・ローモンドです。あなたを愛するこの当主たる母が、明言いたします。ローモンドの当主でも、王太子妃でも、それ以外でも。あなたの道をおゆきなさい。そして、このララシュアと、そして、周囲の頼れるものを、民を。大切に。母は、みておりますよ』
『ララシュア・ド・ファンスブルグ、たしかに聞きましたわ』
『ウルシュラ・ド・ローモンドも、承りましてございます』
わたくしとウルシュラ嬢。それから、今も筆頭公爵家に残りウルシュラ嬢を陰から支える家令長とメイド長、そして、侍医たちがそこにはいた。
敬愛してやまない母に涙を見せまいとする気丈なウルシュラ嬢は、あまりにも美しいカテーシーを示した。
その様子を、アリシュラは、誇らしげに、そして優しく見つめ、美しく微笑んでいた。
そのおかげで、わたくしたちもアリシュラの旅路を笑顔て見送ることができたのだった。
ちなみに、入婿は、遠方の領地から離れられないとかなんとかで、国葬の日にやっと戻るという体たらくであった。
だが、それが逆に、ウルシュラ嬢とアリシュラの貴重な時を邪魔させずに済んだことには、よかったとさえ思う。
喪主は、ウルシュラ嬢。
後見のわたくしが目を光らせていたとはいえ、筆頭公爵家に取り入ろうとする羽虫をいっさい寄せ付けぬ、堂々たる姿であった。
そうして、アリシュラの没後も、ウルシュラ嬢はますますその才を輝かせている。
そんなウルシュラ嬢を励まし、ときには情報を交わす王妃宮でのわたくしとの特別な茶会で着用してもらうのは、『一角獣のため息』である。
王族や高位階級が幾度も同じドレスを着用するのは不適切とされることもあるが、わたくしからの依頼であるし、さらに、このドレスはウルシュラ嬢の魔力を吸収し、べつの装飾のように変化をするのである。
そして、これはウルシュラ嬢とわたくしだけの秘密ごとであるのだが。
けがれなき乙女であるウルシュラ嬢に請われると。
ドレスは語るのだ、アリシュラのことを。
アリシュラが、いかに、ウルシュラ嬢を愛していたか、愛しているかを。
嬉しいことに、ドレスは、稀にわたくしのことも、語ってくれるのである。
留学中のこと、王太子殿下でいらした頃の陛下の内緒話を、アリシュラだけには伝えていたことなど。
斯様なときな気恥ずかしくもあるが、ウルシュラ嬢は聞こえないふりをして、茶葉を、菓子を、軽食を楽しんでくれている。
まさに、淑女だ。
この時を、わたくしは愛している。
そんななか、ウルシュラ嬢とダイソムは、高等部から学院に入学した。
ウルシュラ嬢の支えを実力と捉えてしまうきらいはあるが、婚約者ウルシュラ嬢への謝意をしっかりと示す器量は存在するなど、ダイソムは、学院のなかでは優等生であった。
しかしながら、その数年後。
あの入婿の娘が入学したのちに。
国王陛下直属の王家の影は、愚息の愚を拾ってきたのだ。
ついに、愚息の愚がほんものとなってしまった。
王家の影群は、四六時中ダイソムに付いているのではない。学院の不穏を探っているのである。
ウルシュラ嬢にはアリシュラが指揮していた筆頭公爵家の影の後継者たちが静かに、確実に付いている。
そして、拾われた愚息の愚。
それは、愚かにも、アリシュラの入婿の娘にローモンドの家名があると信じているということ。
アリシュラの入婿は、条項を無視してアリシュラやわたくしの許しを得ずに愛人を囲い、あろうことか娘を産ませている。しかも、ウルシュラ嬢とは数歳の差である。まさに、恥を知らぬ行いだ。
その時点で、入婿としての資格は剥奪されており、元入婿の家族は、いわば、全員筆頭公爵家の居候である。
恥知らずな者は、わたくしたちの想像を超えた行いをするものだ。もっとも、ウルシュラ嬢を護る者たちが余計な予算についても細目とともに一銅貨たりとも見逃さず、すべて記録しているそうだ。さすがである。
それにしても、腹立たしい。
アリシュラの没後すぐに妾を筆頭公爵家に入れ、当主のような顔をしているのである。当主代理とさえ認められてはおらぬのに。
まさしく、厚顔。
陛下にもお認め頂いている後見の立場のもの、つまりはわたくしにより、すでに学院入学とともに筆頭公爵家の当主資格を認められ、当主代理権を有するウルシュラ嬢。
彼女は、事実とは異なり、離れで庶民のような食事を取らされ、辛い日々を送っている……と、本邸を我が物顔で使う元入婿たちは、信じている。
これについては、わたくしが筆頭公爵家に参って断罪を行ってもよい、と申すよりは、行使をしたい思いは甚だしい。
しかし、いつか必ず連中はぼろを出すであろうし、婚姻または学院卒業により正式な当主となったウルシュラ嬢が全員を放逐するという未来は確実であるから、それを想像すると、わたくしの溜飲は下がる思いがしていたのだ。
そうして、ごく近い将来に、そうなる目処もたった。
これは、そうとうに楽しみではある。
それにしても。
ウルシュラ嬢と、アリシュラとわたくしがウルシュラ嬢に渡した優秀な者たち、さらには魔道具やいろいろが認識阻害魔法などを構築して真実を隠匿しているとはいえ、筆頭公爵令嬢ウルシュラには、申し訳なく思うことがある。
だが、ウルシュラ嬢の我が国での婚約者はいなくなった。
そう、愚息の愚行により。
今日このときから、ウルシュラ・ド・ローモンド筆頭公爵令嬢の婚約者候補は、婚約者となるのだ。
わたくしは、漸く。
親友に向かい、胸中にて話すことができるのである。
アリシュラ、どうぞ空から見ていらしてね、と。
思い出すのは、私財を投じ、急性魔力多忙症、魔力多忙症について調べていた若き日のアリシュラの姿。
『わたくしも、わたくしがいつか授かる女の子を幸せにしてあげたくて。領民や国の民、貴女の母国の皆様や民のために、というのも本心よ。でも、いちばんは、愛しい娘のためなの。王太子妃殿下、いえ、今だけは、ララシュアと呼ばせて頂くわ。忘れないで。これは、二人だけの、秘密ね』
忘れるべくもない、貴女に。
アリシュラ。
我が永遠の親友。
貴女の大切な女児は、素晴らしき智慧と美貌の乙女になりましたよ。
あなたの、そしてウルシュラ嬢と貴女の大切なもの。
ファンスブルグ王国の筆頭公爵家も、所領も、領民も。わたくしが、わたくしたちが、まもりますから。
そして、ウルシュラ・ド・ローモンドが、わたくしの祖国にして貴女のご血縁もいらした国、シュリアルド王国で王太子妃として、さらには王妃となる日を、見守ってくださいな。
そう、わたくしたちは、これからを、みてゆくのです。
ですから、わたくしの愚息の。
先ほどの盛大な愚行。
あれは、その、始まりなのですよ、と。
叫んだりは、いたしませぬ。
ええ、ええ。
わたくしは、そう。
この国を、そして、祖国を。
深く、深く愛する王妃、そして、かつての。
王女なのですから。
《了》
読了まことにありがとうございます。
コンテスト参加による字数制限のため、本話にて完結とさせて頂いております。




