【089】魔術書の名前
月曜日になり、ぼくは学校に行った。
教室の入ると、ふりかえった哀名と目が合った。哀名が笑ったので、僕も笑顔をうかべた。哀名とは、毎日放課後に、お話をする約束だ。予定がないかぎり、一緒に話をすると決めている。
「おはよう、瑛くん」
「うん、おはよう。詩織」
ぼくは心の中では名字で呼んでいるけど、普段は詩織って呼ぶようになった。
なんだか恋人っぽいと思う。
「あのね、今日の放課後」
「うん」
「私の家に遊びに来ない? 急、かな……」
「大丈夫だよ。行きたい」
困ったような哀名の前で、ぼくは笑顔を浮かべた。すると哀名がほっとしたように息をはいた。
「実はね、お父さんに好きな人ができたって話したら、連れてこいと言われたの」
家族に話してくれたのが、ぼくはうれしい。
そわそわしながら、ぼくはこの日、放課後を待った。
二人で下校し、ぼく達は手をつないで一緒に歩いた。
ぼくの家のマンションの手前で、路を曲がり、しばらく歩くと、一軒家が建っていた。こういう家は、〝洋館〟っていうと、ぼくは聞いたことがある。
「入って」
「うん」
哀名に続いて中に入る。
「おじゃまします」
ぼくが言うと、階段を誰かが降りてきた。クツを脱ぎながらそちらを見ると、黒いあごひげの男の人が立っていた。
「やぁ、おかえり哀名。それと、瑛くんかな?」
「はい。楠谷瑛です。おじゃまします」
「ゆっくりしていくといい。私は哀名の父で 陽介というんだよ」
「よろしくお願いします」
ぼくが頭を下げると、哀名のお父さんがこちらに歩いてきた。
「哀名と仲良くしてくれてうれしいよ」
それはぼくのほうこそうれしいから、顔を上げながらなんて言おうか迷った。
「私はね、魔術の研究をしているんだ。といっても怪しい者ではないよ。幻想文学という名前の魔術書の翻訳をしているんだ。さぁ、こちらにおいで。さきほどママがスコーンを焼いてくれたよ。私もママも、瑛くんが来てくれるのを楽しみに待っていたんだ」
そうしてぼく達は、リビングに通された。
哀名のお母さんもすぐにやってきた。哀名によく似ていた。
「私は 眞理子というの。よろしくね」
スコーンを持ってきてくれた哀名のお母さんは、にこりと笑った。
ぼくは挨拶をし、座ってスコーンをごちそうになった。
とってもおいしいスコーンだった。




