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継承される祠守  作者: さんご


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9/30

想いを、食べ切れ

数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。

この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。

もし気に入っていただけましたら、ブックマークや感想をお寄せいただけると、作者にとって大きな励みとなります。

なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。

 玲奈の背後から、

 闇が剥がれ落ちた。


 べたり。


 黒い液体みたいに床へ広がり、

 ゆっくりと形を持つ。


 女だった。


 スーツ姿。


 くたびれたOL風。


 髪は乱れ、

 目の下には濃い隈。


 なのに。


 口元だけが、

 異様に嬉しそうに笑っていた。


「……あぁ」


 女は僕を見る。


「やっと……会えた」


 その声に、

 無数の声が重なる。


 若い声。


 老いた声。


 泣く声。


 笑う声。


 全部が混ざっている。


 おやみが低く呟く。


「積層型や……」


「せきそう?」


「恋心の残骸が、何代も混ざっとる」


 OLの女は、

 ゆらりとこちらへ歩く。


 足がない。


 下半身は黒い霧になっている。


 でも。


 “想い”だけは異様に重い。


「ご飯……作ったんです」


 女が笑う。


「好きな人のために」


 ぞわりとした。


 その瞬間。


 闇が爆発的に膨れた。


 黒い腕。


 長い髪。


 無数の指。


 実態のない“恋心”が、

 一斉に僕へ襲いかかる。


「うわっ!?」


 空気が裂ける。


 腕が頬を掠めた瞬間、

 頭の中へ感情が流れ込んできた。


 ――振り向いてほしい。


 ――好き。


 ――なんで気づいてくれないの。


 ――会いたい。


 ――帰らないで。


 苦しい。


 感情が重すぎる。


 恋というより、

 洪水だった。


 僕は床へ転がり込む。


 祖父の石が激しく光った。


『やはり運命は、正人を選んだか』


「今それ言う!?」


『聞け!!』


 祖父の声が鋭い。


『怪異には理屈がある!』


 黒い腕が迫る。


 僕は転がって避ける。


 掠めた畳が、

 じゅう、と黒く変色した。


「うわ怖っ!!」


『あれは悪霊ではない!』


「見た目完全に悪霊だろ!!」


『“想い”だ!!』


 祖父が叫ぶ。


『だから斬っても消えん!

 祓っても戻る!』


 おやみが、

 棚の上から真顔で補足する。


「恋は理不尽やからな」


「今それ!?」


 OLの女が、

 涙を流しながら笑う。


「食べて……」


 その言葉で。


 僕は食卓を見た。


 豪華だった料理。


 肉じゃが。


 味噌汁。


 焼き魚。


 全部。


 全部が。


 ぐにゃりと揺れた。


 次の瞬間。


 幻が剥がれる。


「……え」


 そこにあったのは。


 たった一つの、

 小さなおにぎりだった。


 ひどく歪な形。


 少し焦げている。


 不格好で。


 でも。


 ぎゅう、と強く握られていた。


『本来、

 料理は一つだけだった』


 祖父が静かに言う。


『想いが形を膨らませていたんだ』


「じゃああの料理は……」


『全部“愛情”だ』


 ぞっとした。


 つまり。


 あれほどの食卓に見えたのは、

 “好き”という感情だけ。


 おやみが頬杖をつく。


「実らんかった恋やろなぁ」


 OLの女は、

 苦しそうに胸を押さえる。


「作ったんです……」


 涙を流しながら。


「頑張って……頑張って……」


 黒い腕が伸びる。


「でも……渡せなかった……」


 その瞬間。


 僕の頭へ、

 映像が流れ込んだ。


 深夜のオフィス。


 コンビニ袋。


 一人暮らしの部屋。


 何度も練習した料理。


 スマホの未送信メッセージ。


 “好きです”。


 送れなかった言葉。


 誰にも届かなかった想い。


 胸が痛い。


 苦しいくらいに。


 祖父が言った。


『答えてやれ』


「……どうやって」


『食え』


「は?」


『想いとは、

 受け取られねば終われん』


 黒い腕が、

 僕の首へ伸びる。


『食べ切れ!!』


 僕は震える手で、

 おにぎりを掴んだ。


 冷たい。


 でも。


 妙に温もりが残っている。


 OLの女が、

 泣きながらこちらを見る。


「……食べて、くれるんですか」


 その声が、

 あまりにも弱かった。


 僕は目を閉じる。


 そして。


 おにぎりを、

 一口食べた。


 瞬間。


 世界が、

 感情で埋め尽くされた。


 ――好き。


 ただ、

 それだけだった。


 憎しみでも呪いでもない。


 ただ。


 好きだった。


 それだけの想いが、

 何年も、

 何十年も、

 この土地へ沈殿していた。


 涙が、

 勝手に零れた。


 OLの女が、

 ゆっくり笑う。


 疲れ切った顔で。


 でも。


 少しだけ救われた顔で。


「……おいしかったですか?」


 僕は泣きながら頷いた。


「……うん」


 その瞬間。


 女の身体が、

 静かに光へ変わっていく。


 黒い闇が剥がれ落ちる。


 最後に残ったのは。


 少し照れたように笑う、

 普通の女性だった。


「……よかった」


 彼女はそう言って。


 春の湯気みたいに、

 消えた。


 部屋に静寂が落ちる。


 おやみが、

 ぽつりと呟く。


「……重すぎる恋って、

 時々“怪異”になるんよ」


 祖父の石が、

 静かに瞬いた。


『正人』


「……なに」


『おかわりが来るぞ』


「は?」


 次の瞬間。


 スマホが震えた。


 知らない番号。


 メッセージが一件。


『ずっと見てました』


 僕は静かに天井を仰いだ。


「……恋愛難易度バグってない?」

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