積もった愛は、重い
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
「……え?」
僕は食卓を見て、固まった。
「え?」
もう一度、口から同じ音が漏れる。
台所に立っていた時間は、せいぜい三十分ほどだったはずだ。
それなのに、テーブルの上には三品どころじゃない料理が並んでいる。
肉じゃが。
出汁巻き卵。
味噌汁。
炊きたてのご飯。
焼き魚。
漬物。
小鉢まである。
……旅館かよ。
「えへへ。頑張っちゃった」
玲奈は嬉しそうに笑った。
頬を少し赤らめ、エプロン姿で立っている。
その光景は、
男の理想像を、そのまま具現化したみたいだった。
問題は、重い。
愛情が、明らかに重い。
告白されてまだ数日だ。
何だこの完成度。
人生、二周目か?
「……料理、得意なんだね」
「うん。好きなんだよね」
玲奈は微笑む。
「好きな人に作るの」
その瞬間、おやみが遠い目をした。
「うわぁ……」
「何その反応」
おやみは頬杖をついて、しみじみ呟く。
「そら重いわ」
「重いって失礼じゃない?」
「褒めとるんよ」
視線が、玲奈から僕へと移る。
「時間かけて積もっとる感じが、な」
意味はよく分からない。
でも。
僕も、少しずつ違和感に気づき始めていた。
玲奈を見る。
すると、一瞬だけ。
彼女の足元。
床の下。
さらに奥――
黒い糸のような闇が、何本も伸びていた。
絡みつくように。
抱きしめるように。
玲奈へと繋がっている。
「……っ」
瞬きをすると、消える。
でも、確かに見えた。
地面の奥。
蔵。
その奥で、祠とつながっている感覚。
そこから“何か”が、玲奈へ流れ込んでいる。
「正人くん?」
玲奈が首を傾げる。
「あ、いや……美味しそうだなって」
「ほんと?」
「うん」
平静を装う。
今ここで混乱したら、たぶん駄目だ。
僕は席につき、普通の会話を始めた。
「大学、大変?」
「最近は平気かな」
「サークル忙しいんじゃ?」
「正人くんのこと考えてる方が忙しいかも」
……重い。
言葉の一つ一つに、重量がある。
でも、玲奈は本当に嬉しそうだった。
悪意は一切ない。
だからこそ、怖い。
料理は普通に美味しかった。
いや、普通以上だ。
家庭的で、どこか懐かしい味。
初めて食べるはずなのに、記憶に馴染む。
祖父の石が、小さく震えた。
『……似ている』
「え?」
『昔の味に』
そのときだった。
「もー」
おやみの声色が変わった。
突然、空気が変わった。
「正人ちゃ〜ん♡」
甘く、柔らかく、逃げ場を塞ぐように。
僕は箸を止めた。
「……は?」
おやみが、いつもはしない行動で妙にくねくねしている。
「ええなぁ……♡
好きな人とご飯……♡」
完全に別人だった。
祖父の石が、
急激に強く発光する。
『危険! 危険!』
「アラームみたいに言わないで!」
『共感を始めた!』
「共感!?」
おやみ――いや、
おやみの中の“誰か”が、
頬を染めながら玲奈を見つめ、うっとりとした目で二人を見る。
「ほんま幸せそうやなぁ……♡」
そして、自然に僕の方へ寄ってくる。
「なぁ正人。
こういう時間、嫌いな男おらんやろ?」
「いや、嫌いとかじゃ……」
僕はごもるようにおやみに話した。
「えへへ」
玲奈も照れたように笑った。
「私、変かな」
二人の距離が、詰まる。
「全然」
僕は、気の利いた返しはできなかった。
おやみが即答する。
「むしろ可愛すぎやろ♡」
「……ありがとう」
玲奈は少し安心したように息をつく。
「なぁなぁ正人」
おやみが、肘をついて顔を覗き込む。
「こんな子に好かれて、
放っとく理由、ある?」
答えを待たない視線。
「困ってる?」
玲奈が、心配そうに聞く。
責めるでもなく。
怒るでもなく。
ただ、選択を促す声。
二人とも、優しい。
――だから、めんどくさい。
祖父の石が、低く唸った。
『……危うい』
僕が言葉を探している間に。
「正人ちゃんなら、大丈夫やと思うけどなぁ♡」
おやみは玲奈を見ているのに、
言葉は、確かに僕に向いていた。
「こんな想い、ちゃんと受け取れる顔しとる」
「……そ、そんなことは」
正人は、肯定も否定もしない、困った顔をする。
「ほんと!ほんと!」
玲奈は少し嬉しそうだった。
二人の視線が、僕に重なる。
その瞬間。
玲奈の背後で、黒い闇が、静かに膨らんだ。
腕。
髪。
指。
愛情だけで編まれたような、巨大な影。
「……あ」
おやみが、喉に手を当てる。
「……あかん」
さっきまでの甘さが、すっと引く。
「正人。
うち、今……寄り添いすぎた」
視線が、玲奈のさらに奥を見る。
「積層型や……」
床の下。
祠の下。
重なり続けた恋心の残骸。
それが、二人分の“優しさ”に反応して、
起き上がった。
祖父が叫ぶ。
『正人! 今すぐ玲奈から目を逸らせ!』
「なんで!?」
『“結ばれる”ぞ!!』
意味が分からない。
でも次の瞬間。
玲奈の瞳の奥に。
知らない女が、こちらを見て笑った。
――ここから先は、
愛情という名の怪異が、ゆっくりと姿を取る。




