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継承される祠守  作者: さんご


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8/30

積もった愛は、重い

数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。

この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。

もし気に入っていただけましたら、ブックマークや感想をお寄せいただけると、作者にとって大きな励みとなります。

なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。

「……え?」


 僕は食卓を見て、固まった。


「え?」


 もう一度、口から同じ音が漏れる。


 台所に立っていた時間は、せいぜい三十分ほどだったはずだ。

 それなのに、テーブルの上には三品どころじゃない料理が並んでいる。


 肉じゃが。

 出汁巻き卵。

 味噌汁。

 炊きたてのご飯。

 焼き魚。

 漬物。

 小鉢まである。


 ……旅館かよ。


「えへへ。頑張っちゃった」


 玲奈は嬉しそうに笑った。

 頬を少し赤らめ、エプロン姿で立っている。


 その光景は、

 男の理想像を、そのまま具現化したみたいだった。


 問題は、重い。


 愛情が、明らかに重い。


 告白されてまだ数日だ。

 何だこの完成度。

 人生、二周目か?


「……料理、得意なんだね」


「うん。好きなんだよね」


 玲奈は微笑む。


「好きな人に作るの」


 その瞬間、おやみが遠い目をした。


「うわぁ……」


「何その反応」


 おやみは頬杖をついて、しみじみ呟く。


「そら重いわ」


「重いって失礼じゃない?」


「褒めとるんよ」


 視線が、玲奈から僕へと移る。


「時間かけて積もっとる感じが、な」


 意味はよく分からない。

 でも。


 僕も、少しずつ違和感に気づき始めていた。


 玲奈を見る。


 すると、一瞬だけ。

 彼女の足元。

 床の下。

 さらに奥――


 黒い糸のような闇が、何本も伸びていた。

 絡みつくように。

 抱きしめるように。

 玲奈へと繋がっている。


「……っ」


 瞬きをすると、消える。


 でも、確かに見えた。


 地面の奥。

 蔵。

 その奥で、祠とつながっている感覚。


 そこから“何か”が、玲奈へ流れ込んでいる。


「正人くん?」


 玲奈が首を傾げる。


「あ、いや……美味しそうだなって」


「ほんと?」


「うん」


 平静を装う。

 今ここで混乱したら、たぶん駄目だ。


 僕は席につき、普通の会話を始めた。


「大学、大変?」


「最近は平気かな」


「サークル忙しいんじゃ?」


「正人くんのこと考えてる方が忙しいかも」


 ……重い。


 言葉の一つ一つに、重量がある。


 でも、玲奈は本当に嬉しそうだった。

 悪意は一切ない。


 だからこそ、怖い。


 料理は普通に美味しかった。


 いや、普通以上だ。

 家庭的で、どこか懐かしい味。

 初めて食べるはずなのに、記憶に馴染む。


 祖父の石が、小さく震えた。


『……似ている』


「え?」


『昔の味に』


 そのときだった。


「もー」


 おやみの声色が変わった。

 突然、空気が変わった。


「正人ちゃ〜ん♡」


 甘く、柔らかく、逃げ場を塞ぐように。


 僕は箸を止めた。


「……は?」


 おやみが、いつもはしない行動で妙にくねくねしている。


「ええなぁ……♡

 好きな人とご飯……♡」


 完全に別人だった。


 祖父の石が、

 急激に強く発光する。


『危険! 危険!』


「アラームみたいに言わないで!」


『共感を始めた!』


「共感!?」


 おやみ――いや、

 おやみの中の“誰か”が、

 頬を染めながら玲奈を見つめ、うっとりとした目で二人を見る。


「ほんま幸せそうやなぁ……♡」


 そして、自然に僕の方へ寄ってくる。


「なぁ正人。

 こういう時間、嫌いな男おらんやろ?」


「いや、嫌いとかじゃ……」

 僕はごもるようにおやみに話した。


「えへへ」


 玲奈も照れたように笑った。


「私、変かな」


 二人の距離が、詰まる。


「全然」


 僕は、気の利いた返しはできなかった。


 おやみが即答する。


「むしろ可愛すぎやろ♡」


「……ありがとう」


 玲奈は少し安心したように息をつく。


「なぁなぁ正人」


 おやみが、肘をついて顔を覗き込む。


「こんな子に好かれて、

 放っとく理由、ある?」


 答えを待たない視線。


「困ってる?」


 玲奈が、心配そうに聞く。


 責めるでもなく。

 怒るでもなく。

 ただ、選択を促す声。


 二人とも、優しい。


 ――だから、めんどくさい。


 祖父の石が、低く唸った。


『……危うい』


 僕が言葉を探している間に。


「正人ちゃんなら、大丈夫やと思うけどなぁ♡」


 おやみは玲奈を見ているのに、

 言葉は、確かに僕に向いていた。


「こんな想い、ちゃんと受け取れる顔しとる」


「……そ、そんなことは」


 正人は、肯定も否定もしない、困った顔をする。


「ほんと!ほんと!」


 玲奈は少し嬉しそうだった。


 二人の視線が、僕に重なる。


 その瞬間。


 玲奈の背後で、黒い闇が、静かに膨らんだ。


 腕。

 髪。

 指。


 愛情だけで編まれたような、巨大な影。


「……あ」


 おやみが、喉に手を当てる。


「……あかん」


 さっきまでの甘さが、すっと引く。


「正人。

 うち、今……寄り添いすぎた」


 視線が、玲奈のさらに奥を見る。


「積層型や……」


 床の下。

 祠の下。

 重なり続けた恋心の残骸。


 それが、二人分の“優しさ”に反応して、

 起き上がった。


 祖父が叫ぶ。


『正人! 今すぐ玲奈から目を逸らせ!』


「なんで!?」


『“結ばれる”ぞ!!』


 意味が分からない。


 でも次の瞬間。


 玲奈の瞳の奥に。


 知らない女が、こちらを見て笑った。


 ――ここから先は、

 愛情という名の怪異が、ゆっくりと姿を取る。

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