想いは、混ざり始める
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
「料理、作ってあげる」
玲奈は突然そう言った。
まるで、
前から決めていたみたいに自然な口調だった。
「え?」
「ちゃんと準備してきたから」
彼女は持っていたトートバッグを軽く持ち上げる。
……準備。
その単語に、
妙な圧を感じた。
僕は反射的に突っ込みそうになった。
“本気じゃん”。
でも、
口には出せなかった。
出した瞬間、
何かが決定的になる気がしたからだ。
「正人くん、
いつもコンビニでしょ?」
「……え?」
僕は固まった。
玲奈は首を傾げる。
「違うの?」
「いや……なんで知ってるの」
「あ」
一瞬だけ、
彼女が止まる。
でも次の瞬間には、
ふわりと笑っていた。
「なんとなく」
なんとなく、で当てる精度じゃない。
僕の背筋を、
嫌な汗が流れた。
けれど。
玲奈はもう楽しそうに台所を探している。
「キッチン借りるね」
「あ、うん……」
僕は頷くしかなかった。
この流れで断れる人間、
たぶん存在しない。
玲奈は迷いなく台所へ向かう。
その後ろ姿を見送りながら、
僕はふと気づいた。
静かだ。
父も母もいない。
今日はたまたま、
二人とも外出していた。
父は仕事関係の会合。
母は親戚のところ。
本当に偶然。
……偶然のはずだった。
けれど。
最近、“偶然”という言葉が信用できない。
祖父の死。
石。
祠。
おやみ。
玲奈。
全部、何かに繋がっている気がする。
「……怖」
思わず漏れた。
すると。
「せやろ?」
おやみが真顔で頷いた。
いつの間にか本棚の上に座っている。
なんでそこ気に入ってるんだ。
「なぁまさとくん」
「……何」
「今ならまだ間に合うで」
「何が」
「恋愛撤退」
「そんな戦線みたいに言わないで」
というかここ、僕の家なんだけど。
撤退先どこだよ。
おやみは真剣だった。
蔵で見た時より、
むしろ今の方が警戒している。
「この子、
普通に好きになっとるわけちゃう」
「いや、好きってそういうもんじゃ」
「違う」
即答だった。
おやみの瞳が細くなる。
「“馴染み始めとる”」
「……だから何に」
おやみは、
静かに蔵の方角を見た。
「この土地に」
その瞬間。
台所から、
トントントン、と包丁の音が響く。
妙に心地いい音だった。
古い家の空気に、
不自然なくらい馴染んでいる。
まるで。
昔からここで料理していたみたいに。
僕はぞわりとした。
おやみも気づいたらしい。
「……早すぎる」
「何が?」
「普通、
三ヶ月はかかる」
「だから何の話」
祖父の石が、
低く光る。
『正人』
「うん?」
『昔な。この土地には“待つもの”がいた』
嫌な予感しかしない。
『長く長く、
誰かを待ち続けた女だ』
「……は?」
『あまりにも想いが強すぎて、
死んでも消えなかった』
台所から、
鼻歌が聞こえてくる。
玲奈の声だ。
楽しそうな、
柔らかな声。
でも。
その鼻歌に、
時々別の声が混ざる。
低い。
古い。
知らない女の声。
僕の心臓が跳ねた。
「今の聞いた!?」
「聞いた」
おやみが珍しく即答する。
しかも顔が険しい。
「やっぱり反応しとる」
「何が!?」
「恋する乙女の想い」
おやみは、
ため息混じりに言った。
「時々、
時代すら越えるんよ」
台所の灯りが、
一瞬だけ揺れた。
その瞬間。
僕は見てしまった。
玲奈の後ろ。
台所の壁際。
誰かが立っていた。
長い黒髪。
白い着物。
顔は見えない。
でも。
玲奈と同じように、
嬉しそうに笑っていた。
僕は息を呑む。
するとその“誰か”は、
ゆっくりこちらを向いた。
顔が無い。
なのに。
確かに笑っていた。
「――正人くん?」
玲奈の声。
気づけば、
幻は消えていた。
彼女はエプロン姿で、
台所から顔を出している。
「ご飯、できたよ?」
柔らかい笑顔。
いつも通りの、普通の女の子。
……普通のはずなのに。
おやみが、
小さく呟く。
「始まっとるなぁ……」
その声だけが、
やけに重かった。




