運命は、勝手にやってくる
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
玄関を開けた瞬間。
「てへっ。来ちゃった」
篠崎玲奈は、笑顔で
本当に家の前にいた。
夜だった。
街灯の明かりが、
彼女の髪を淡く照らしている。
白いカーディガン。
薄いワンピース。
春とはいえ、
少し肌寒いくらいの気温。
なのに彼女は平然としていた。
「……なんで?」
「会いたくなっちゃって」
言いながら笑う。
悪びれた様子がまるでない。
僕は言葉に詰まった。
怖い。
でも、ただ追い返すには遅すぎる時間だった。
しかも本家の周辺は街灯も少ない。
女の子を一人で帰すのは、さすがに気が引ける。
「……とりあえず入る?」
「いいの?」
玲奈の目が、ぱっと輝いた。
その反応速度に、
少しだけ嫌な予感がした。
結果から言うと。
嫌な予感は、正しかった。
「へぇ〜……」
玲奈は部屋へ入った瞬間、
妙にテンションが高かった。
「これが正人くんの部屋なんだ」
キラキラした目。
初めてテーマパークに来た子供みたいな顔。
そして。
めちゃくちゃ物色する。
「これ何?」
「教科書」
「この写真の犬かわいい」
「親戚の」
「ベッド意外と大きいね」
「そこ注目するとこ!?」
距離感が近い。
いや近すぎる。
昨日今日知り合ったレベルではない。
玲奈は僕の机へ座り、
楽しそうに部屋を見回した。
その時、
ふわりと香りが漂う。
甘い香水。
花みたいな匂い。
僕はそこでようやく気づいた。
「……あれ」
薄着だ。
というか、
かなり本気の服装だった。
肩が見えるくらいに開いた服。
脚も妙に近い。
しかも香りまで完備。
これ。
勢いで来た感じじゃない。
完全に準備してきてる。
僕の脳が、今さら理解に追いついた。
玲奈は小さく笑った。
「変かな?似合うかな?」
「いやその……」
変というか。破壊力が高い。
普通にドキドキする。
だって僕は、
別に恋愛経験豊富でも何でもない。
突然こんな美人が家に来て、
甘い匂いさせながら距離詰めてきたら、
男子大学生の脳なんて簡単に蒸発する。
運命って、
案外向こうから土足で来るのかもしれない。
しかもインターホン押して。
――カタ。
その時。
部屋の隅で、
小さな音がした。
振り返る。
祖父の石だった。
わずかに青く光っている。
そして。
『……うわぁ』
ものすごく嫌そうな声。
玲奈には聞こえていないらしい。
「何?」
「いや……なんでも」
すると。
部屋の空気が揺らぎ、
おやみが壁際に現れた。
完全に胡座をかいている。
しかもポテチ食べてる。
「うわぁ……」
祖父と同じ反応だった。
「何なの二人して」
おやみは、
じっと玲奈を見ていた。
その目は、
いつもの軽薄さが薄い。
むしろ観察している。
警戒している。
「濃いなぁ……」
ぼそりと呟く。
「何が」
「想い」
玲奈は、僕の本棚を楽しそうに見ている。
でも。
よく見ると。
彼女の周囲の空気だけ、
ほんの少し揺れていた。
陽炎みたいに。
おやみは小さくため息をつく。
「恋ってさぁ」
ポテチを噛みながら、
彼女はぼやいた。
「普通は“好き”で終わるんよ」
ぱき。
静かな音。
「でもたまに、“繋がる”やつがおる」
「繋がる?」
「相手の人生に、自分を根っこみたいに絡ませるタイプ」
その言葉に、
なぜか寒気がした。
玲奈は振り返り、柔らかく笑う。
「正人くん?」
「え?」
「どうしたの?」
「いや……なんでも」
玲奈は、
本当に嬉しそうだった。
ただ部屋にいるだけで、
幸福そうだった。
その笑顔は綺麗だった。
綺麗すぎて、少し怖いくらいに。
おやみが、小さく呟く。
「これ、“恋慕”というより……」
彼女はそこで言葉を止めた。
珍しく、
少し迷うように。
そして。
「――帰巣本能に近いな」
「は?」
意味が分からない。
でも次の瞬間。
玲奈が突然、
部屋の隅を見た。
正確には。
蔵がある方向。
彼女は不思議そうに首を傾げる。
「……ねぇ」
「え?」
「あっち、
誰かいる?」
空気が、
一瞬で冷えた。
おやみの笑みが消える。
祖父の石が、
強く青く光った。
そして蔵の方角から。
コン。
と、
何かを叩く音がした。




