おやみ
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
笑い声は、
急に止まった。
蔵の中は静まり返り、
聞こえるのは僕の呼吸だけだった。
暗闇に、
目が慣れていく。
そして僕は気づいた。
祠の前。
黒い“何か”が集まっている。
煙のような、
泥のような、
形を持たない闇。
それが床を這い、
ゆっくりと絡み合っていく。
「……っ」
後ずさろうとした瞬間。
闇が、
人の形になった。
女だった。
背が高い。
細い首。白い肌。古い着物。
なのに。
「……え?」
髪型だけ、
完全にギャルだった。
金に近い茶髪。
ぐるぐるに巻かれた髪。
しかも爪が長い。
ネイルまでしている。
古風な姿と現代の姿が喧嘩して、なぜか成立していた。
しかも妙に似合っているのが腹立たしい。
女は僕を見ると、
にやりと笑った。
「――あら」
声は、
鈴みたいに綺麗だった。
「ご主人様、死んでしまったん?」
その言葉に、
石が淡く光る。
『久しぶりだな。おやみ』
女――おやみは、
大袈裟に肩をすくめた。
「久しぶりぃ?
百年ぶりくらいに放置された側の気持ち考えたことある?」
『100年も放置してないだろう。死んだから仕方ない』
「そこを何とかするんが主人やろ」
『何とかした結果が石だ』
「だっさ」
即答だった。
祖父の石が、微妙に暗くなる。
なんだこれ。
怖い空間のはずなのに、
急に親戚の会話みたいになった。
おやみはため息をつき、
また、僕へ視線を向けた。
その瞬間。
空気が変わった。
さっきまで軽かった瞳が、
一気に冷える。
「で?」
彼女は、
ゆっくり僕の周りを歩き始めた。
カラン。
高い下駄の音が鳴る。
「この子が次?」
値踏みするみたいな目。
獲物を見る獣にも似ていた。
僕は動けない。
近くに来るたび、
妙な香りがした。
線香。
花。
雨。
それと少しだけ、
血みたいな匂い。
「へぇ」
おやみは僕の肩越しに顔を覗き込む。
「ちゃんと見えとるやん」
『見え始めたばかりだ』
「それにしては濃いなぁ」
彼女は、
僕の頬を指でなぞった。
冷たい。
でも、
嫌な冷たさじゃない。
「名前は?」
「……正人」
「まさとくんね」
おやみは笑う。
けれど目は笑っていない。
「君、“寄る”体質やろ」
「寄る?」
『集まるという意味だ』
祖父が補足する。
『昔からそういう人間がいる』
「灯りみたいなもんやね」
おやみが言った。
「暗いとこに虫が寄るやろ?
あれと同じ」
「いや、例え方最悪なんだけど」
「大丈夫大丈夫。まだ食われる側ってほどじゃないし」
「食われる!?」
『脅かすな』
「本当のことやん」
おやみはケラケラ笑った。
でも、
その笑い声の奥に、
何か別の音が混ざっている。
大勢の囁き。
彼女の影の中から聞こえていた。
よく見ると。
影が、
一つじゃない。
何人もの人影が、
彼女の足元に重なっている。
気づいた瞬間、
ぞわりと鳥肌が立った。
おやみは僕の反応に気づき、
少し嬉しそうに笑った。
「あ、見えた?」
「……何、それ」
「うちの中身」
さらりと言う。
『正人。あまり直視するな』
祖父の声が低い。
『おやみは“器”だ』
「器?」
「そ」
おやみは祠へ腰掛けた。
着物なのに、
座り方だけ完全に現代人だった。
「この蔵に流れてきた“残りもん”をまとめる役」
「残りもの……」
「未練とか怨みとか、
帰れんかった想いとか、
そういうやつ」
彼女は笑う。
「人間ってさぁ、
死んでも結構しつこいんよ」
その瞬間。
蔵の奥から、
無数の視線を感じた。
暗闇の中。
誰かがいる。
いや。
一人じゃない。
息を潜めて、
こちらを見ている。
おやみは僕を見つめた。
「で、まさとくん」
彼女の瞳が、
ゆっくり細くなる。
「君、“どこまで見える”?」
その問いと同時に。
祠の奥。
暗闇の中で、
何かがゆっくり目を開いた。




