サイドストーリー ―祖父の石と物理の敗北―
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
祖父は石である。
比喩ではない。
本当に石だ。
半透明で青く、
少し丸い、
親指サイズの石。
それが喋る。
しかも光る。
冷静に考えると、
かなり嫌な存在である。
最初は正人も驚いた。
しかし人間、慣れる。
怖いくらい慣れる。
今では。
「おはよう」
『うむ』
くらいのテンションだった。
ただ。
祖父の石には、
いくつか妙な特徴がある。
まず。
感情で光る。
怒っている時は赤。
『馬鹿者』
ピカァァァッ!!
「眩っ!!」
無駄に発光量が高い。
逆に。
機嫌が良い時は白。
『ほう』
ぽわぁ……。
優しい。
なんか仏っぽい。
あと重要な話ほど、なぜか光量が増す。
『正人。よく聞け』
ゴォォォォ……!!
「待って待って!!
なんでレーザー兵器みたいに光るの!?」
『大事な話だからな』
「光量で伝えるな!!」
逆に。
どうでもいい話はあまり光らない。
『最近の炊飯器は優秀だな』
ほんのり。
「そこ光る必要あった?」
『感動した』
そして。
祖父の最大の謎。
食べ物の話をする。
めちゃくちゃする。
『焼き魚はな、
皮に旨味がある』
「へぇ」
『あと、
味噌汁は少しぬるいくらいが良い』
「渋いな」
『卵焼きは甘い派だ』
「そこは好み分かれるな」
普通に会話する。
しかし。
正人は毎回思っていた。
――いや。
味、
分からないだろ。
石なのに。
口もない。
舌もない。
胃もない。
消化器官、
ゼロ。
なのに。
『最近のプリンは滑らかすぎる。
昔ながらの固いやつが良い』
「なんで知ってるんだよ」
『記憶だ』
「便利ワードだなぁ」
おやみはケラケラ笑う。
「おっちゃん、
食レポ好きやもんな」
『食とは記憶だからな。生きた証でもある。』
「なんか深いこと言って誤魔化した!」
しかも。
祖父の石は、
物理法則を完全に無視していた。
まず。
光源がない。
なのに光る。
熱も発生していない。
なのに眩しい。
さらに。
時々浮く。
意味が分からない。
怒ると浮く。
『正人』
ふわっ。
「怒ると浮くの!?」
『威厳だ』
「どういう原理!?」
ある日。
正人は本気で考えた。
この石、
何をエネルギーにして動いているのか。
電池なし。
充電なし。
食事なし。
睡眠なし。
なのに、
何年も活動している。
永久機関である。
人類が泣いて喜ぶ存在だ。
「……待って」
正人はふと気づいた。
「これ、
物理全部無意味じゃね?」
祖父の石が静かに光る。
『うむ』
「認めるんだ」
『この世にはな。
理屈の外側というものがある』
「物理学科が聞いたら死ぬぞ」
『そもそも、
怪異を数式へ押し込めようとする方が無茶だ』
おやみも頷く。
「まさとくん、
かわいそうやもんな」
「何が」
「人生の最初に“物理無効存在”がおる」
確かに。
普通の子供は、
ボールが落ちるとか、
火が熱いとか、
そういう“法則”から世界を学ぶ。
しかし正人は。
『今日は気分が良い』
ピカァァァ……。
「眩しっ」
感情で光る石と暮らしていた。
そりゃ混乱する。
「もしかして僕、
物理苦手なのこれのせい?」
『かもしれんな』
「認めるなよ!」
さらに悪いことに。
祖父は時々、
妙に説得力がある。
『正人。
世界はな、
理解できるものだけで構成されているわけではない』
「……」
『理屈は大切だ。
だが、
理屈に収まらぬものも確かにある』
静かな白い光。
少しだけ、
部屋が暖かく感じた。
正人はため息を吐く。
「なんか、
たまに格好いいんだよなぁ」
『祖父だからな』
「石だけど」
『石だが』
その時。
祖父の石が突然赤く光った。
『……誰だ』
「え?」
玄関の方から、
気配。
そして。
『正人くーん』
玲奈の声。
「来る前に連絡して!?」
祖父の石は、
赤く点滅した。
『最近の若者は距離感が近い!!』
「祖父面するな!!」
おやみが横で爆笑していた。
その光景を見ながら。
正人は改めて思う。
たぶん自分の人生、
もう普通の物理法則では説明できない。




