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継承される祠守  作者: さんご


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祠へ還す道

数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。

この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。

もし気に入っていただけましたら、ブックマークや感想をお寄せいただけると、作者にとって大きな励みとなります。

なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。

『……早く、祠へ行け』


祖父の声は、もはや肉声ではなかった。


光そのものが言葉になっているような、かすかな震え。


胸の奥に直接触れてくる。


『祠は“受け皿”だ』


その言葉で、景色の意味が少しだけ変わった。


蔵の奥。


あの古びた祠へ続く

そこは封印でも、墓でもない。


――溜まりすぎた感情を、一度置くための器。


祖父の声が続く。


『相談役はな、全部を持ったままだと壊れる』


『だから必ず“戻す場所”が要る』


風が止まる。


世界が静かすぎるほど静かだ。


それなのに、胸の内側だけがざわついている。


悲しみはまだそこにあった。


形を変えず、ただ居座っている。


まるで呼吸のように。

立ち上がる。


その動作ひとつに妙な時間がかかった。

足が重い。

視界が少し揺れる。


ほんの数メートル先にあるはずの蔵が、

信じられないほど遠い。


「……こんなに、遠かったか?」


呟いた声は自分のものなのに、

どこか他人のようだった。


祖父の石が微かに光る。


『遠く見えるだけだ』


『感情が距離を歪めている』


「距離を?」


『そうだ』


『悲しみは“空間”に干渉する』


意味は分かるようで、分からない。


だが一歩踏み出した瞬間、

それが事実だと知ることになる。


一歩が重い。


次の一歩が、さらに重い。


足元に、

見えない何かが絡みついている。


――行かないで。


――ここにいて。


――ひとりに、しないで。


声がする。


しかし周囲には誰もいない。


いや、正確には“いないはず”のものがいる。


庭の隅。


木の影。


蔵の壁の裏。


そこに、

ぼんやりとした“形”が立っている。


人のようで、人ではない。


顔はない。


ただ、感情だけが立っている。


悲しみ。


喪失。


後悔。


それらが形を持ったもの。


見てはいけないと理解しているのに、

視界から消えない。


「……またか」


呟く。


筋肉の怪異の時も、

恋の暴走の時も、

怒りの教室の時も。


すべて“感情が形になる”現象だった。


今回のそれは、静かだ。


暴れない。

襲ってもこない。


ただ――いる。


そこに居座り続け、優しく引き留める。


祖父の声が鋭くなる。


『見えるのか』


「見える」


『それは“お前のもの”じゃない』


「じゃあ何だよ」


少し沈黙。


そして、静かに言う。


『過去の置き忘れた感情だ』


胸が詰まる。


それが何を意味するのか、

理解したくないのに理解してしまう。


誰かの死。


誰かとの別れ。


言葉にできなかった悲しみ。


祠に溜まった感情そのもの。


蔵の扉の前に立つ。


木製の扉は古く、

表面には長い年月の傷が刻まれている。


手を伸ばす。


しかしその途中で止まる。


「……開けたら、戻れなくなる気がする」


声が漏れる。


その瞬間。


祖父の声が、はっきりと響いた。


『戻れ』


短い命令ではない。


祈りに近い強さだった。


石が強く光る。


熱を持つ。


まるで誰かが、必死に手を引いているように。


悲しみの影が、こちらを見る。


何も言わない。


ただ、離れるなと言っているようだった。


だがその時、

もう一つの声が混ざる。


『置け』


それは祖父の声でもなく、

影の声でもない。


この家そのものの声のようだった。


僕はゆっくりと扉に手をかける。


そして――押した。


ギィ……


蔵の奥へと続く冷たい空気が、

静かに外へ流れ出す。


そこは暗い。


だが恐怖ではない。


“受け入れるための暗さ”だった。


祖父の声が最後に言う。


『そこに置け』


『お前は全部を持つためにいるわけじゃない』


一歩、踏み出す。


悲しみの影はまだ背後にいる。


だが少しだけ、距離ができた気がした。


――ここに置いていい。


そう思えた瞬間、


ほんのわずかに、

呼吸が軽くなった。

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