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継承される祠守  作者: さんご


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22/30

沈む悲しみの輪郭

数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。

この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。

もし気に入っていただけましたら、ブックマークや感想をお寄せいただけると、作者にとって大きな励みとなります。

なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。

 大学という場所は、不思議だ。


 出会いがあり、

 別れがあり、

 そして何事もなかったように日常が続く。


 その冷たさを、

 僕はまだ上手く飲み込めていなかった。


 ある日。


 キャンパスに噂が流れた。


 田中くんが、亡くなったらしい。


 最初はただの言葉だった。


 誰かの聞き間違い。


 誰かの勘違い。


 そうであってほしいと思った。


 でも、時間がそれを否定していく。


 掲示板。


 連絡網。


 沈黙。


 どれもが、

 “事実”へと収束していった。


 田中くん。


 同じ講義で隣に座ることがあった。


 試験前に少しだけ問題を教え合った。


 帰り道に一度だけコンビニへ行った。


 それくらいの関係だ。


 深くない。


 親友でもない。


 でも。


 軽くはなかった。


 胸の奥が、

 静かに沈んでいく。


 言葉にすると薄くなるのに、

 言葉にしないと耐えられない。


 矛盾だけが積もっていく。


「……なんで」


 理由を探してしまう。


 でも理由なんて、世界は用意してくれない。


 ただ起きる。


 ただ、消える。


 その夜からだった。


 感覚が少しずつずれていった。

 講義の声が遠い。

 笑い声が平坦に聞こえる。


 景色の色が、一段だけ薄い。

 まるで、自分だけが一枚違う膜の内側にいるようだった。


 悲しみは静かだった。


 叫ばない。


 暴れない。


 ただ、

 じわじわと内部を占領していく。


 気づいた時には遅い類のものだ。


「……あれ」


 机に座ったまま、

 動けなくなる瞬間が増えた。


 何をしているのか分からない。


 何を考えているのか分からない。


 ただ、

 田中くんの名前だけが、

 頭の奥で小さく反響している。


 そのときだった。


 ポケットの中の石が、

 かすかに熱を持った。


『正人』


 祖父の声。


「……なに」


『飲まれるな』


 短い言葉。


 それだけだった。


 でも十分だった。


 飲まれている。


 その自覚だけが、

 かろうじて浮かび上がる。


 おやみが隣に現れる。


 珍しくふざけない。


「それ、“溜まり”やな」


「……溜まり?」


「悲しみって、流れへんと残るんよ」


 彼女は少しだけ視線を落とす。


「放っとくと、沼になる」


 その言葉が、やけに現実的だった。


 僕はようやく気づく。


 これはただの気分ではない。


 以前から何度も見てきたものだ。


 恋の重さ。


 怒りの圧。


 筋肉の異常な執念。


 それらと同じ構造。


 ――感情が、形を持ち始めている。


 胸の奥に、黒い沈殿がある。絡みつく何かがある。


 田中くんの死は、

 ただの出来事ではなく。


 “残留している何か”になりつつあった。


 意識の端で、

 祖父の言葉が重なる。


『感情は消えない』


『ただ溜まるだけだ』


 祠の存在が、

 頭の奥で静かに鳴った。


 僕は息を吐くと胸の奥に冷たい重りが沈む。


「……これも、引き受ける側なのか」


 誰に向けたでもない問い。


 おやみは答えない。


 ただ、

 少しだけ頷いた気がした。


 窓の外では、

 何事もない夜が続いている。


 世界は変わらない。


 けれど。


 僕の内側だけが、

 確かに重く沈んでいた。


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