休閑話 ―正人の日常―
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
九条正人という人間を、
一言で表すのは難しい。
天才ではない。
スポーツ万能でもない。
イケメンというほどでもない。
かといって、
陰気というわけでもない。
大学のどこにでもいる、
少し背の高い普通の男子学生。
成績は中の中。
講義中は真面目に聞くが、
提出期限ギリギリでレポートを書くタイプ。
運動は嫌いじゃない。
中学まではサッカーをしていたが、
「プロは無理だな」
と早々に悟って、
高校からは帰宅部になった。
休日は、
漫画を読んだり、
アニメを見たり、
ゲームをしたり。
特に熱狂的な趣味があるわけではない。
深夜アニメを見て、
「いや主人公のメンタル強すぎるだろ」
とか言いながら寝落ちする、
実に平均的な男子大学生である。
恋愛経験はゼロ。
本人も特に隠していない。
「彼女とかいたことないの?」
と聞かれると、
「ない」
と即答する。
悲壮感もない。
開き直りでもない。
本当に「ない」だけである。
ただ、
そんな正人には、
昔から妙な特徴があった。
なぜか、
男友達から相談される。
やたらされる。
高校時代。
「実は親と喧嘩してさ……」
「バイト辞めたいんだけどどう思う?」
「告白ってLINEでしていいと思う?」
「人生って何なんだろうな」
なぜか来る。
しかも重い。
正人は別に、
カリスマがあるわけではない。
話術が巧みなわけでもない。
だが、
話を最後まで聞く。
途中で茶化さない。
適当に流さない。
分からない時は、
「分からん」
と正直に言う。
それでも、
相手のことはちゃんと考える。
だから相談した側は、
妙にスッキリして帰っていく。
「お前に話すと整理できるんだよな」
とは、
高校時代から何度も言われた言葉だった。
結果。
正人の周囲には、
自然と男友達が集まっていた。
昼休み。
大学食堂。
「なあ正人」
「ん?」
「俺、
別れるべきかな」
「重っ」
カレーうどんをすすっていた正人が、
真顔になった。
「いやでも、
最近会話なくてさ……」
「話し合った?」
「まだ」
「じゃあまず話せよ」
「……お前、
そういうとこ真面目だよな」
「別れる前に会話しろは普通だろ」
すると横から別の友人が言う。
「正人ってさ、
なんか相談しやすいんだよな」
「顔が無害だからじゃね?」
「それ悪口?」
そんな感じで、
気づけば中心にいる。
本人にその自覚はあまり無い。
だが、
ひとつだけ。
誰も正人に相談しない分野があった。
勉強である。
理由は単純。
正人、
説明が壊滅的に下手だった。
「ここさ、
なんでこの公式使うの?」
「えっと……
なんかこう、
いい感じに辻褄が合う」
「終わってる」
「いや感覚では分かってるんだって!」
数学。
「つまりこの年代は、
時代背景がこう動いて――」
「どこからその時代背景出てきた?」
「……雰囲気?」
「歴史を雰囲気で語るな」
英語。
「この文法ってどう読む?」
「気合」
「帰るわ」
結果。
人生相談の列はできるのに、
試験前だけ誰も寄ってこない。
むしろ避けられる。
「正人、
今回のテストやばい」
「俺も」
「安心した」
そんな男だった。
だから本人も、
自分が「特別」だと思ったことはない。
怪異に巻き込まれるまでは。
その日の夜。
「なるほどなぁ」
おやみが、
ポテチを食べながら頷いていた。
「何が」
「まさとくん、
昔から“聞く側”やったんや」
「まあ相談は多かったかも」
「それ、
この土地の血やで」
「また始まった」
祖父の石が、
低く笑う。
『昔から九条の人間は、
人の悩みを抱え込む性質がある』
「嫌な家系だな」
『器だからな』
「雑な説明!」
おやみは笑いながら、
ぽつりと言った。
「でもまあ、
優しい人って、
だいたい自分のこと後回しやからな」
正人は少し黙った。
その時。
スマホが震えた。
『相談あるんだけど』
男友達からだった。
「……またか」
「人気者やん」
「恋愛相談なら料金取ろうかな」
そう言いながら、
正人は通話ボタンを押した。
たぶん明日も、
普通の日常だ。
少なくとも、
本人はそう思っていた。




