収束する方程式
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
怒りが、限界まで膨れ上がっていた。
教授の権威。
学生の論理。
そしておやみの共鳴。
三つの感情が一点に集まり、
教室そのものが崩壊寸前だった。
その中心に立たされた僕は、完全に思考停止していた。
「まとめろ」と言われても、物理も哲学も知らない。
できるのはせいぜい、数学の真似事くらいだ。
「えっと……x+y=zは……」
口から出た瞬間、
自分でも何を言っているのか分からなかった。
が、正人が話した内容が黒板に浮かび上がる。
「xが……あって……yが……足されると……zで……」
支離滅裂。
完全に終わっている。
しかし。
空気が変わった。
「……ん?」
教授の目が止まる。
黒板に残っていた破壊された数式の残骸と、
僕の“意味不明な式もどき”が重なる。
教授の怒りが、一瞬だけ消えた。
「……待て」
低い声。
「その式……」
違う。
何も違わない。
ただの適当だ。
しかし教授は違った解釈をしていた。
「これは……変換式か?」
「え?」
教室がざわつく。
学生たちも黒板を見る。
「未知のエネルギー変換モデル……?」
勝手に意味が生まれていく。
勝手に格上げされていく。
そして。
怒りが止まった。
教授の怒りは、“思考”へと変質した。
「……仮説としては成立する可能性がある」
学生が反応する。
「検証できます」
空気が一気に変わる。
さっきまでの殺意にも似た圧が、
方向性を持ちはじめた。
怒りが消えたのではない。
“問題解決欲”に変換されたのだ。
祖父の石が静かに言う。
『変換されたな』
「なにが」
『感情エネルギーの相転移だ』
「かっこよく言わないで、意味わからん!」
しかし現実は静かに証明していた。
机が元の位置へ戻る。
浮いていた黒板が落ち着く。
空気の圧が消える。
教室が“授業の空気”に戻っていく。
その中心で、
僕はただ立ち尽くしていた。
「……助かった?」
おやみの声が横からした。
振り返ると、
いつものおやみだった。
男の姿は消えている。
軽く伸びをしている。
「いやぁ……危なかったな」
「お前のせいでもあるからな?」
「共鳴しただけやし」
悪びれない。
教授は黒板を見ながら呟く。
「……興味深い」
学生も頷く。
「新しい解法かもしれません」
いや違う。
ただの適当だ。
でも誰も気づいていない。
もはや真実は重要ではないらしい。
祖父が静かに締める。
『正人』
「……はい」
『お前は理論ではなく“変換点”だな』
「やめてその評価」
教室はいつの間にか、
静かに通常授業へ戻っていた。
黒板には、
謎の数式だけが残されている。
x+y=z(仮)
それを見ながら、
僕は深く息を吐いた。
「物理……もう嫌いでいいよね」
おやみは笑った。
「まぁ、今日のは物理というより感情工学やな」
それだけは、
絶対に学問にしないでほしいと思った。




