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継承される祠守  作者: さんご


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16/30

怒りエネルギー

数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。

この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。

もし気に入っていただけましたら、ブックマークや感想をお寄せいただけると、作者にとって大きな励みとなります。

なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。

今日は物理の講義の日だった。


最近の一連の騒動――筋肉だの恋だの怪異だの――が嘘みたいに、

大学は妙に平和を取り戻していた。


だから僕も、普通に教室へ向かった。


「物理苦手なんだよな~」


とぼやきながら……向かいたくはなかったが。


 理由は単純だ。


 あの講義室が、嫌いだ。

 古い校舎の一室。


 照明はやや黄色く、

 窓際の席だけ異様に寒い。


 そして何より。


 物理学というものが、どうにも性に合わない。


「位置エネルギー、運動エネルギー、熱エネルギー……」


 教授の声が響く。


「何でも“エネルギー”をつければ理解できると思うな」


 いや、

 逆だろと思う。


 何でもエネルギーにしすぎだ。


 だが教授は今日も偉そうだった。


「これは自然界の普遍法則であり――」


 その瞬間。


 教室の後方から声が上がる。


「教授、それは違います!」


 一瞬で空気が止まった。


 全員が振り返る。


 立ち上がったのは、いつも反論する眼鏡をかけた女子学生だった。


 やけに落ち着いた声。


 やけに自信に満ちた態度。


「……ほう?」


 教授の目が細くなる。


「何が違うと?」


「エネルギーとは、単なる分類ではなく“状態の記述”です」


 静まり返る教室。


 誰も口を挟めない。


 いや。挟みたくない。

 明らかに場の空気が変わった。


 教授の眉がぴくりと動く。


「君は私の講義を否定するのかね?」


「いえ」


 学生は淡々と続ける。


「誇張しすぎる表現は良くないと言っているんです。」


その日の学生の熱量が大きかったからなのか、


 ――その瞬間だった。


 空気が“変質”した。


 圧。熱。場。密度。


 目に見えないはずのものが、一気に教室を満たす。


「……っ」


 僕は息を呑んだ。


 これはただの言い争いじゃない。


 怒りだ。


 しかも、ただの感情じゃない。


 物理的な“圧”として存在している。


 教授の額に青筋が浮かぶ。


「いいだろう」


 低い声。


「では証明してみなさい」


 その瞬間。


 教室の空気が、

 さらに重くなった。


 怒り。


 反発。


 威圧。


 それらが混ざり合い、

 まるで“密度を持った何か”のように渦を巻く。


 祖父の石が、

 ポケットの中で微かに震えた。


『……これはまずいな』


「なにこれ」


『怒りエネルギーだ』


「そんな概念あったっけ!?」


『ない』


「ないの!?」


 しかし。確かにそこに“ある”。


 教授と学生の間に生まれた衝突が、

 目に見えない圧力場を作り始めていた。


 机が軋む。


 空気が震える。


 黒板のチョークが、

 勝手に粉を吹く。


 おやみの声が頭の中で響いた気がした。


『あーこれアカンやつやな』


「来てるの!?」


 昔の怒りの想いが部屋の端っこでうごめいて、教授と生徒に共鳴を始める。


 そして教授が一歩踏み出した瞬間。


 バンッ!!


 黒板に、見えない力で数式が刻まれた。


 勝手に。


 重力加速度。


 運動方程式。


 エネルギー保存則。

 しかしどれも、微妙に歪んでいる。


「……違う」


 学生が呟く。


「その解釈では不十分です」


 反論すると黒板の数式がさらに歪む。

 怒りが“理論”に変換され始めていた。


 教授も応じる。


「ならば君の理論を示せ!!」


 ドンッ!!


 教室が揺れた。


 完全に怒りエネルギーの衝突状態だった。


 僕は思った。

 物理って、こんな危ない学問だったか?


 その時だった。


 教室の隅で。


 カチリ、と音がした。


 祖父の石が、強く光る。


『正人』


「なに」


『離れろ』


「理由は!?」


『この場は“観測”ではなく“干渉”になる』


 意味が分からない。


 でも。


 空気が確実に危険だった。


 教授と学生の“議論”は、もはや言語ではなかった。


 衝突そのものが、

 エネルギーとして教室を満たしている。


 怒りが、物理法則を上書きしていく。


 その瞬間。


 教室の照明が落ちた。


 闇の中。


 教授と学生の間に、見えた。


 昔の怒りと今の怒りが綺麗に絡み着いた巨大な壁。


 怒りが形を持っていた。


 僕は呟く。


「これ……授業?」


 おやみの声が、

 遠くから返ってきた気がした。


『学問ってだいたいそうやで』


 その言葉と同時に。


 黒板が、音を立ててひび割れた。

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