後日談 ―恋慕の理由―
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
後になって思えば。
玲奈が正人に惹かれた理由は、
決して「突然」ではなかった。
ただ、
本人ですら説明できないほど、
静かに、
深く、
積み重なっていただけだ。
篠崎玲奈は、
何をするにも全力だった。
講義も、
研究も、
ボランティアも。
中途半端が嫌いだった。
誰かが困っていれば助けるし、
頼まれれば断れない。
だから周囲からは、
「すごい人」
と言われていた。
けれど実際は。
常に張り詰めているだけだった。
期待に応える。
役割を果たす。
ちゃんとしている自分でいる。
それを続けすぎて、
玲奈自身、
自分が疲れていることにも気づいていなかった。
あの日までは。
大学図書館の閉館間際。
資料を抱えたまま、
玲奈は廊下でしゃがみ込んでいた。
頭痛。
寝不足。
空腹。
でも、
まだやれると思っていた。
やらなければならないと、
思っていた。
そこへ、
正人が通りかかった。
「……大丈夫?」
ただ、
それだけだった。
特別な言葉じゃない。
ドラマみたいな展開もない。
けれど。
玲奈は妙に覚えている。
正人が、
無理に励まさなかったこと。
頑張れとも、
偉いとも言わなかったこと。
ただ自然に、
コンビニで買った温かいカフェオレを差し出して、
「頑張りすぎると壊れるよ」
そう言った。
その言葉に、
玲奈はなぜか泣きそうになった。
正人の仕草は、
どこか古かった。
席を譲る時の動き。
物を渡す時の手。
人の話を聞く時の目線。
まるで、
長い年月をかけて磨かれたみたいに自然だった。
後から思えば。
あれは、
代々この土地を見守ってきた家系の癖だったのかもしれない。
人を慰めるための所作。
不安を鎮める声。
傷ついた誰かへ、
無意識に寄り添う在り方。
正人自身は、
そんなものを自覚していなかった。
けれど玲奈は、
確かに感じ取ってしまった。
この人のそばは、
少しだけ安心できる、と。
だから気づけば、
目で追っていた。
声を探していた。
会えない日が落ち着かなくなっていた。
それは恋だった。
きっと普通なら、
そこで終わっていた。
ただ好きになって、
少し勇気を出して、
少しずつ距離を縮める。
ありふれた、
春の恋。
――もし。
この土地が、
人の想いを喰らう場所でなければ。
玲奈の想いは、
真面目すぎた。
一途すぎた。
そして、
全力すぎた。
願い。
恋慕。
執着。
その境界が、
少しずつ曖昧になっていく。
知らぬ間に。
土地が、
その感情へ応え始めていた。
夜。
おやみは珍しく静かだった。
「……まあでも」
畳へ寝転がりながら、
ぽつりと言う。
「あの子、
本気でまさとくん好きなんは分かる」
「そんな改めて言われても困るんだけど」
「怪異抜きでも、
ちゃんと恋してる顔やった」
おやみは天井を見る。
「せやから余計に危ないんやけど」
祖父の石が、
小さく唸る。
『想いは力になる。
昔からそういうものだ』
「ロマンチックに言うなよ」
『実際ロマンだ。
怪異の大半は、
人間の願いから生まれる』
その言葉に、
正人は少しだけ黙った。
窓の外では、
春の風が吹いていた。
どこか遠くで、
鈴の音が鳴った気がした。




