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いつか枯れる恋だとしても  作者: 倉敷きり
第一章 咲かぬ花の行方
6/8

6話




「君に会えるのを楽しみにしています」


 朱莉宛てにそんな一筆が添えられたパーティーの招待状が届いた。主催者の名前に覚えはなく、社交界もすっかり代替わりしてしまったのだと思い知らされる。


 鬼代の一族の社交の場は、一般的なものとは少し変わっていた。鬼代同士での婚姻が一般的である為、こうして誰かがサロンや屋敷に年頃の男女を集めた会を主催するのだ。

 規模は主催者によってまちまちだが、お見合い結婚へのささやかな抵抗と言わんばかりに、週末にもなればどこかで開催されている

 こういうものも繋がりの中でお誘いを貰うことが多く、心が折れてしまって足が遠のいてからは、めっきりお誘いの声もかからなくなったのだけれど。

 質の良い厚手の紙には、主催者の名前と場所が書かれている。こういった場は不特定多数の男女が集まることを目的としている為、「来れたら来てね」が基本的な形式ではある。しかし、今回添えられた一筆にどうにも心がざわついてしまう。

 この一筆は誰が書いたのだろうか。筆ではなく、西洋のつけペンで流れるように書かれた青いインク。差出人の筆跡とは違う。見たことのない筆跡だが、何故だか朱莉の中にはこれを書いたであろう人物の顔が浮かぶのだ。


 会ってどうするというのか。

 あの身元も知れない人間の言葉を信じる理由なんて一つもない。悠玄との付き合いの方がずっと長くて、困ったらきっと朱莉は悠玄の手を取るだろう。それなのに、あの日から名前も知らないあの人の言葉が蘇って、妙に心が落ち着かない。

 何よりパーティーの日の晩は仕事で悠玄がいない。この上なく都合が良かった。


 買ったばかりのドレスを着ていくのは、俺を誘えば良いと言ってくれた悠玄の言葉がふと浮かんで、ほんの少しだけ気が引けた。何より、今は悠玄がチラつくものを身に付けたくなかった。

 仕方なしに、いつも着ていくよりも少し落ち着いた色の振袖を選ぶ。せめて帯だけはと昔祖母がくれた艶やかなものにした。

 会に行くと言い出した朱莉に、母はとびきりの笑顔で貴女が行きたいなら行っておいでと送り出してくれた。つけられていた一件以来、一人での外出は許されず、付き添いを買って出たのは兄だったが、乗り込んだ車で朱莉の顔を覗き込むなり怪訝そうな顔をした。


「――お前、悠玄が好きなんじゃねぇの?」


 兄のあまりに明け透けな物言いに、朱莉は思わず眉根を寄せる。やはりこの零司という男は察しがいい割に、配慮に欠けると思う。今に始まった事ではないけれど。

 不服を顔に出した朱莉を見て、カラカラと笑った。


「……あの人婚約者いるじゃない」

「悠玄の奴これ知ったら拗ねるぞ」

「拗ねないわよ」

「どうだかな」

「相手を探さなきゃダメなのは兄さんの方でしょ! モテるくせにずっとフラフラして」

「俺はいいんだよ」

「知らないんだから」

「はいはい」


 会場に着くと帰る時は声をかけろと言って、兄はヒラヒラと手を振った。どうせ酒は飲めないからと、車から降りる様子はない。

 兄の零司と悠玄は大して年齢は変わらない。

 軍人一家であるせいか、絢爛豪華な生活とは言わないが、海藤家はそこそこ名の知れた名家だ。それも本家筋の長男坊、鬼代局でも花形と呼ばれているらしい防衛司令部所属とともくれば引く手数多だというのに、今でも出会いを求めてはないらしい。母は頻繁に小言を言うが、兄には暖簾に腕押し、糠に釘といった具合。

 全てがうまくことが進まず、落ち込んでいた自分が馬鹿らしくなってしまう程である。


 久しぶりの社交の場は、噂の通りドレスを着る娘さんが多かった。扉が開くのに合わせて、チラリと品定めするような目線が、降り注ぐように向けられる感覚は未だに慣れない。

 案内された会場内は仄暗い。あたりを見渡すも、あのよく目を引く金髪頭は見当たらなかった。あの一筆をくれたのは彼だと思っていたのだが、気のせいだったのだろうか。

 途端に手持ち無沙汰になり、手渡されたグラスを受け取って、会場の端の椅子へ腰掛ける。


 数年前には少ないながら顔見知りもいたけれど、すっかり面々も入れ替わってしまっていた。随分と若い御令嬢も見受けられる。

 あの時、一緒に時間を過ごした御令嬢たちは、みんな嫁ぎ先が見つかったのだろうか。よく話をしたり休日に喫茶店で話をするような子もいたけれど、みんな疎遠になってしまった。何かに導かれるようにここまで来たけれど、やっぱり肩身が狭い。

 渡されたワインはどうにも渋みが強くて進まない。奥に行けば簡単な食事も出してくれるだろうけれど、とても食事をする気分にはなれなかった。

 懐かしい反面、前よりもずっと気後れしてしまう。

 奥に座る御令嬢たちの、丸くて白い頬に乗る丸い頬紅がじんわりと滲むようで可愛らしい。合わせた真っ赤な口紅も素敵。ドレスの濃い色とよく似合っている。

 お洒落で若くて彼女らは無敵だ。社交の場で求める出会いは、何も男女の出会いだけではない。鬼代という狭い世界だからこそ、広く顔を覚えてもらう目的もある。

 可愛くて若い彼女たちに、どこでお洋服を買うのか聞いてみたい気持ちもあるけれど、着ていく場所もなし。自分のような年増にいきなり声をかけられても迷惑だろう。あれは若いから素敵なんだわと折り合いをつけることしかできなかった。


「――もし」

「はい?」

「お隣よろしいです」

「え、は、はい。どうぞ」


 考え事ばかりしていると、いつの間にか近くに男性の姿があった。知らない顔だ。勢い余って同席を許可してしまったが、何か粗相でもあっただろうか。


「朱莉さんですよね」


 名前を呼ばれ血の気が引く。もしや知り合い? と、脳内で必死に彼の名前を探す。大した交友関係もないはずだが、彼の顔と名前は一致しない。

 いつかパーティー出会っただろうか。それとも兄や父の仕事場の人間? 粗相がないようにしなければいけないのに、誰だかわからない。動揺で数回瞬きをすれば、相手の男性は目を細めて笑った。


「落ち着いて」

「すみません、……あの、どこかでお会いしましたでしょうか」

「いえ。昔にこういう場で一度お見かけして」

「そうでしたか。私最近は、すっかりこういう場はご無沙汰で」

「ええ、だからいつかお話しする機会があればと思っていました」


 彼は鬼代の家の次男坊だそうだ。年齢は朱莉より五つ上で、前から朱莉を知っていてくれていたらしい。

 物腰柔らかな方だ。しかし、頭を過ぎるのは苦い思い出ばかり。ヒヤリと背中に冷や汗が伝うのがわかる。

 どれだけ泣いただろうか。まるで己の全てを否定されたような気分になって、でも誰を恨めば良いのかもわからず、だからといって解決策もない。行く宛ても逃げ道もない八方塞がりのように感じたあの日々を。


「久しぶりにここへ来たのには何か理由が?」

「……そう、ですね。少し」

「なぜしばらくは?」

「もう、……その、縁がないものかと」

「どうして?」

「私、その……、鬼代の力が無くて。……婚約には、至らなくて」


 胸が苦しい。締め付けられて心臓が潰れてしまいそうだ。しかしそんな私の顔を涼やかな顔で覗き込み、男はにこりと笑った。


「そうでしたか。なら私を候補に入れていただけるように頑張らないと」

「――え?」

「朱莉さんはどんな男性が好みですか?」


 (今、力がないと伝えたのに?)

 男のあまりにあっさりとした受け答えに間抜けな声が漏れた。それもそうだろう。朱莉はこれを理由に何度断られたのだろうか。縁が無いと何度。

 最近こんなことばかりだと唖然としていると、給仕が一人近づいてくると恭しく頭を下げる。


「海藤朱莉様、お時間よろしいですか」

「……すみません、あの」

「いえ。貴方と話したい方は沢山いるでしょうから。また見かけることがあれば声をかけてくださいね、朱莉さん」


 彼はあっさり引き下がると、西洋の殿方宜しく手の甲に口を寄せて去っていった。ポカンとする朱莉をよそに、呼んでいる人間がいると、給仕は奥へと案内した。

 サロンの奥はさらに薄暗く、ほんのりと怪しげな雰囲気が漂う。一番奧には小さな個室が用意されていた。硝子戸の向こうで人目を忍ぶように窓際に腰掛けた男。その金髪は、照明の淡い橙色の光に溶けていくようだった。


「嶌様。海藤朱莉嬢をお連れしました」

「やあ、朱莉ちゃん」

「……こんばんは」

「今日は一段と綺麗だね。僕が誘ったのにあんまりに君が来てくれないから、忘れられてしまったのかと思って拗ねていたところだよ」


(――やはり此処へ私を呼んだのはこの人だった)

 退屈そうにグラスを傾けていたのに、目の前に現れた朱莉を見るや否や、そんな冗談を口にしながら怪しく微笑む男。彼の言葉になんと返すか迷っている間に、嶌と呼ばれた男は給仕に一杯の酒を頼むと、朱莉を前の席へ誘った。


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