第35話 才能の選択
バンがクロノヴェクス・インダストリーズ本社の地下駐車場に滑り込んだ。
エンジン音が消え、ドアが開く。
ゼロが先に降り、レオンを引っ張り出すように促した。
「降りろ。」
レオンは足を踏み出し、周囲を見回した。
広大なコンクリートの空間に、数台の黒い車両が整然と並んでいる。
空気は冷たく、金属とオイルの匂いがした。
「ここはどこだ?」
ゼロは答えず、レオンの背中を軽く押してエレベーターへ向かわせた。
顔認証が瞬時に通り、最上階へ上昇する。
エレベーターが止まり、重いドアが開く。
最上階の廊下は静寂に包まれ、足音だけが響いた。
ゼロがCEO室の前に立ち、ドアの横にある認証パネルに短く話しかける。
「対象を連れてきました。」
静かな声が返ってきた。
「入りなさい。」
ドアが開き、ゼロがレオンを押し込む。
デスクの向こうに、カシアが立っている。
銀色の髪が照明に輝き、瞳は深く静かだった。
レオンは思わず息を呑んだ。
テレビやネットで見た「カシア」の顔。
世界有数のIT企業のCEO。
今目の前にいる女性は、圧倒的な存在感とカリスマを放っていた。
カシアはゆっくりとデスクを回り、レオンに近づいた。
視線が彼を捉える。
「レオン・ヴァレン。」
彼女の声は穏やかで、しかし部屋全体を支配する響きがあった。
「ようやく会えたわね。」
レオンは喉を鳴らした。
「会えたって……俺を拉致してまで? 何のつもりだよ。」
カシアは微かに唇を曲げた。
それは微笑みとも、冷笑ともつかないものだった。
「あなたの才能が欲しいの。」
彼女は一歩踏み出し、言葉を続けた。
「グラン・ラボラトリーズ社であなたが作った適応型学習アルゴリズム……あれは素晴らしいわ。
なのに、才能を腐らせたまま、借金取りに追われて終わるつもり?」
レオンは目を逸らした。
「関係ないだろ……俺の人生だ。」
「関係あるわ。」
カシアの声が少し強くなった。
「私は、優秀な人間が腐っていくのを、見ていられないの。
あなたに選択肢をあげるわ。
ひとつは、このまま才能を腐らせて逃げ続ける。
もうひとつは、ここに残って、私の下で働く。
報酬も、借金の肩代わりも、すべて私が面倒を見るわ。
――そして、二度とあなたの才能を無駄にさせない。」
レオンはカシアの瞳を見つめ返した。
そこにあったのは、冷たさだけではなかった。
深い、底知れぬ決意のようなもの。
「……本気か?」
カシアは静かに答えた。
「本気よ。あなたが選びなさい、レオン。このまま腐るか、それとも、私と共に、世界を変えるか。」
二人の間に、張りつめた空気が流れた。




