第34話 堕ちた天才
究極のハッキングAI「クロノス」を完成させるには、優秀なプログラマーが必要だ。しかし、今の開発者たちを業務から外すことはできない。
外部から見つけなければ……
デスク上の画面に映るのは、一人の男のプロファイルだった。
レオン・ヴァレン。25歳。
元グラン・ラボラトリーズ社のAI開発チームリーダー。
上司との激しい口論の末に自主退社。以降、無職。
最後の行動記録は、地下カジノでの高額借金。追っ手から逃げ回る姿が、監視カメラに捉えられていた。
「優秀な才能を、こんなところで腐らせるなんて……」
カシアは静かに呟き、指を軽く動かした。
画面が切り替わり、指令が特殊部隊のチャンネルへ飛ぶ。
「ゼロ。対象を確保して連れてきて。」
返事は即座に来た。
「了解。出動します。」
薄暗い裏路地、レオン・ヴァレンは息を切らして走っていた。
背後からは三人の男の怒声が近づいてくる。
「待て、レオン! 金返せって言ってんだろ!」
「逃げても無駄だ!」
「止まらないと、ぶっ放すぞ!」
レオンは振り返らず、路地の角を曲がった。
しかし、そこは行き止まり。錆びた鉄柵が道を塞いでいる。
額から汗が流れ落ちる。
「くそ……もう終わりかよ……」
レオンは目を閉じた。
その瞬間――シュッ、という空気を切る音。
白い煙が一瞬で路地を満たした。
催涙弾の煙幕が広がり、追っ手たちが咳き込み、目を押さえてよろめく。
「な、なんだこれ!?」
煙の向こうから、黒いシルエットが現れた。
黒髪のショートカット、青く光るスマートグラスを装着した黒の戦闘服の女性――ゼロ。
ゼロはレオンに視線を移した。
「レオン・ヴァレン、逃げるぞ!」
レオンは目を見開いた。
「誰だよ、お前……!?」
ゼロは答えず、レオンの腕を掴んで引き起こした。
力は強く、抵抗する間も与えない。
彼女はレオンを路地の奥へ引っ張り、待機していた黒塗りのバンへ向かった。
後部ドアを開き、ゼロはレオンを押し込むように乗せた。
自分も乗り込み、ドアを閉める。
レオンはシートに沈み込み、震える声で呟いた。
「……俺、拉致られたのか?」
ゼロは前を向いたまま、短く答えた。
「確保しただけだ。黙ってろ。」
バンは街を抜け、ネオンの海を切り裂くように本社へと向かった。
レオンの人生は、この夜、完全に変わろうとしていた。




