ヌートリア
馬車の中からヌートリアの壁が見え始めた。それとほぼ同時に川を挟んだ向こうにある森の中から人工物が見えた。
「あれ何?」
「ん? 知らんな。俺達も前までは中央にいたから、ここら辺の土地勘はない。だが、屋根にも見えるな。恐らく廃教会か何かか」
「街の外にぽつんと教会があったりするの?」
「なくはねぇな。街が出来る前の村にあったものだったり、街の外での休憩所として作られてる可能性もあっからな」
「休憩所?」
「おう。簡単に言えば、教会が保護してくれるってこった」
「そうなんだ。潰れたって事は、モンスターに耐えられなかったって事?」
どう見ても屋根の一部が崩れているので、廃教会である事に間違いはない。そうなれば、休憩所としての機能を発揮する事が出来ずに、モンスターの襲撃に耐えられなかったと考えるのが普通だろう。
「だろうな。所属の教会騎士がいなくなったのも考えられるが」
「教会騎士? 宗教によっては、騎士が所属していたりするの?」
「ああ。騎士がいて、休憩所も作っている宗教と言えば、最大の教徒数を誇る勇聖教だろうな」
「燈灯教じゃないの?」
聖女のミモザさんがいるくらいだし、最大の教徒数は燈灯教だろうと決めつけていた。でも、バルガスさんが首を横に振るから違うのだと分かる。
「燈灯教も教徒の数は多いが最大ではないな。勇聖教は初代勇者を神格化した宗教だ。勇者により救われ、平和を保っているという面から教徒はかなり多くなっている」
「へぇ~」
言われてみて納得した。実際に世界を救った訳でもない神や、ただ見守っているだけの太陽と月よりも実際に世界を救ってくれている勇者の方が信じて崇めたいという気持ちが大きくなりやすいのは当然だと思う。
だからといって、ミモザさんの燈灯教を否定するつもりはないけどね。太陽と月を神格化して崇める理由も納得出来ていたから。
まぁ、私はミナお姉さん一筋だけど。一ヶ月近く会いに行けていないから、ミナお姉さん成分が足りない。早くミナお姉さんに包まれたい。
「ヌートリアに着いたら、そのままギルドで良いんだよな?」
ガンクさんが、私に確認する。
「うん。挨拶と宿とか聞きたいから」
「女性なら必要になるからな。鍵付きの宿で治安も良く、評判も良いところとなれば、ギルドに聞くのが一番ってこったな。俺達もしばらくはヌートリアに滞在するが、一人になって大丈夫か?」
ガンクさん達とこれからも旅をする訳では無いので、ヌートリアでお別れとなる。ガンクさんからしたら、それが心配なのだと思う。グリフォンの時に、私が死んでいた姿を見ていた訳だから当たり前なのかな。
逆に盗賊のところから逃げ出した時だったら、ここまで心配されていなかったかもしれない。あの時は私が強いと思われていただろうから。
「うん。大丈夫じゃなくても頑張らないと。いつまでもお世話になれないもん」
「そうか。何かあれば言え。ランクが離れているから力になれないかもしれないが、それを無視してでも助けてやる」
ガンクさんとバルガスさんは、Bランクの冒険者だ。あの時盗賊達相手に圧倒出来たのは、二人がいたからだと思う。そんな二人でも奴隷にされてしまうような出来事があるのだから、世の中疑うくらいが丁度良いというのがよく分かる。
ランクが離れすぎると同じ依頼を受けられないけど、本当に危ないと思った時には助けると言ってくれた。その時に傍にいてくれるかが問題だけどね。
「ありがとう」
そうしてしばらく馬車に乗っているとヌートリアに着いた。冒険者証を見せて、身分を証明してから中に入り、門の近くにある馬車のレンタル屋に馬車を返す。馬が寂しそうに首を擦り付けて来るので、私からも撫でてあげる。
「ここまでありがとうね。ゆっくり休んで」
私がそう言うと大きく嘶いた。馬に手を振って、ガンクさん達とギルドを目指して歩く。
「ここは水路が多いですね」
今見えている範囲でも、道の両サイドに水路が通っている。それに少し湿気が強い感じもした。
「ああ。ここは大きな湖が近くてな。そこから流れている川の一部やそこから引いている水を街中に流しているみたいだ。その水路を見てみろ。ゴンドラが流れているだろう?」
そう言われて欄干のようなもので落下防止をしている水路に近づいて見てみると、少しい離れたところにゴンドラが見えた。海外の映像とかでよく見るようなゴンドラだ。
「本当だ。ゴンドラで輸送とかしてる街って事?」
「そういう事だ」
「ふ~ん……こういうのも事前に調べてるの?」
バルガスさんは淀みなく答えていたから、街の中に関しては事前に色々と調べているのだと考えられる。多分、ギルドの中で調べられるのかな。
「ああ。ギルドによってはそういう場所がある。ギルドの職員に聞けば、場所を教えて貰えるだろう。情報の量はギルドによって異なるというのは覚えておいた方が良いだろうな」
「なるほど」
私はゴンドラを見ていたいという欲求を抑えて、再びガンクさんとバルガスさんの横に並ぶ。二人が左右にいるのは、私がトラブルに引っ掛からないようにするためだろう。
そのまま進んで行き、イースタンにあったのと同じような建物が見えた。
「ギルドって形は統一されてるの?」
「ああ。どの街、どの国でも分かり易いようにな。おかげで、見失わないで済むぜ」
世界規模で同じ見た目の建物にしているらしい。こういう施設は外観が統一されている方が助かる。街に行くたびに、どれがギルドだろうと迷わずに済むからね。
ギルドの中に入り、三人で受付に行くと受付のお姉さんが出て来た。耳が尖っている金髪の綺麗なお姉さんだ。ガンクさんとバルガスさんが冒険者証を見せるので、私も真似をして冒険者証を見せる。多分、これで冒険者である事を知らせているのかな。
「しばらくこっちで活動するのだが、この子に安全な宿を教えてやって欲しい。鍵付きで治安の良い場所が好ましい」
バルガスさんが一通り説明してくれる。お姉さんは、私を見てから微笑む。
「なるほど。分かりました。お二人もご一緒の方が良いですか?」
「いや、そこには拘らないで良い。この子の安全を優先してくれ」
「分かりました。ちょうど私も上がりですので、直接ご案内して差し上げましょう。少しお待ち頂けますか?」
「はい。分かりました」
受付のお姉さんは微笑んでから受付の奥に向かっていった。
「そんじゃあ、俺達はここでお別れだな」
「宿の吟味はしっかりとしておけ」
「うん。ここまでありがとう」
ガンクさんとバルガスさんとは、ここでお別れになる。ちょっと寂しいけど、二人にも二人の目的があるから仕方ない。私にも私の目的があるしね。
私はギルドの入口付近にあるベンチでお姉さんを待つ。ここら辺の造りもイースタンのギルドと同じだ。外観だけでなく内部も統一というのは、本当に有り難い。資料室的なものは、資料の有無で設置されるか変わってくるって感じなのかな。
軽く足をぷらぷらさせて待っていると、お姉さんが小走りでやって来た。
「お待たせしました。安全な宿をお探しという事でお間違いないでしょうか?」
「はい。お願いします」
お姉さんが手を差し出してくるので、その手を取って歩き始める。
「私はカトリーナと申します」
「ヒナです。よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
自己紹介を終えたところで、私達はギルドを出た。
「ヒナちゃんは、今は何歳なのですか?」
「十五です」
「なるほど。成人までは三年ですか……予算はどの程度をお考えでしょうか?」
「今のお金がなるべくなら二万以内で収めたいですね」
「それだとそこそこ良い宿が選べますが……そうですね。ギルドに近く鍵も掛かる場所としては、こちらです」
カトリーナさんは、ギルドから五分程歩いた場所にある五階建てくらいの大きな建物で止まった。
「鍵付きで受付係がエントランスで常駐しており、全ての部屋にお風呂とトイレが完備されています。防音もしっかりしており、上下左右の部屋からの音がほとんど聞こえません。ただし、食事が付きませんので、毎回どこかで食べる必要があります。これで一泊一万リルになります」
予算内だし、私が求める基準を満たしている。それにギルドから近いから仕事がしやすい。一発で要望通りの場所を紹介してくれるとは思わなかった。
「他の場所だとどういう点が違うんですか?」
「少し離れた場所にある宿は、食事付きで一万五千リルとなります。眺めが良くトイレも付いていますが、お風呂が大浴場しかございません。他に鍵付きとなると、食事お風呂がない七千リルの宿になります」
「あっ、じゃあ、ここにします」
今の候補で考えると、ここが一番良い。正直、食事を宿で取る必要もないし、色々なお店を巡る方が楽しいだろうから、そっちを優先する事にした。もしかしたら、宿で食べる機会の方が少なくて、無駄遣いになる可能性もあるし。
後、大浴場よりも個室風呂派だから。不特定多数と一緒にお風呂に入るよりも気の知れた人とゆっくりとしたいしね。
「ご案内出来て良かったです。お部屋を取りましたら、一緒に食事でも如何ですか?」
「え?」
唐突にご飯のお誘いが来た。まだ好きになっているわけでもないから、魂の力である色欲は関係ないはず。いや、綺麗で魅力的なお姉さんだとは思ったから、もう既に好きになっていたりするのかな。
(どうしよう……でも、ギルドの職員さんと仲良くなったら、ビビアンさんみたいに色々と教えてくれるだろうし、ここできっかけを作るのは良いかも)
そう判断した私は、カトリーナさんと向き合う。
「はい。なるべく安くて美味しい場所を教えてください」
「はい。お任せ下さい」
カトリーナさんは、微笑みながらそう言った。いきなり高いお店とかは考えていなかったって感じかな。それによく微笑む人だ。その微笑みが綺麗で毎回どこかの絵画になりそうなくらいだった。
カトリーナさんと一時的に別れて、宿の受付に向かう。受付には綺麗なお姉さんがいた。長い茶髪をお団子に纏めている。
「泊まりでお願いします」
「はい。身分を証明出来るものはお持ちでしょうか?」
そう言われたので、首に掛けている冒険者証を出す。
「はい。確認致しました。お部屋は五階と四階に空きがございます」
「じゃあ、五階で」
「かしこまりました。何泊のご予定でしょうか?」
「えっと、取り敢えず、二週間で。延長も出来ますか?」
「はい。では、二週間でお取りします。こちらにご記入をお願いします」
名簿みたいなものに自分の名前を書く。それを確認した受付のお姉さんは後ろから部屋の鍵を持って来た。
「鍵を紛失された場合、二万リルにて弁償となります。お出かけの際は、受付に預ける事も出来ますので、ご心配の場合はこちらにお越しください。では、二週間のご宿泊で十四万リルになります」
「はい」
十四万リルを出して、鍵を受け取る。お姉さんが金額を確認している間に、鍵を確認すると、505と書かれていた。自分の部屋が分かり易くて良い。
「はい。確認しました。ごゆっくりお休みください」
「はい。ありがとうございます」
私は鍵を鞄に仕舞うように見せてインベントリに入れる。部屋は取れたので、カトリーナさんの元に向かった。




