柔らかいバンズ
キティとの鍛錬は、熾烈さを増していた。その理由は単純。鍛錬にご褒美を追加したからだ。キティのやる気を出すご褒美が思いつかないから、一つお願いを聞くということにした。ただし、無理な内容はなし。
そうしたら、このやる気である。最早私の命を狙っているのではないかと疑うレベルだ。おかげで、私も雷鎚ミョルニルの身体能力強化を一気に強めることになった。
そのせいでキティが火傷を負っているけど、あれは後で綺麗に治すことにする。今はキティの攻撃をいなして、こっちも攻撃を当てるという事をしないといけない。
沼地を駆ける私達は、沼に足を取られる事なくその上を走っていた。そのくらいのスピードが出ているという事だ。幸い近くに冒険者はいないので、私達の鍛錬に巻き込まれている人はいない。
キティの爪を腕で防御している事が多いからか、最初は擦り傷のようなものだったけど、今ではしっかりと裂かれるようになってしまった。ダメージが蓄積しすぎた感じかな。
血を見たキティが一瞬怯んだところで、しっかりとした打撃を当てられた。私に傷を付けたという事実がキティにとって狼狽える事だったみたい。
「ほら! 何かお願いがあるんじゃないの!?」
「っ……!!」
私が煽ると、キティは表情を改めて再び私に突っ込んで来る。想定以上に鍛錬に使う場所の範囲が広がったけど、なるべく人がいない場所を選んでいるから問題はなさそう。
キティの動きは、獣人特有の動きなのか、時々獣じみた形になる。ほとんどが人の動きであるために、その変化が思った以上に厄介だった。
最終的に、私がキティに馬乗りになる形で終わりを迎える。
「ふぅ……私の勝ちね」
「うぅ……て、手……だ、大丈夫……?」
「ん? ああ、ほら」
雷獅鷹の衣の袖を捲って腕を見せる。キティに引っ掻かれた箇所は、血液の跡はあっても、傷は存在しなかった。
「私の再生能力なら、このくらいの怪我どうって事ないよ。それよりキティの火傷の方が心配だよ。ちょっと待ってね。ミョルニルで治してあげるから」
「う、ううん……れ、レベル上げだから……」
【再生】のレベル上げのために傷は残しておくみたい。明後日まで傷が残るようだったら、キティが寝ている間に治してあげる事にしよう。
「ふぅ……疲れちゃった。家に帰ってお風呂に入ろうか。ドロドロ」
「う、うん……」
キティの上から退いて、キティの手を引いて立ち上がらせる。
「わわっ……」
キティも疲れているからか足が縺れて私に寄り掛かる形になった。キティの胸が私の胸に押し付けられるような感じで、ちょっと幸せな気分だった。このまま襲いたい気分にさせられるけど、それは自重する。
さすがに、そこの分別は付いている。
「キティ大丈夫?」
「う、うん……ちょっと疲れちゃって……」
さすがにこんな戦いをした事はなかったみたいで、スタミナのほとんどを使い切ったような状態になっちゃったみたい。若干歩くのも難しそうだったので、キティを背負って、雷鎚ミョルニルを背後に回して支えにする。これでキティをおんぶして歩く事が出来る。
「ヒ、ヒナちゃん……」
「大丈夫だよ。ググり抜けた修羅場が修羅場だったから、そういう体力は一気に付いたんだよね。今日は頑張ったんだから、ゆっくりしてて」
「う、うん……ありがとう……」
「どういたしまして」
キティを背負って、エスキモードッグへと向かって行く。その中でアリサ、スレイア、リタが鍛錬をしている方を見てみる。三人の姿はもうないから、先にエスキモードッグに戻っているのかな。
モンスターもいるだろうし、私達も早めに帰った方が良さそうかな。ちょっと駆け足気味に走っていると、一気に背中が重くなった。
「キティ?」
「くぅ~…………」
キティの静かな寝息が聞こえる。歩けなくなるくらいに疲れたのだから、ゆっくり出来る状態になったら意識がプツンと途切れてもおかしくはない。
ただ、起きている人を運ぶのと寝ている人を運ぶのでは、私に掛かる重さが変わる。起きていれば重心を取ってくれるけど、寝ていたらそれもなくなるから。
キティを背負ったまま家に帰ってくると、リタが驚いてこっちに来る。
「キティ!? 大丈夫なの!?」
「うん。疲れて寝ちゃった。ドロドロだからお風呂に入れて身体拭いてあげてくるね」
「私も行くわ。ヒナも自分を洗わないとでしょ?」
「ありがとう」
寝たままのキティの服を脱がしていき、私は服を洗濯し、リタはキティの身体を拭いていく。本当はしっかりと汗を流した方が良いのだけど、キティが完全に眠ってしまっているので仕方ない。
「空いてる部屋のベッド使って」
「分かったわ。よいしょっと」
リタは、少し重そうにしながらキティを背負っていった。でも、私と違って背が高くなっているので、ある程度マシだろうけど、リタ自身に筋肉があまりない事と寝ている人を持ち上げているという事もあり大変なのだと思う。
手伝いたいところだけど、その場合全裸で支える事になる。まぁ、全裸でも気にする人はいないけど。アリサはほとんどの時間全裸みたいな状態だし。
身体を洗って服を着替えた後、リビングに戻ってソファに座る。すると、隣に座っていたスレイアが自分の膝を軽く叩いていた。
どういう意図なのかはわかったので、膝枕をしてもらう。スレイアの膝枕は天井が柔らかくなって目の前に現れることになる。ただ、上を向いた状態での膝枕は首などへの負担が凄まじいので、どのみち正面を向くことになる。
そうするとどうなるかというと、柔らかいバンズに挟まれたハンバーガー状態となる。上下のバンズを食べたくなるけど、今は疲れの方が凄いので休む。
「ヒナも寝るならベッド行きなさいよ?」
キティを寝かせて戻ってきたリタにそんな事を言われてしまう。確かにスレイアの上下枕によって意識を消し飛ばされる可能性は高い。
でも、そもそも寝るためにやっているわけじゃない。
「寝ないよ。疲れたから休憩中」
「そう」
「そういえば、アリサは?」
「夕飯の買い物に行ったわ。私も行こうと思ったのだけど、ヒナ達が疲れて帰ってくるかもしれないからって留守を任されたの。スレイアも疲れていたから。二人が帰ってきたから、私も合流してくるわ。【アイテムボックス】持ちがいた方が良いから」
「ありがとー」
「どういたしまして」
リタは、アリサの買い物を手伝いに向かった。その音が少し遠くに聞こえた。それどころか全ての音が遠くにいる気がしてくる。やがて、音どころか全ての感覚が遠ざかっていった。
その中で、何故か小さく確実に聞こえてくる音があった。それがスレイアの子守唄だった事に後で気づく事になった。




