8.和の心持ち
灯りも無い暗い室内、突然開かれたドア。倉庫に入ってくる家主と思わしき人物。
身じろぎもできずに固まっていた。当然だろう、窃盗を働こうとしているも同然だからだ。
私にその意思が無くともこの男性はそうとは受け取らないだろう。倉庫に押し入り、勝手に物色をして装飾品を手にしている。
誰が見ても盗人だ、どのように弁解しようともこの事実は覆らない。
どうしよう、どうすればいい? 住人に見つかってしまった、まさか起きてるとは思わなかった。
と、とりあえず謝ろう。
「ご、ごめ…」
「ふむ、魔物の類か。まさか、こんな所まで来るとはな」
か細い私の謝罪は、男性の声に遮られ立ち消える。
そして、男性は黒い棒を両手で掴んだかと思えば、右手で何かを引き抜いた。カーテンの隙間から細く伸びた月明かりに鈍色が反射する。そう、まごうことなき剣である。
いかにもな西洋剣だ。真っすぐな両刃を備えており、およそ80センチ大の大きさ。左手に持つ鞘は黒色をしており金属の装飾が施されていた。全体的にシックでカッコいい。だがそれを今抜いたという事は?
「ふんっ」
ヒュンッ
そうなりますよね! 魔物の類って言ってたし、どう見ても人類の敵でした。
片手で振りぬかれた剣は私の体を通過しピタリと止まる。綺麗に磨かれた刀身はとても鋭く何でも切り裂けそうだ。私が幽霊で無ければ上下で真っ二つにされていただろう。そして、何より怖いのはいつ剣を振ったのかわからない事だ。
私が捉えたのは風を切る音と縫い付けたように止まっている剣だけだ。いつの間にか、降り終わった体勢をしていた。間違いなくこの人は強い、物理攻撃だから問題無いだけなのだ。
「ふむ。やはり切れぬか。ならば……」
何か始めたが都合がいい、この間にお暇させていただく。異世界でも幽霊は幽霊、話しかけても聞く耳を持たなそうだし。
忍び込んだ件については申し訳ないが悪気は無かったのだ。異世界の建物はどんな内装をしているかなと、盗みなどつゆほどにも考えていない。あわよくば実体化に関する情報が入手できないかと思っただけ。
だから私は逃げさせてもらう。ここは一時退散して、仕切り直しといこう。
そうして、私が逃走を図り浮遊をした時、輝きが室内を充満させた。
暗かった室内は光で染め上げられる。背を向けていた私は閃光発音筒でも炸裂したのかと錯覚するほどだった。
驚きと共に振り向けばLEDでも仕込んだかの如く剣が眩い。神聖さを体現するかのような姿は、まるで聖剣であると言わんばかりであった。神々しくも麗しい、そんな感想を抱いた。
だが同時に本能が激しい主張を繰り返す、あれを受けたら終わりだと。
振られたら最後、一撃で浄化されると理解できた。断面から白煙をまき散らして宙に消えていく姿を幻視する。
もう逃げる暇など有りはしない、今ここで対処をしなければ後が無いのだ。オオカミとは違い、隙など見せてくれないだろう。私できる事は一つしか残されていなかった。
切られる前に決めてやる。もうこれしか選択肢は無いのだ、私はすぐさま行動に移す。
地面に膝を着ける。
さあ、味わうが良い!
体を倒し両手で支える。
古来より受け継がれし日本の伝統文化!
頭を深く沈め、這いつくばった。
ズサッ
「……」
私はこの絶体絶命のピンチを凌ぐ、打開策を決めた。日本人には馴染み深いだろう、そう、土下座である。
シンプルに誠意をもって謝罪を表す姿勢、異世界であっても多少は通じるだろう。もし理解されなくても一瞬でも切られる時間を引き延ばす事ができればいいのだ。
「何のつもりだ? 何を企んでいる。妙なポーズで惑わす戦法か?」
神々しさを放つ剣を両手で握り、いつでも振り下ろせるように身構えている。
よかった、賭けに勝ったようだ。それならば、どうにか話を聞いて貰わねば。私が悪意ある存在では無いと説得する必要がある。まだ首の皮一枚で繋がっている状況なのは変わりないのだ。
「話を聞いてください! お願いします!」
「話だと? 何故魔物の話を聞かねばならん」
「魔物じゃないんです! あ、いや、この世界では魔物かもしれないですけど、違うんです!」
焦りで自分でも何を言っているのかわからない、だが理解して貰うために言葉を重ねる。
「浄化しないでください! 悪霊じゃないんです! ただの転生者です……」
「私はこの世界とは違う、異世界からやってきたんです」
私は地球で首を吊ったことから廃墟で目覚め、どのようにしてここに辿り着いたのか、全ての経緯を話した。私の目的も考えている事など含め何もかも。
彼は構えたままだったが、私の話を最後までしっかりと聞いてくれた。途中詰まる部分もあったが剣で両断される運命は訪れなかった。彼は思慮深く聡明で、たぶんとても良い人なのだろう。ライトノベルも存在しない世界で異世界転生という突拍子もない話を受け入れてくれたのだから。
聞く耳持たないとか言ってごめんなさい。
彼との会話は未だ続いている、現在はこの家に侵入した場面だ。
「それでカーテンが空いてたので、内装とか気なって……」
「なんとまあ。不法侵入は気にならなかったのか?」
「まあ、その、幽霊だしいいかなぁって」
「それで指輪に見とれてたら貴方がやって来て……この状況です」
はぁ、と、ひとつ溜息をつき呆れた目をされた。しょうがないじゃないか、私だってこんななりだが中身は妙齢の女性なのだ。綺麗な指輪が置いてあれば目が行っても不思議ではないだろう。
ちなみに、彼が起きていたのは自然と夜明け前に起きてしまうかららしい。中々お歳を召してますもんね、時の流れは残酷だ。
部屋に暗闇が戻ってきたと同時に、静かにカチンと音が響く。
「とりあえず、話は分かった。君が魔物では無いと理解できたよ」
ああ、よかった。本当によかった。
「それで君の言うとだまちゃんとやらは一体どこだね?」
え?
慌てて見渡すが姿が無い。あれ、どこへ行った? この家に来るまでは一緒だった筈だ。
そこまで広くない室内だ。直ぐに目につくはずだか見当たらない、天井も見上げたがどこにもその姿は無い。
焦る私の視界に窓が入る。
「……」
あ、居た。カーテンの隙間からチラチラと映っている。って、なんで外にいるの? 一緒に室内に入って来ていなかったのか、一体何をしているのだ?
窓の前まで来たが相変わらず外で待機している。何を待っているのだ、入ってこればいいのに。ん? まさか、すり抜けできない?
思い返してみたが、確かにすり抜けていた記憶は無い。何故、遠回りするのか疑問だったが氷解した。私と一様に能力があると誤認していたのだ。
「あの、窓開けていいですか? 外にいるので」
彼は頷き、了承してくれた。
窓を開き、とだまちゃんを招き入れると私に体当たりしてくる。放置されたことの怒りを表現しているのだろうか。ごめん、気付かなかったよ。
「ふむ。確かに禍々しいな…、本当に安全なのか?」
「そうなんです、見た目がアレなだけで」
疑わしい眼差しで観察していたが、ゆらゆらと揺れるとだまちゃんに真実と判断したのか視線を外した。
「まあいいだろう」
許された。邪悪だから退治だ、なんて事態にならなくて安心だ。とだまちゃんはもう私の大切な友達なのだ。まあ、一方的にと頭に付くけど…。
「幾つか質問したいことがある。だがここは話をするには向いていない」
「えと…」
「さあ、あちらへ行こう」
彼の後ろを着いて部屋を出る。
「私はコーディアル・エルダリーだ。コーディアルでいい」
彼は振り返りもせずそう名乗った。




