5.森であなたと猿蟹合戦
ゴキャァ
何かがへし折れる音が響く。
全身を回る痛みで目の前がチカチカと明滅する。
あいつは倒せただろうか? 何とか首を起こし、オオカミが居た方向を確認した。
「グ、ガァ」
だが非情にも奴は立ち上がろうとしていた。
左前足があらぬ方向を向いているが、残った3本の足は地面を捉えており、幾分も経たずに体勢を整えるかに思えた。
「っっ!」
頭を狙ったつもりだったが、当たる直前でオオカミが体を捻ったのか足に命中したようだ。
大きな石だった、頭部に直撃さえしていれば仕留められたはずなのに。
焦燥感に苛まれる。
まだ完全に起き上がってはいない。体勢が整っていない今のうちに、今度こそ仕留める。
周りには拳大の石や枯れ枝程度しか見当たらない。ならば物量で攻めるのみだ。
周囲のありとあらゆる物を浮遊させた。やはり、このサイズの物体なら自由に操作できる。
まったく、良くもやってくれたね? 今度は私がボロボロにしてあげる!
さあ、私の憤怨を楽しむが良い。
まるで戦艦の様に射出し始める。オオカミは砲弾の如く飛んでくる石や枝を避けようとするが、初撃の反動が未だ残留する体では無理な話だ。
オオカミ目掛けて撃ち続ける。
だが、攻撃を受けながらも闘志は衰えないのか、赤い目をぎらつかせ、輝きを放出する。
私は大きく旋回しながら森を駆け巡る。掠めた光が背後の木を爆ぜさせ、メキメキと音を立てて倒れる。移動しながら次々と射出させるが、決定打にならない。
やはり質量の大きいものをぶつけるしかないか、そのためには隙を作らないと。
木々をすり抜けながら巨木を目指す。樹齢何年だろうか、私が抱えても両手が付かない程大きい。
移動している最中も輝きは私を襲う。足に当たりワンピースの裾が千切れ飛んだ。巨木はもう目と鼻の先だ。
到着するや否や、木の後ろに回り込み身を隠した。
バシバシと光が当たり、木片が飛び散った。まずは、足を使えなくして、移動を封じる。その間に特大の攻撃を加えるのだ。
私は近くにある全ての石や枝を浮遊させる。
さすがにこの量を一度に受けるのは厳しいのか、その光景にオオカミは慌てて光を生むスピードを速めた。
狙うは上体を一本で支える前足だ、木の幹から顔を覗かせながら一斉に放つ。
初めの数個は無理やり体をよじって避けられたが、圧倒的な弾幕の前に成すすべも無く前足に攻撃を受け続けた。そして、その時がやってくる。
奴は支えを失った事で横倒しになり、立ち上がる事さえできない。容赦なく残りもお見舞いさせる。
体を丸めて必死に耐えている様子だがこんなもので許すはずがないだろう。
散々いたぶってくれたお返しをプレゼントしてあげる。
嬉しいでしょ? だって隙だらけの土手っ腹に大物をぶち込んであげるんだもの。
「うふふっ」
私自身おかしな事を考えていると思うが、止める気は微塵も起らないだろう。
だって貰ったらお返しをするのが普通でしょ? それが菓子折りなのかお礼参りかの違いでしかない。
最初に手を出してきたのはあなたなんだから、自分自身の悪行は命をもって償いなさい?
私は白煙を噴き出しながら大きな倒木の傍までやって来た。
風化が進んでいるものの、先端は尖り、突き刺されば無事では済まないだろう。さあ、エンドロールの時間だ。
ザクッッ
ビクンと一瞬震え、肢体を地面に投げ出した。
命の灯は消え失せ、木の倒れる音や破裂音は収まり、森に静寂が戻って来る。幕引きは一瞬だった。
今まで動物を殺した事は無かった。
せいぜいが車に轢かれた鳥や猫を目にする程度。初めての殺害に心理的抵抗感は抱かなかった。あ、初めては私自身か。
なんにせよ、この状況で精神的ダメージが出ないのはありがたかった。既に浮遊している余裕がない私は、木に背を預け、寄り掛かっていた。
右足は膝から先が存在しない。体のあらゆる所が裂け、命が溢れ出すように煙が揺らめいている。手で押さえてみたが意味が無く、隙間から漏れ出す。
だんだんと体が重くなっていく感覚がある。
「はは、ぼろ雑巾みたい」
オオカミは赤い水溜まりに沈んでいる。せっかく生き残ったのに……。どうやら私はここまでらしい。
こんな事なら最初に動物なんて見に行こうなどと思わなければ良かった。あのまま森を進んでいれば良かったのに、本当に馬鹿な事をした。
今となっては本当に後悔でしかない。勝利の余韻など存在していなかった。
すると、いつの間に近寄っていたのか、視界に人魂が入り込む。ああ、確か着いて来てたんだった。
それ所では無かった為、すっかり忘れていた。一体どこに隠れていたのか。
「君は気を付けるんだよ? 私の二の舞になっちゃうから」
そう告げると人魂はくるくると回転し鬱陶しい程に主張してくる。なんなんだ、もう手を動かす気力も出ない。
もう、何がしたいの? そんな目の前に来られるとちょっと眩しいよ。
人魂は何かを主張したいらしく、オオカミと私の前を往復し始めた。私をオオカミの所まで移動させたいのだろうか。
だが、何の意味があるというのだ。もうここで終わってしまうというのに。
そんな私にお構いなしに人魂はアピールを続けている。
でもまあ、どうせ終わりなら試してから消えるとしよう。私は重い体に浮遊を念じる。
目の前にオオカミが横たわっている。
オオカミは所々毛が抜け、木の枝が突き刺さっていた。まるで効いていないと思ったが存外、威力が出ていたんだと実感する。
赤い水溜まりの上に着いた。人魂は私の手に体当たりをして来たかと思うと次にオオカミの体毛近くに移動した。
お次はオオカミに触れと言われているらしい。正直、私が成した事とは言え亡骸に触れるは嫌だ。
「……」
なにやら、人魂から威圧感を感じる。
しょうがない、触れてみようか。嫌々ながらオオカミに触れてみた。うん、意外にいい手触りだ。倒れているその体に埋まりたくなる程度にふわふわとした感触がある。
これで最後の時を幸福な気持ちで過ごせという事か。
などと考えているとオオカミから人魂が出現する。いや、オオカミだから獣魂だろうか。なんにせよ、その魂的な物がオオカミから現れたのだ。
人魂はこれを私に見せたかったのか。確かに綺麗だ、綺麗だが…。なんかそれよりも……。
オイシソウ
今まで空腹やのどの渇きなど全く覚えなかった。だが、何故だかそれを味わいたい欲求が体を支配する。
私はその衝動を抑えきれず手を伸ばした。手のひらから吸収するように何かが流れ込んでくる。
ああ、なんて美味しいんだろう! 口に入れてる訳じゃないのに、頭が、体が、魂が感じる!
その感覚に浸っていると、体から痛みが引いて行くがわかる。白煙が収まり、傷が修復されて行っているのだ。恐らく、人魂は私を助ける為に誘導してくれたのだろう。
「ありがとう、おかげでまだ生きられそうだよ」
そう告げて、人魂を見みやる。
人魂も私と同じく獣魂をすすっていた。なるほど、君も食べたかっただけなのか。裏切られた様でちょっと悲しくなった。
裂けていた肌は綺麗に治り、ぼろきれ同然だった服も新品みたいだ。少し不安だった膝から下が無い右足もどこからともなく煙が集まり、また歩けるようになった。
もはや浮遊での移動に慣れきっているが、地面に自分の両足で立てるのは安心感が違う。
れいちゃん、完全復活! …………何これ、恥ずかしっ!
嬉しさから自らをちゃん付けしてしまい、精神ダメージを負ったが私は元気です。
それにしても、あのオオカミが放っていた光はどのような理屈で発生していたのか。地球には、遠距離攻撃を持ったオオカミなんて存在しない。
そんなのが居たら世界中の各メディアで一面を飾るだろう。生憎とそんなニュースを見た事は無い。新種の生物という可能性はさすがに無いはずだ。
故にあり得るのはここが異世界である、という事だけだ。
明らかに怪しい要素が無かった為、気付かなかったがそういう事であるなら納得がいく。私の色彩の変化や若返りも、疑う余地もなく理解できる。
これは所謂、異世界転生という奴だったのだ。
死んで異世界転生、なんとベターな話だろうか。だが不思議とワクワクしてくる。死にかけはしたがこれからどんな世界が待っているのか楽しみだ。
ただし、一つ言いたいことがある。なんで私は幽霊で転生しているの?
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