4.幽霊でも生きていたい
目の前で漂う人魂を見つめる。
視界に入れるだけで呪われそうな見た目だ。
だが、何もせずただ浮んでいるその姿は、まるで公園のベンチで日向ぼっこをするおじいちゃんみたいだ。
「ねえ、あなたは誰?」
「……」
「私いつの間にかここに居たんだけどあなたもそうなの?」
「……」
「ここがどこか知ってる?」
「……」
何度も声をかけてみるが反応は無い。
うーん、掴もうとすると逃げるから意識があると思ったけど。全く反応しないや。もしかして、声が届いていないのかな。
ちなみに、人魂から視線を外して興味が無くなった振りをして捕まえようとしたが、なんなく躱されてしまった。残念、あの感触は癖になる。
さて、もうここに残り続けた所で特にやれる事も無いし、そろそろこの廃墟ともお別れしよう。
人魂は謎だが、話しかけても反応を返さないし。もう少し続ければ変わるかも知れないが、おままごとをする幼稚園児の様でなかなか精神に来る。私は既に立派なレディなのだ。
廃墟の外に出ると相変わらず花に囲まれている。少し遠くの方に視線を向けると途中から青々とした草が生えている。さらに、その奥には薄っすらと山が鎮座しているのが見える。
ぐるっと周囲を見渡すが、廃墟以外に人の痕跡は見受けられず森や山が見えるばかりだ。どうやらここは廃墟が一つ建つだけの、未開の地だった。
どうしようかな。さすがにここまで人気が無いとは思わなかったよ。これはどっちに向かってもあんまり変わらなそう。
できるなら町や人里を見つけたい。そうすれば見た目からおおよそどの国に居るのかわかるだろう。
しかし、広大な土地が広がっているのに開拓されていないのは何故なのか? あまり海外には詳しくないがこのような場所があるのだろうか。
少し違和感を覚えるが、何か理由があるのだろう。気にしない事にした。
枯れ枝を拾い上げる。行き先に迷ったら神頼みだ。枝が倒れた方向に向かうとしよう。
「よっ」
倒れた枝先は廃墟の裏手を指している。では、向かうとしますか。確かそっちは森だったかな。
浮かびながら森を目指して進む。小さい頃は良く森で遊んだな、田舎だったからいつも走り回ってたっけ。
森はもう目前だ。そういえば、あの子はどうするんだろう、ずっと廃墟に居るのかな? 私は廃墟で出会った人魂が気になり振り返った。
「……」
ゆらゆらと揺らめいている人魂が居た。どうやら私の後をつけていたらしい。害意はなさそうだし、まあいいか。あまり考えないようにしよう。
鬱蒼とした森に入った。木々は所々緑色の苔が生えており、倒れた木や石が散乱している。幽霊になったおかげか視界がよく通り、夜の森でもそこまで怖さを感じない。
薄っすらと霧がかかっていて中々の雰囲気じゃないか。なにか出てきそうだ、まあここに幽霊が居るけどね。
ガサガサ
ある程度進んだ所で枯れ葉を踏みつける様な音が聞こえる。
な、なんだろう。人はまずあり得ないよね、動物かな? そういえば、まだ一度も生物に出会っていない。少しだけ見て行こうか。
音のする方向へと進んで行くと、その姿が目に入る。
灰色の体毛。伸びた鼻先に天を向く二つの耳。そして、ふさふさとした尻尾。どうやらオオカミの様だ。
少し開けた森の中で一生懸命に地面を掘り返していた。地面に巣を作る何かが潜んでいるのであろうか。ここからで少し遠く判別がつかない。
よく見るために近づいた時、急にオオカミはこちらを振り向いた。目線が交差する。
少し横にずれてみるとオオカミも視線を移動させる。確実にこちらを認識しているのだ。
浅く息をするオオカミの口から涎が垂れている。嫌な予感がする、何故そんなに見つめてくるのか。まるで、餌を目前に待たされる犬みたいじゃないか。
枝でも落ちたのだろうか、カサッと音が響いたと同時にオオカミはこちらに向かってきた。
や、やばい、襲われる!
私は身を翻し全速力で逃げだした。後ろから枯れ葉を踏む音が聞こえる、追いかけられているのだ。木々をすり抜けながら一直線に移動するが引き離せている気がしない。
後ろを振り向くと近づいてくるオオカミが視界に映る。血走る赤い瞳、涎の垂れる赤黒い口内。
先程より距離が縮まっている、私の逃げる速度より追いかける方が速いのだ。
必死に打開策を考える、このままではいずれ追い付かれるだろう。せめて高い所に逃げれれば。ってもっと上昇すればいいんだ。
「ふぅ、助かった…」
私の下でオオカミが飛び跳ねるが届くことは無い。どうにか襲われる危機から脱したのだ。しかし、随分とデカいオオカミだ、体長がおよそ80センチぐらいはあるだろうか。
こんなものに襲われたら堪ったもんじゃない。
恐らく木と同様に動物でもすり抜けれるだろうが、好き好んでしたいものではないだろう。もしかしたら、内側が見えてしまうかもしれない。うぇ…。
さて、この状況をどうするか。オオカミは私の事をじっと見上げている、降りてくるのを待っているのだろうか。生憎と降りるつもりはないが、このままでは困りものだ。
高いの怖い。
それにしても、こいつは幽霊なんて食える訳もないのに何故追いかけてくるのだろう。実は美味しそうな匂いでも発しているのか。自分で匂ってみるが無臭だ。
もしかしたら、ただ遊んで欲しかっただけとか? オオカミなんて犬みたい物だし、あり得そう。
だからって降りたくないな、大きいから怖いし。下で待つオオカミに視線を向ける。
ん? なんか光って……。
半円に輝く何かが飛んでくる、咄嗟に左手を前に出した。
「うっ…。何が」
視界に枯れ葉が映る。どうやら地面に横たわっているようだ。ゆっくりと起き上がる。
左手が痛む。見るとぱっくりと皮膚が裂けていた。飛んできた何かが、引き裂いたみたいだ。傷口から白い煙が立ち上る。
なに、これ。何が出ているの? もしかして、幽霊だから血の代わり?
「グルルル」
唸り声と共にオオカミの上で光が輝く。また、あれが来る! 不格好な体勢のまま浮遊を念じ、何とか避ける事に成功する。
一体何が起きてるの? あの光は何?
考えている間にもオオカミは再び光を生み出す。オオカミの頭上で光が半円状に形成され、私に向かって放たれた。
避け損ない足から白煙が噴き出る。このままではジリ貧だ。何を飛ばしているのか見当もつかないが、あれを受け続ける訳にはいかない。
浮遊しても避けきれない。このままでは確実に殺されるだろう。ならば、あいつを倒すしかない。
私はまだこんな所では終われない、絶対に生き残ってやるんだ。
もう死にたくなんかない。本当は私だって普通に、幸せに、生きて居たかった。でも、それができなったから… …。
だけどチャンスが訪れたんだ、幽霊としてだけど今度は幸せになってやる。
私は攻撃を避けながら考える。私にできるのは物を動かす事だけだ、何かを高速でぶつければ倒せるはずだ。周囲で武器にできそうなものを探す。
少し離れた木の根元に一抱えもある石が転がっている。
早速オオカミ向かって飛んでいくよう念じるが、浮きあがりもしない。何故だ、石が大きすぎるためか。直接手で触れれば動かせるだろうか。
一刻の猶予も許されない、一か八か試すしかない。
私は石の元へ全力で向かう。体はもう傷だらけで服もボロボロだ。移動している最中も攻撃は止まない。
奴も私がやろうとしている事を理解しているのだろうか。ひと際輝いたと思った瞬間、右足が弾け飛んだ。
足が無くなれば移動できなくなると思ったのか、理由はわからない、だがそのおかげでもう届いた。
「うごけええぇぇ!」
土を巻き散らし、オオカミへ飛んで行った。




