23.森に降り注ぐ赤い夜露
私達は町の外に出向き、森の浅い所で薬草を採っていた。
「うーん、これかな? 今度こそ正解でしょ!」
『それも雑草。薬草じゃない』
「えー、これも違うの? 全然見分けつかないよ…」
『何故この依頼を選んだの、レイに薬草採取は向いてない』
「しょうがないじゃん、外での依頼も必須なんだもん」
現在の採取本数は5本。依頼達成には20本も必要だが、似た外見の雑草に惑わされて遅々として進んでいない。
依頼を受けた際、薬草の特徴が描かれた見本をもらったが、悉く雑草を引き当てていた。
数時間費やしても薬草モドキしか発見できない惨状に、見兼ねたとだまちゃんが参戦。短時間の間に、5本も発見してくれたのだ。
目の前に薬草と雑草を並べても相違が見分けられない。はたして、どのように判別しているのだろうか。
ここ数日は町内依頼をボードから受注したり、受付のルフレミさんや冷静な副会長ことベルナさんから紹介されたりして、幾つも成し遂げた。
その最中でEランク昇格に、町外での依頼を複数達成が不可欠であると発覚。従って、本来受けるつもりが無かった薬草採取を遂行しているのである。
また、木材を運搬する依頼も町外という条件を満たしていたが、複数人で運ぶ内容だったので除外した。さすがに他の冒険者が居る真横で、浮遊や身体強化の使用は控えたい。
結果、とだまちゃんの手厚い介護が必要な事態へと陥ったのだった。最初から避けていたが、ここまで見分けられないとは想像の斜め上を行っている。
あまりの不出来さに自分自身、信じられない。
もし、あの時ミリエナちゃんとパーティーを組んでいても足手まといになったと思う。そういう意味でもパーティーを組まなくて正解だっただろう。
迷惑を掛けずに済んだ訳だし。
ちなみに、ミリエナちゃんはあれ以降、会話どころかまともに顔も合わせてくれない。
身体的特徴が同じ冒険者ということで、抱いていたパーティー結成の希望を粉々に粉砕してしまったからだろう。
私は仲良くしたいと思っているが、ミリエナちゃんに声を掛けても軽く頭を下げるだけで、そそくさと立ち去ってしまう。
人となりを把握できれば、秘密を打ち明けるかの判断もできるのだが…。
私だって可能ならパーティーを組みたい。今後現れるだろう強力な魔物に、とだまちゃんと2人だけで対処できるとも限らないのだから。
それと、忘れてはいけない刀を持った金髪の女性。今は町に居ないが、再び人前に姿を現すこともありうる。
そうなった時、味方が居れば逃げる以外の選択肢も視野に入るのだ。
「なんとか仲良くできないかな」
『どう考えても厳しい。現に避けられてる』
「うーん、そうだけどさあ」
『他の冒険者にすればいい。マイナスよりゼロからの方が可能性はある』
「無理だよ、ミリエナちゃんと同じ結果になるって。それに、横暴な人と仲間になりたくない」
これまでの経験からして、ほとんどの冒険者は男女共に気が短い。もちろん、ルフレミさんみたいな例外は存在するけど、現役の冒険者で関わった人物は威圧的だ。
「その点ミリエナちゃんは問題ないよね。女の子同士だし」
『女の子? レイは違う、歳を取り過ぎてる』
「うるさいよ! 肉体年齢は若いんですっ。だから女の子で間違ってない!」
精神は大人のままでも体が若ければ女の子なのだ。
幾つになっても若く扱われたい、でも子ども扱いは馬鹿にされてるみたいで嫌。そんな、複雑な乙女心なのだ。
そもそも、精神的にもまだ24歳だから全然若いし、年寄りみたいに言わないでほしい物だ。
とだまちゃんだって歳……あれ? とだまちゃんって幾つなんだろうか。勝手に同い年ぐらいだと思っていたけど実際はどうなんだ。年下だったりするのかな?
「そういえば、とだまちゃんは何歳なの?」
『……発生してから、凡そ6年ぐらい』
「えっ!」
6年というと小学生1年ぐらいってことか、だとしたら精神が成熟しすぎだろう。
それに、発生とは一体なんだ? その言い方をするなら、生まれて何年と言うはずだ。この違和感はとだまちゃんの秘匿する何かが含まれていそうだ。
「発生ってどういうこと?」
『……』
やはり、黙り込んで情報を開示しない。
反応から察するにとだまちゃんが秘める内容と抵触するらしい。ならばこれ以上の追及は無駄だろう。
「おっけー、知る必要がないって奴ね。了解了解」
『そうだけど、なんかうざい』
「そんなっ!」
森に優しく日の光が差し込む中、順調に薬草を採取していく。
「うん、私なにもしてないや」
気付けばあっという間に数時間が経過している。とだまちゃんの獅子奮迅の活躍のお陰で、かなりの数を収集することができた。およそ3回分はあるんじゃないだろうか。
薬草採取の依頼は少し特殊で記載されている本数以上持ち込んでもカウントがされる。20、40、60と20本毎に報酬が支払われるのだ。ただ、残念ながらランク昇格に必要なポイントは加算されない。
「それじゃあ、戻ろうか」
『うん』
そうして、町へ戻るために立ち上がった時、遠くの方で叫び声が聞こえてきた。
それと同時に金属同士が擦れる音や何かが破裂したような響きが耳に入る。
これは戦闘を行っているに違いない。聞こえる方向からすると、位置は森の少し奥の方だ。
私が採取を始めた頃、荷車を引いて奥に向かう冒険者の集団を見かけた。きっと木材運搬の依頼を受けた連中が襲われているのだろう。
「確認しに行ってみる?」
『どっちでもいい。でも、魔物を倒せる可能性は高い』
「じゃあ、急いで進まなきゃ」
冒険者同士で戦っていることもあるまい。ならば魔物であると考えるのが自然だ。
直接的に手出しはしないつもりだが、おこぼれを頂けるかもしれない。
久しぶりに至福の時間を味わえるかも。
私達は周囲に誰も居ないことを確認した後、浮遊を使って音の鳴る方向へと進んでいった。
5分ほど進んだ所で前方で戦闘を繰り広げる集団を目視できた。木が積まれた荷車を中心に7人の冒険者がゴブリンを相手にしている。
長い間、激しい戦闘音が響いていたのでどんな魔物なのかと思ったがゴブリンだったとは。だが、同時に納得もいった。
2、3匹居た所で鎧袖一触にされるゴブリンだが、襲撃をしていた奴らは数十もの群れだったのだ。
見た感じ冒険者達は大した怪我は負ってないようだが、多勢に無勢であるためか徐々に押され始めている。
また、ゴブリンは枝だけでなく、錆びついた剣や斧までも装備していた。
彼らを囲むように布陣しているゴブリンは背を向けて、こちらには露程も注意を払っていない。私からすれば格好の的だ。
自ら隙を晒してくれているなら後ろから少しずつ、削ってやろうではないか。
落ち葉に当たらない程度に高度を下げる。そして、発見されないように近くの木まで移動して身を隠す。
これで浮遊の有効範囲内だ、私は腰に付けた短剣を操りゴブリンの首筋に狙いを定める。
槍は目立つが短剣ならば問題はない。練習の成果を今こそ発揮する時である。隠密幽霊、アサシンゴーストの技を味わうが良い。
ヒュ、ヒュ、ヒュッ
3本の短剣でゴブリンを刈り取る。最後方で武器を振り回し、騒ぎ立てていたゴブリンは首を貫かれ沈黙する。
ドサッと音を立てるが森に響く剣戟やらゴブリン奇声でかき消された。
木々を移動しながらゴブリンを一撃で仕留めていく。未だ仲間が倒れ伏していることにも気付かず、目前の獲物に注目している。
「簡単過ぎ。襲われてる彼らには申し訳ないけど、面白くなってきたよ」
『あまり調子に乗らない方がいい。単純ミスが発生する』
「大丈夫だって、ポカミスなんてやらかさないよ」
『どうだか…』
突き刺さった短剣を抜き、すぐさま別のゴブリンへと射出。闇に紛れ一方的に、静かに蹂躙していく。
数分の間に10匹ものゴブリンを片付けた。最後尾にいた奴らはこれで全部だ、後は真横や角度的にバレそうな位置に停滞していて容易に手が出せない。
「さて、次はどう調理しよう」
『囲いを形成している奴らをどうするかが問題』
木の幹から生える細い枝に手を掛けて、ゴブリンの背中を見やる。
「腱を切って動けなくするとか? うん、冒険者達も有利になりそう」
『いいと思う。足元なら見つかりにくい』
「でしょ?」
我ながら良いアイデアを出せたものだ。攻撃の際、私が見つかっても這ってしか移動できない。
直接倒せはしないが、歩けもしないゴブリンなんぞ眠らすのは造作ない。それに、抜く動作が必要ない分、突き刺すより効率的に傷を与えれる。作戦は決まった。
「どれからにしようかな」
ターゲットを決めるため、身を乗り出そうと手に力を入れた瞬間だった。
パキッ
細かったからだろうか、手を置いていた枝が折れて戦場に乾いた音を立てた。
喧騒の巻き起こる戦場であってもそれは嫌に響き渡る。そして、背中を向けていたゴブリンが振り向くには十分な音量だった。
「グギャー! ゴギャー!」
「グゴガッ! グギャ!」
1匹にバレれば伝播するように周囲のゴブリンも連鎖する。そんなゴブリン達の目には、身を乗り出した私の姿が手の施しようもない程、鮮明に映し出された。
「あ」
『やっぱりやった! だから注意したのに!』
号令を掛けたかの如く、10数匹が一斉に走って来る。
まずい、距離を空けないと。道路で出会った頃と違い冒険者が近くにいる。
上空に逃げれば背の低いゴブリン越しに見られてしまうだろう。水色のマントを羽織った姿を目撃されれば私と結び付けられるかもしれない。
そうなってしまえば、芋ずる式に私の正体まで判明してしまう可能性がある。ここは見えない場所まで離れるべきだろう。
私は急いで視線の通らない森の深部へと向けて移動した。
完全に引き離せれば良かったのだが、ゴブリンは以前のような俊敏性を見せ追いかけてくる。
だが、金属のぶつかる高音は遠くなった。よし、これで遠慮なく全力で戦える。
浮遊を改めて念じて、高くまで飛翔する。眼下には見上げるゴブリン、右手には槍を携え短剣が周りを漂う。
「では、第二ラウンドと行きましょうか」
『今更カッコつけても遅い、さっきの失態は取り返せない』
「うっ。ちょっとぐらい許してよ…」
とだまちゃんはお怒りのご様子。警告されてたのにも関わらず、不注意で見つかったからごもっともではあるけど。
「グキャ!」
「おっと」
ゴブリンが斧を投げつけて来るが浮遊で受け止める。無駄なことだ、傷つけるどころか追加の弾を補充してくれただけ。
やられっぱなしは好きじゃないし、早速お返しと行きますか。
「はっ!」
手ぶらになったゴブリンへプレゼントだ。あなたの落とした斧はこの錆びたついた斧ですか? 回転しながら飛んで行き、刃は深くまで体を切り裂く。
まずは1匹、残りはまだ10匹以上存在している。お代わりは大量、わんこそばならぬわんこゴブリンだ。
血しぶきを上げる仲間へ、驚愕の眼差しを送っていたゴブリンに短剣を射出する。
ザクッ
短剣の突き刺さった3匹は悲鳴を上げながら地面へと倒れこんだ。敵前で立ち止まったまま、棒立ちするのは厳禁だぞ。
間髪入れずに急降下して槍を突き出す。後ろへ飛び退き、避けようとしても無意味だ。腕が伸びきったタイミングで槍を撃ちだして追撃。
「グガッ…」
私の槍は通常の倍以上射程があるのだから、後方への回避は悪手だよ。これで合計5匹目の犠牲者だ。
まだ敵が惚けている間にできる限り数を減らす。
透過すれば無効化できるとはいえ、お気に入りのマントやブローチなど身に着けている物まですり抜けてしまう。
できれば使いたくない技である。
ザクッ ザクッ
短剣を引き抜いて、正面から攻撃を仕掛けてくるゴブリンをめった刺しにする。
その隙を狙って、左右から剣を振り上げながら突っ込んできた。
残った1本の短剣を左のゴブリンへ飛ばしてけん制する。急いで右手の槍を大振りに薙いで、振り下ろされる剣を弾き返した。
ギリギリだった、知能が低いと余裕をかましていて切り裂かれる寸前である。挟撃とはゴブリンもなかなか侮れない。
稼いだ時間を使い上空へ再び退避する。槍を右のゴブリンへ、左手で短剣が腕に刺さったゴブリンを狙う。
「とだまちゃん行くよ! グラッジスピア!」
2本の槍は同時に撃ち込まれ、緑色の肌を突き破って土を穿つ。
「ゴキャー!」
数少ないゴブリン達が上空にいる私へと武器を投擲してくる。さすがに数が多く対処できないため、落ちるように地面へ降り立つ。
『後ろ!』
かけられた声に後ろを振り向けば、急接近していたゴブリンがナイフを突き出してくる。
ダメだ、距離が近すぎる。避けられない…ならば!
刹那の間にナイフへと浮遊を念じる。右へとずらすように引っ張り、私は地面を蹴って左へ体を傾ける。
シュッ
右肩を切っ先が掠り、ギザギザの線が引かれる。だが、お前の攻撃は躱したぞ。
背後へと飛び出したゴブリンに向けて槍を射出する。鳩尾に石突が突き刺さり、吹っ飛んでいった。
残りの敵は3匹だ。
さあ、これでフィナーレと行こうか。私の周囲には死体から引き抜いた短剣が浮いている。
武器を失い、大勢の仲間が転がっている悲惨な状況に屈したのかじりじりと後退していく。戦意喪失した様子だけど、生憎と見逃す程優しくはないよ?
背を向けてなりふり構わず逃げ出したゴブリンに向けて、短剣を撃ち込む。しばらく藻掻いていたが赤い染みが広がるにつれて冷たくなった。
森には静寂が戻り、辺りには動く人影は存在しない。
「私の勝ちっ!」
こうして、不注意から発生したゴブリン戦を制したのである。
だが、木のうろから一部始終を見つめている少女が居たことは、知る由も無かった。




