24.ミリエナ・ペトレ
少しリアルが忙しくなったため不定期投稿になります
レイが森の奥へ向けて移動を始めると同時刻。
森には冒険者の集団が居た。
「おい、そっち誰か持て」
「わかった、今行くぜ」
「木が倒れるぞ! 気を付けろよ!」
数人で丸太を荷車へ運び、別の場所では斧で木を切り倒している。
そんな冒険者達を只々、青髪の少女は離れた所から眺めているだけだった。
また邪魔って言われちゃった。きっとこの依頼も失敗として扱われるんだろうな。
「はぁ、今日もだめだった」
最近ずっと失敗ばかり。このままじゃアイツを倒すどころか冒険者から除籍されちゃう。
躓いている暇なんて無い、早くあの魔物に近づくために力を付けないと。
石に腰掛ける小さな影は、下唇を噛み膝の上に置いた手をきつく握りしめた。
「っっ!」
静かに慟哭している少女をよそに周囲はにわかに騒ぎ出す。
「なんの音だ?」
「わからん、だがこっちに近づいてくるぞ」
作業をしていた冒険者達は荷車に集まり武器を構える。その瞬間、緑色の波が吹き出し彼らを囲んだ。
漸くそこで内に浸っていた少女も騒動に気づく。他の冒険者と合流しようと立ち上がるが、ゴブリンに遮られ近づくことはできない。完全に孤立しているのだった。
「どうしたら…」
すると、呆然とする少女に向けて1匹のゴブリンが走ってくる。
突然の襲撃に恐怖が駆け上り表情を歪めながら、わけもわからず走り出す。
こわい、こわいよ。どうして? なにが起きてるの?
奥の方へと突き進んでいく姿を追いかけ、ゴブリンも後を続いて暗闇へ足を踏み入れる。日の傾いた森は光が届かず夜の支配する世界だ。
「グギャ!」
全力で逃げるがゴブリンの方が僅かに速く次第に距離が縮まっていく。振り返ればすぐ傍まで近づいていた。
「きゃっ」
足元が疎かになり、木の根に躓いて地面へと転がる。
いたい、一体なにが…。ってゴブリンは!
転げた体勢のまま顔だけ起せば、ニタニタと笑みを溢しながら手を伸ばしていた。
「いや!」
手を振り払い急いで身を起こす。そして、腰に下げた剣を抜き放ちゴブリンと対峙する。
しっかりして私! ゴブリンに怯えてる場合じゃない、戦うんだ!
震える手を抑えるように剣の柄を握りしめる。
魔物と戦うのは初めてじゃない、落ち着いて。何百何千と繰り返して来たんだもん、大丈夫。果物と同じように突き刺すだけ、そう簡単なこと。
アイツを倒すまで止まってなんかいられないんだ!
ゴブリンが斧を振り上げながら、距離を詰めてくる。
今だ!
「はあぁっ!」
剣を水平に構えたまま飛び出し、剣を持った腕を伸ばす。
ザクッ
「グッ、ゴハッ」
突き刺された所を抑えながら膝を付くゴブリン。腕をだらりと垂らし斧が地面へと落ちた。
や、やった、倒せたんだ。
汗を滴らせ、浅い呼吸を繰り返しながら剣を引き抜く。
そうだ、他にも来るかもしれない。今のうちにどこか隠れないと。
周囲を見渡し隠れれそうな場所を探す。そうしていると木の根元に穴が開いているのが視界に入る。迷わず近づき、木のうろへと身を納めた。
…やっぱり私には無理なんだ。皆みたいに戦わずに1人だけ逃げ出して。1匹倒したけど、また怖くなってこうして身を隠してるし。アイツを倒すなんて夢のまた夢なんだ。
木のうろで体を抱えるように身を潜める。
そうして、幾らばかりか時間が経過した時だった。複数の足音がする、身を縮こまらせ剣の鞘を抱きしめた。
きっとゴブリンが仲間を探しに来たんだ。見つかったらどうしよう…。
だが、震えながら固まっていると聞いたことのある声が聞こえてくる。ハッとして、恐る恐る外の様子を伺った。
「この声って…」
間違いない、レイさんだ。あのマントと槍には見覚えがある、でもなんでここに居るの?
―――――――――――――
「ふう。ちょっと危なかったけど、これのお陰で余裕で倒せたよ」
回収してきた短剣を見る。厚めの刀身は欠けることも無く、鈍く光っていた。
月が姿を現し、葉の間から淡く照らしている。
「でも、マントが引き裂かれたのは最悪」
『刺されるよりはマシ。物はいつか壊れる』
「そうだけどさぁ、刺繡があって色もカワイイからお気に入りなのに」
肩口は切れ味の悪いナイフで割かれたことで、繊維の束が飛び出していた。単純に縫っただけでは修復は出来そうも無い。
『レイ、ブローチが無い』
「え? ホントだ。嘘、どこかに落としちゃった?」
マントの胸元に付けていたブローチが姿を消していた。急な動きを繰り返したから留め金が外れたのだろうか。慌てて辺りを探すが見当たらない。
「どうしよう、これじゃあ町に戻れないよ」
ガサッ ガサッ
ブローチを探して草を搔き分けていた時、前方で落ち葉を踏みしめる音がした。槍を構え、短剣で音の発生元を狙う。
「ゴブリンの生き残り?」
『わからない。でも、来た方向とは逆』
「だとしたら、別の魔物かな」
緊張と共に何者かを待ち構える。背の高い植物で姿は確認できないが音が大きくなった。もうすぐ草から出てくるだろう。
そして、その足音の主が正体を現す。
背の低い体、身を包む皮鎧。腰に帯びた細い剣、歩くたびに揺れる青い髪。
「ミリエナちゃん!?」
なんでこんな所にミリエナちゃんが? いや、依頼で森に入っていた可能性もある。ただ、何にせよタイミングが悪すぎる。
激しい動きをしたので、マントのフードが脱げている。さらに、擬態に使用しているブローチを身に着けていない。確実に私の秘密にしていたことが露わになっているのだ。
手遅れだと思うが急いでフードを被ろうとする。そんな私の慌て具合を歯牙にもかけず、ミリエナちゃんは目の前まで歩いて来た。
「あー、こんばんは。ミリエナちゃん、奇遇だねっ」
「こんばんは、レイさん。これレイさんの持ち物ですよね?」
そう言って、両手を差し出される。手のひらに乗っていた物は間違いなく私のブローチだった。
「何かが飛んでいったのが見えたので、拾いに行ったんです」
なるほど、どこかへ飛ばされたブローチをわざわざ拾ってくれたようだ。落ち葉や雑草でまみれた森の中で、小さいブローチを見つけ出すのは苦労するから非常に有難い。
だがしかし、ということは戦闘を行っていた時も見られていた、という訳ではないか。故に私が浮遊できて体が透けている、物を射出できることなど全てバレているのだ。
「あ、ありがとう」
ミリエナちゃんからブローチを受け取った。
ちょっとこれは言い訳できないよね。誤魔化せたりなんて絶対無理だよ、どうしよう…。
「心配しないで下さい、今日のことは誰にも言いませんし、追求もしないです」
「え? そうしてくれると嬉しいけど、疑問に思わないの?」
「レイさんは私なんかより凄い冒険者。それだけです」
ミリエナちゃんは俯きながら、そう溢した。その姿は以前の私を彷彿とさせる。弱々しく、心が折れてしまったようにも映った。
ギルドで初めて話した頃の溌剌とした笑みを浮かべていた彼女は居なかった。
私がパーティー結成を断ったことが原因なのだろうか。それならば、本当に申し訳なくなってくる。
だが、ミリエナちゃんは隠していた本当の姿を見ても、悪感情は湧いていないようだ。私の懸念していたことが起きないなら、一緒に行動しても問題はない。
偶然の出会いだったが、これは良い結果になりそうだ。私のことは追々伝えればいいだろう、早速パーティーについて伝えよう。
「ミリエナちゃん。前にパーティーについて断ったのは、これを隠したかったからなの。魔物みたいに見えるから、躊躇ってんだよ」
「……」
「でも、ミリエナちゃんが何とも思っていないなら、パーティーを組みたいと思うよ」
「っ!」
「だから、ミリエナちゃん。一緒に依頼を受けませんか?」
ミリエナちゃんは黙ったままだ。嬉しそうな表情を浮かべたから、直ぐに了承してくれると思ったが、今はまた暗い表情に戻ってしまった。
「ごめんなさい。止めておきます」
「…どうしてなのか聞いてもいい?」
しばらく黙っていたが、ゆっくりと理由を話してくれた。
「もう。いいんです、諦めたんです。冒険者でいることを」
「うん」
「向いていないんです。だって、魔物から逃げ出したんですよ? 怖くなって、他の冒険者を置いて、1人で逃げたんです」
ミリエナちゃんは白くなるほど拳を握りしめていた。
「魔物に怯えて隠れて、震えてたんです。そんな奴が冒険者で居ても、邪魔にしかならないです」
「私は両親の仇を取るために、冒険者になったんです。冒険者だった両親はアイツに2人共殺されました」
「うん」
「でも、あの魔物を倒すには強くないと太刀打ちできないです。お母さんが使っていたこの剣を使っても私は強くなれない。昔から弱いままなんです」
「うん」
「もう無理なんです。だから、パーティーは組めないです」
ミリエナちゃんは相当弱っているようだ。強くなれない自分が嫌になって、全てを諦めてしまおうとしている。
「仇を取るの、諦めちゃうの?」
「レイさんみたいに強かったら、諦めたくないです。でも、私は強くないから」
「別に私は強くないよ」
「嘘つかないでください! あんなに大量のゴブリンを瞬殺して強くない訳がないです!」
「弱いよ、私は」
「実は、私ね。死んでるの」
「え? 何を言ってるんですか?」
「ホントだよ。辛い現実から逃げたくて、生きることを諦めたの。自分で自分を殺したんだ」
この世界に来る前のことをミリエナちゃんに語る。信じてもらえなくても構わない。私が感じたこと、思ったこと全てを話した。
「後悔してるんだ、あの時諦めたこと。だって、新しい幸せからも逃げたわけだし。残りの人生で受け取るはずだった物を全て捨てたんだよ、私は」
「……」
「後悔する生き方はやめた方がいい、最近そう思うようになったんだ。だから、私はこの世界で絶対に幸せになってみせる、後悔しないために」
「ミリエナちゃんはどう? 諦めて後悔しない?」
「それは…」
「もちろん、時には逃げることも大切だよ、逃げるしかない時もある。ただ、それで後悔するなら逃げちゃダメだとは思うけどね」
そこまで言って私は言葉を切った。さて、ミリエナちゃんはどのような選択を選ぶ?
仇を取りたいという気持ち、諦めて後悔しないかな。私だったらきっと後悔するな、大切な人が亡くなった時、もっと一緒に居ればよかったって思ったもん。
内容は別物だけど、大切な人に関してはどれも同じように感じると思う。
「私は…」
ミリエナちゃんは顔をゆっくりと上げる。真剣な表情で一心に見つめてくる。
「諦めたくないです。両親の仇、取りたいです!」
「いい選択だと思うよ」
「きっと迷惑を掛けます。それに、最初は大して役に立たないかもしれないです」
「うん」
「でも、強くなります。いつか絶対に恩は返します」
ミリエナちゃんは頭を下げながら私へ言葉を紡いだ。
「だから、一緒にパーティーを組んでください!」
「もちろん、これからよろしくね」
「はい!」
なんか我ながら臭いことを言ったけど、ミリエナちゃんはの力になれたようで良かった。これから、色々話さないとね。とだまちゃんのこともまだ伝えてないし。
ただ、今は新しい仲間の誕生を喜んでおこうかな。




