22.出会いと別れ
喧騒の絶えない冒険者ギルドで、突如罵声をかけられた私は振り返った。
目の前には赤ら顔の大柄な皮鎧を身に着けた男。そして、身を縮こませる青髪の少女。その2人に視線を向けている冒険者達。
誰1人として私に注目している人物は居なかった。
「あれ、嘘…勘違いだった?」
声を掛けられたと思っていたが、自意識過剰になっていたみたいだ。背の低い奴とは視線の先に居る少女を指していたようである。
150センチ程の私よりも更に低身長だ。恐怖から背を丸めているので余計に小さく見える。
「こんなほっそい剣で魔物を倒せる訳ないだろうが」
「か、返してください!」
よく見れば、酔っ払いに絡まれていたのは市場で大道芸を披露していた女の子だった。依頼終わりに酒を飲み、気が大きくなった冒険者に難癖を付けられているのだろう。
「お前みたいな雑魚はギルドにいらねえんだよ。さっさと辞めちまえ」
親しくもないだろうに何て言い草だ。見た目で決めつけて勝手な妄想を押し付ける輩は許せない。
名前とロングの髪から根暗と決めつけて、有ること無いこと噂を流された身からすれば、憤りしか感じない。
その上、幼い少女に対して大柄の成人男性が武器を取り上げ、怒鳴り散らかす姿は非常にみっともない。
「聞いてんのか! 冒険者を辞めろって言ってんだよ」
「や、やめてください。剣を返して! 大切な物なんです!」
周囲の冒険者は、はやし立てるばかりで止めようともしない。ギルド内での争いはご法度だが少し薄情ではないか。
ギルド職員も騒ぎに気付いていないのか、誰も止めに来ない。これは私が動くしかないだろう。
「その辺にしたらどうですか」
「ああん? なんだお前。俺に言ってんのか?」
カウンターの列から離れて、騒動の中心へと割り込んだ。いつでも対応できるように身体強化の準備を進める。掴まれても圧倒できるはずだ。
『既に長時間発動しているから使用は控えて』
「わかってるよ。でもあの子を助けないと」
とだまちゃんに釘を刺されたが今回は譲れない。短い時間なら使っても問題ないと思うし。
『はあ、無理はしないこと。それが条件』
「ありがとね」
「なにぶつぶつ呟いてやがる。さっさと答えろ!」
「そうですよ、品性に欠ける貴方に言ってます」
「なんだと? やるってんのかお前。いいぜ、後悔させてやる!」
手に持っていた少女の剣を床へ投げ捨て、腕を振り上げながら突っ込んできた。
大柄な体である故か、駆けよってくる速度は速くない。拳を受ければ間違いなく吹き飛ばされるが、当たらなければ心配は無用だ。
それに、殴りかかってくるなら、その方が処理しやすい。私は体重が乗っている男の右足へ、浮遊を念じ後ろへと引っ張る。
「うおっ」
男はつまずいたように体勢を崩して地面へと倒れこむ。したたかに顎を打ち付けられ、直ぐには起き上がれない。その間に槍を取り出して、穂先を無防備に晒されている首元へと突きつけた。
「まだやりますか?」
地面に叩きつけられた衝撃で酔いが覚めたのだろう。倒れ伏した状態のまま、手首だけで降参するように手を上げた。
初めて人に対して槍を向けたので少し気が立っている。心臓があればバクバクと激しい鼓動を鳴らしていただろう。
槍で傷つけるつもりは勿論ないが、僅かでも手元が狂えば貫いていたと考えれば怖くなってきた。
「ふう」
落ち着き取り戻すために言葉を吐き出しながら、槍を背中へと戻した。話が通じないため、手荒な解決となったが一件落着だ。
床に捨てられた剣を拾い上げて女の子に手渡す。
「はい、これ。大丈夫だった?」
「ありがとうございます! 大事な剣だったので助かりました!」
剣ではなく、怪我などしていないかという意味だったが…。まあいいか、元気そうだし。
苦笑いを溢しながら少女から感謝の言葉を受け取っているとドタドタと騒がしくなる。
「一体何ごとだ!」
今更になってギルドが動き出したみたいだ。眼鏡をかけた真面目そうな男性職員と今朝カウンターで対応してくれた受付のお姉さんがやって来た。
「おい、貴様。状況を説明しろ」
成り行きを傍観していた冒険者に事情を問いただしていた。なんか、高圧的な生徒会長とそれに付き添う冷静な副会長に見えてきた。どちらも黒髪で目つきも鋭いし、規律には厳しそうだ。
「ふん、そうか。貴様が原因の発端か。問題を起こしよって、ここがどこか分かっているのか!」
状況を把握した生徒会長は私を睨みつけてくるが、ギルドが率先して対処すれば起きなかっただろうに。悪者仕立て上げられ、反感を覚えた私は口を開いた。
「いえ、原因は床で寝ているこの人です。私はこの子を助け…」
「黙れ! 口答えは許さんぞ!」
『こいつ性格悪い』
とだまちゃんに完全同意だ。話を聞くつもりはないのか途中で遮られる。
「いいか! 貴様はな…」
「……は……の…で……」
叫び出した生徒会長に受付のお姉さんが耳打ちを始めた。何を伝えているのかは、声が小さいため聞こえない。
「なんだと、本当なのか?」
「間違いありません。直接対応いたしましたので」
「くっ、いいだろう。こいつは私が連れて行く、ベルナは後処理を行え」
「承知いたしました」
百面相をしていたと思えば、元の厳しそうな表情に戻った生徒会長が話しかけてくる。
「貴様をギルドマスターがお呼びだ。付いてこい、先導する」
なんで? ギルドマスターが私を呼んでるって、普通なら別室で取り調べとかじゃないの?
私の混乱をよそにどんどん進んでいくので慌てて後ろへ追従する。カウンター脇の階段を上り、2階へと付いて行く。雰囲気が変わり、廊下には花の生けられた花瓶や絵画などが飾ってある。
2階にギルマスが居るのかと思っていたが、さらに廊下を進むと再び階段が現れた。
「ギルドマスターは3階にいらっしゃる」
振り向きもせずに言い放つと、階段を登って行った。歩幅が狭いため、置いてれないように小走りで追いかける。
およそ2分ほど歩いたところで、豪華な装飾が施された扉の前へ到着した。
コンコン
「セドリックです。例の少女を連れて参りました」
「入るといい」
「失礼します」
室内へ入ると正面に配置された執務机の奥に、白髪交じりの男性が座っていた。両肘を立て眼前で手を組みながら、口角を上げている姿はどう見ても悪役の親玉である。
「来たか。まあ、掛けたまえ」
生徒会長、もといセドリックが壁際から椅子を出して、机の前に置く。私はビビりながらも大人しく席に付いた。
「ギルドマスターのランドルフだ。よろしく頼むよ、レイ」
一体、何の用件だろうか。ギルドで争っただけでギルマスに呼び出しを喰らうはずがない。名前も知られているようだし、勘違いという線も薄い。もしかして、私の正体でもバレたのか?
「そこに居るのは……」
「サブマスターのセドリックだ。不埒な真似などするなよ」
眼鏡をクイッと正しながら威嚇してくる。凄く嫌味っぽい人だ、友達少なそう。
「さて、君を呼んだのは他でもない。直接確認したい事柄があるからだ」
「確認ですか?」
「そうとも。君はユリアーナの所で生活しているのだろう?」
「え、何で知って…」
「単純な話だ、本人から聞いたからだ。それに、彼女とは長い関係でね。でなければ彼女がギルドの情報を知り得ているはずがないだろう?」
言われてみればその通りだ。町の英雄だとしても冒険者ギルドが得た知識を軽々と共有しないだろう。ユリアーナさんがギルドと繋がっていなければ入手できない情報もあったのだ。
でも、話を聞いているなら確認したい内容とはなんだ。ユリアーナさんは全てを伝えていないのか? ギルマスは一体どんなことを知りたいのだろう。
「ギルドマスター、本当にこやつで合っているのですか?」
「そうとも。例の少女、レイだ。…クククッ」
「え?」
含み笑いを溢して腹黒そうにしているが、発言の内容はただのダジャレ大好きおじさんだ。もしかして、実はそんなに悪い人でもない?
急に執務室へ連れていかれたので警戒していたが考えすぎだったのか。
「それで、確認したいことって何ですか?」
セドリックは呆れた表情をしているし、ギルマスは笑うばかりで進まないのでこちらから話を振った。
「なに、君がギルドに害を及ぼさないか見たかっただけだ。目的は既に達したようなもの」
ギルマスはどうやら直接会って話すことが目的だったらしい。ユリアーナさんから私のについて説明を受け、目を掛けるように頼まれていたみたい。
ただ、魔物の性質にも類似しているので、念押しとしてこの場を設けたと語っていた。
ユリアーナさんは心配してくれていたんだ。出会って間もない私にここまで心配りしてくれるなんて、素晴らしく良い人である。
「でも、もういいんですか? まだ、数分だけですけど」
「問題ないさ、君は悪さをする玉じゃない。私の人を見る目は確かだ」
「じゃあ、もう帰っても?」
「いいだろう。帰りもセドリックに案内させよう」
忙しいのか早くも私から目を離して書類に向かっている。なんだか、掴みどころのない人だ。
ギルマスの執務室を離れた私とセドリックは1階へと移動していた。
「貴様、依頼を受けたのだろう。完了したのか?」
「あ、はい。3つとも終わりました」
「なら、割符を出せ。依頼主から受け取っているだろう」
困惑しながらもポーチから割符を取り出してセドリックに渡す。
「ふん、間違いないな。こちらで対応してやる、後日報酬を受け取れ」
再びカウンターに並ばなくても報告済みとして扱ってくれるらしい。高圧的な嫌らしい奴かと思っていたが優しい所もあるじゃないかセドリック。
「言っておくが今回だけだ。ギルドマスターとの会談のついでに過ぎない」
「ありがとうございます」
「あと、騒ぎを起こしたことも不問してやる。付け上がるなよ、次は無いからな」
なんだかんだ言われながら1階へと戻って来た。受付の行列に混じらなくてもよくなったし、帰るとするかね。
「あの子はどうなったかな」
ふと、思い出してギルド内を見回すと入り口の扉付近で青髪の少女と目が合う。その子は笑顔でこちらへと駆け寄って来た。
「よかったです、もう今日は会えないかと思いました。連れられて行かれましたけど大丈夫でした?」
「問題ないよ。突然過ぎてビックリはしたけどね」
「驚きです。だってサブマスターが出て来たんですから」
私の心配をしてくれていたようだ。確かにタイミング的に騒ぎを起こした内容で連行されたと考えるよね。
「あ、名乗っていませんでした。ミリエナ・ペトレといいます」
「よろしくね。私はレイ、レイ・フェイバレー」
「はい、よろしくお願いします。レイさん」
「そういえば、どうしたの? 私を待っていたみたいだけど」
「その…、実はお願いがあるんです」
「お願い?」
「はい、一緒に依頼を受けてもらえませんか?」
複数の冒険者が集まって行動を共にする場合、1つの集団として登録できる制度がある。それがパーティーだ、ミリエナちゃんは私とパーティーを組みたいと言っているのだろう。
「えっと、弱そうだからとパーティーを組んでもらえなくて」
確かに体の小さなこの子だと弱そうに見える。だから、同じような私に声を掛けてきたという訳だ。ミリエナちゃんと同様に身長が低く、線が細いので打って付けだろう。
「どうでしょうか?」
だが、パーティーとして活動するには秘密が多い。一緒に行動すれば食事やトイレに行かない私を絶対不審に思う。浮遊に関しても近くに居たらバレること請け合いだ。
私の実態を知っても気味悪く思わず、協力的ならいいのだが確証がない。打ち明けてダメでしたは、シャレにならない。申し訳ないが断らせてもらおう。
「ごめんね、今は1人で活動したいの」
「そう、ですか」
「ホントにごめんね。折角誘ってくれたのに」
「いえ、いいんです。慣れてますから…」
ああ、心が痛い。絶対慣れてないでしょ、確実に傷つきまくってるよね。
「お時間取らせてすみませんでした。それでは、さようなら」
「ちょ…」
別れの言葉を一方的に告げて彼女は去ってしまった。後味が悪い結果になったがしょうがない、だって幽霊だから。
月が照らす中、胸に苦い思いを抱え屋敷へと続く道を歩いた。




