16.刺激溢れるアプローチ
私はただ冒険者ギルドを見に来ただけなのに、どうして巻き込まれるの…。
「ふぎゃっ」
狙い撃ちでもされたように、入口前で佇んでいた私に飛んできた背中。回避叶わず呆気なく下敷きにされる。喧嘩するなら周りに危害が及ばないようにやってよね。
「くそっ、軽いなこの体は。あんな猿にぶっ飛ばされるなんぞ情けねぇ」
早くどいてくれないかなこの人。女性の体重に加えて巨大な刀のせいで身動きが取れない。このままだとプレスされるイカみたく、キューキュー鳴きながら煎餅になってしまう。
「あの」
「あ? なんだよ」
「私の上からどいてくれないですか?」
「ん? おお、悪ぃな。どっこいしょっと」
刀を支えにして女冒険者はようやく立ち上がってくれた。全く酷い目に合わせられて感動が台無しだ。もうさっさとこんな所は退出させてもらう、誠に遺憾である。
「あん? お前…」
何やら顔を近づけて凝視されている。って、フードが脱げてる! これはもしかして幽霊だとバレてたりする?
普段から戦闘に関わっているから勘が鋭い可能性がある。やばいぞ、これは逃げなければ襲われるだろう。
「さようなら!」
私は急いでフードを引き下ろし、脱兎の如く逃げ出した。扉に体当たりするように押し開きながら、外へと飛び出す。
どうしよう、人垣で落ち着くまで隠れようと思ったが人がまばらだ。どこかに身を潜めれそうな場所がないだろうか。
「おい! てめぇ待ちやがれ!」
振り返れば先ほどの女性が追いかけて来ていた。これは悠長にしている暇など有りはしないぞ。
冒険者ギルドに向かう途中に脇道があったはずだ、そこで一旦視界を切って浮遊で上空に避難しよう。
私は路地裏に向けて猛然と走り出した。周りに不自然に思われない程度に浮きあがり跳ねるように移動していく。
「なんだよ、ガキのくせに速ぇな!」
路地裏を全力で移動するが女性には敵わないらしく、全然引き剥がせない。瞬く間に追い付かれてしまう。
「待てや! 忘れもんだぞ!」
「え?」
「これお前の服に付いてた奴だろ?」
その言葉にゆっくり立ち止まる。マントを見下ろせばブローチが見当たらない、ぶつかった拍子に落としてしまったようだ。
「ほらよ」
投げて寄こされた物は間違いなくユリアーナさんから渡されたブローチであった。ホッと胸を撫で下ろしたが重大な問題に気づく。
これをギルドで落としたならば透けている体を晒していた訳だ。無いはずの心臓が跳ねた気がした。
「ようやく見つけたぜ。聞いてた姿と違げぇから戸惑ったぞ」
「はい?」
「お前と同じで俺もあいつに連れてこられたんだよ」
「…どういうこと?」
「なんだ、忘れたんか? 八ッ、まあいいさ。俺はあいつの元に連れていくだけさ」
連れてこられた? 私と同じ幽霊だとでも言いたいのだろうか。汗が額に浮いている時点でどう見ても肉体を持っている。根本的に考え方が間違っているのか。
私と違って生きたまま異世界に来たならば肉体を得ている理由は納得だ。だが、どうしても、ちぐはくな印象を感じる。
細身で深窓の令嬢だとしても違和感が無い容姿なのに、男性のような言葉遣い。西洋人風な顔をしているが身なりは和装。
抑圧されて爆発した結果の言葉遣いだったり、憧れからの服装かもしれないが違和感が酷すぎる。
転生させた人物に興味はあるが、胡散臭すぎてこの人は信用ならない。
「ただ、その前に味見しても許されるよな。お前から強い気配を感じるぜ、たまんねぇ」
味見だとか強い気配とか意味の分からないことを呟いている。ブローチを届けてくれたのは助かったけど、これ以上相手をしたくない。さっさとこの場を離れよう。
『レイ! 気を付けて!』
「おらぁ!」
ヒュッ
振るわれた刀に断たれる寸前で後ろに飛び退く。完全には避けきれず頬を浅く切り裂かれた。
「よく避けたなぁ!」
そのまま女冒険者は刃を切り返してくる。すぐさま浮遊で槍を背中から取り外し、刀の軌道上に滑り込ませた。
あの刀は怨霊化時の槍みたいに刃周辺が揺らめいており危険だ。現に頬からは白煙が零れているのだから。
攻撃を受け流し、横に体をずらして避ける。横なぎの攻撃を飛んでやり過ごす。
道が狭いためなんとか戦えているが、ジリジリと後ろへ追いやられている。逃げようにも刀身が長すぎて隙を見せれば即座に切り捨てられるだろう。
振り上げられた刀を上体を反らして躱す、顎先を刃が掠めて風圧でフードがまくられる。
このまま戦闘を続けても私に勝ち目は無い。何でもいいから隙を生み出して逃げないとまずい。
攻撃を槍で受け止めながら後方の様子を確認する。
このまま少し行けば横道があるのが判った。あそこまで辿り着けば壁で攻撃は通らない。その間に上空に逃げれるだろう。
だが、このまま後退しながら向かっても飛び上がっている途中で切られる。少しでも距離を離さないと。
『グラッジスピアを撃ち込んで。相手が避けている隙に移動できるはず』
確かに、あの異質な風貌の槍なら警戒して受け止めようとはしないだろう。そうすれば避けるために攻撃も中断せざるを得ない。
問題はグラッジスピアを撃ち込む時間をどのように捻出するかだ。視界の端に木箱が積んであるのが見える。それなりに大きさがある、投げ付ければ多少は稼げるだろう。
よし、これで手札は揃った。まずは木箱を相手に放つ、木箱切り裂いてる間にグラッジスピアを発動する。そして、女冒険者が攻撃を回避する瞬間に横道へと飛び込む。
そうするとあら不思議。路地裏から跡形も無く消え去り、探している合間に私は優雅に空を満喫してるという算段である。
あとは横道に数歩近づき、攻撃直後のちょっとした硬直を狙う。
「逃げてばかりおらんで、本気を出しやがれや!」
ガキンッ
槍で攻撃を滑らし刃が地面を抉った。
「今だ!」
転がっている木箱を浮遊させ、髪を振り乱す般若に目掛けて射出した。
「じゃかしいわ!」
木箱は真っ二つに割られるが、勿論そんなことは織り込み済みだ。脳裏にあの情景を想い描き、憎悪を引き出す。
「私の想いを受け取れ、グラッジスピア!」
撃ち込むと同時に横道へと突っ込む。
完全に入り込む瞬間、横目で見た姿は何かを投げ終えた姿勢をしていた。
私は構わず上空までその身を浮かび上らせた。住居の屋根まで到達し、遠くまで続く赤茶色の屋根が視界を埋め尽くす。
太陽の光を町全体が反射する光景は、まるで夕日を映し出す水面のようで美しかった。
さて、こうして見事脱出が成功し、感動的な景色を目の当たりにしているが、楽しんでいる余裕など有りはしなかった。
「はは、まさか投げてくるとは思わないじゃんか」
わき腹を貫通するように刀が生えていた。
あの一瞬で攻撃を避けて私に刀を投げつけていたのだ。敵ながらあっぱれと言うしか無いだろう、私の計画などお見通しかのような見事な反応速度だ。
『レイ! 大丈夫なの?』
「なんとかね…」
痛みを堪えながらゆっくりと引き抜いて行く。刀身が長く抜き終わるまでが永遠かと思えた。腹を通り抜ける刃が擦れ、痛みを増大させる。
「くうっ」
引き抜いた刀を保持する気力も起きずに浮遊から解放された刀は屋根を滑り落ちていった。
『こんな時何も出来ないわたしが恨めしい…』
「こうして話せるだけでも十分助かってるよ」
『でも』
「大丈夫だって。とりあえず、ユリアーナさんの屋敷に向かおう」
手でわき腹を押さえながら町を進み、屋敷を目指す。だが、次第に浮遊を維持しているのも辛くなってきた。
「どこかで降りないと」
『あそこ! 誰も居ないし大通りに近い!』
とだまちゃんが槍から抜け出し方向を示す。そこは大通りにほど近い家の裏庭だった、家は雨戸が閉じられ中の様子は確認できないが好都合だ。
指示通り庭に降り立ち、身だしなみを整える。このままでは人前に出れないからだ。
ブローチを付けフードを目深に被って、とだまちゃんは槍に入ってもらう。体から噴き出す白煙に関してはどうしようもない、バレないことを祈るばかりだ。
大通り向けて重い体を引きずるように進んでいくが、なぜ悪い事象は続くのだろうか。前から人がやって来るのが見えた。
このまま何もなく通り過ぎてくれますように! しかし、残念ながらそうは問屋が卸さないようだ。こちらに視線を向けてるのがわかった、十中八九話しかけられるだろう。
「少しお時間いただいてもよろしいでしょうか? お急ぎの所申し訳ないのですが…」
私が悪いことをしたか? こんな状況でわざわざ来る必要があるのか。億劫に感じながらも対応をする。
「何ですか。できるだけ手短にお願いします」
「ありがとうございます。土地の経営に興味はございませんか? 現在管理者を募集しておりまして」
異世界でも営業に捕まるのか、しかも胡散臭い内容だ。なんだ土地の管理者募集って、怪しすぎるだろう。
顔は整っているが貼り付けた笑顔と頻繁に汗をハンカチで拭うせいで台無しだ。金髪、青目で王子様かと思う見た目なのに夏場のセールスマンにしか思えないよ。
「となるんですよ。いかかがでしょうか?」
「ごめんなさい、全く興味ありません」
「ああ、そうですよね。すみません」
随分とあっさり解放された私は歩みを進める。一体何だったのか謎だがしつこくなくて助かった。
「ああ! どうすればいいんだ!」
遠くで叫び声が聞こえた、きっとあの営業マンだ。ノルマの達成が厳しいのだろうか、異世界でも世知辛い世の中である。
道中、通行人に白煙が見つかることも無くユリアーナさんの屋敷へと辿り着いた。体の痛みは酷いがこれで一安心できる。
「あら、お帰りなさい。早かったのね、冒険者ギルドは楽しめたかしら?」
ああ、救世主のご登場だ。早速今日の出来事を伝え、助けを求めた。
「大変! わかったわ、こっちにいらっしゃい」
そう言われて連れてこられたのは様々な器具が置かれた部屋だった。机の上には幾つもケージが並んでいた。
「さあ、フェブラゲッコーよ。魔物を倒せば回復できるのでしょう?」
「ありがとうございます。助かります!」
これで傷も塞がり苦痛から解き放たれる。獣魂を吸収すると痛みが無くなり、わき腹から湧き出る白煙も収まった。
「大丈夫かしら?」
「もう大丈夫です」
これで一件落着だ。詳しいことはこれから話す予定だが、今は幸福感に浸っていよう。
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