15.邂逅激突
早朝であるためか町の中は未だ静かであった。
ちらほらと人は見かけるが喧騒は聞こえてこない。仕事場へと向かっているのか、皆足早にすれ違っていく。
荷車を引いている人もいる。あれは野菜だろうか、ぎっしりと詰まっていて重そうだ。
日が昇ったとはいえ、背の高い外壁で遮られて一部にしか光は伸びていない。薄暗い町を照らすのは等間隔で設けられている街灯だ。
ゆっくりと町は目覚めていく。どこかでカランコロンと鐘が鳴り始めた、きっと朝の迎えを告げているのだろう。
「人が少なくてよかったよ。完全にお上りさんだ」
『何か困ることがある?』
「だって恥ずかしいじゃん。あいつ田舎者だって思われたらさ」
『事実、田舎で暮らしてたから正しい』
「そうだけど……。はぁ、もういいや。ユリアーナさんの屋敷に向かおう」
大通りを直進して町のシンボル的な噴水に向かう。噴水からほど近い場所にユリアーナさんの屋敷があると聞いたのだ。
この町は幾度か魔物の大群に襲われている。その度に侵攻を退けた功績があるため、屋敷が贈呈されたらしい。
戦闘で大いに実力を発揮して、それでいて魔法開発でも貢献してるなんて滅茶苦茶凄い人だ。偏屈な性格だったらどうしよう、優しい人であって欲しいな。
真ん中に大きな噴水がある広場に着いた。端の方では屋台を準備する人の姿が幾つもある。
屋台ではどんな物が売ってるんだろうか。まだ文字が読めないので詳細は判別できないが荷物からして食べ物系かな。
買い食いしたいが生憎と食事を取れないので、屋台から目を引き剝がし屋敷を探す。さて、目的地はどこかな? お、アレっぽい。
手紙に押されていた紋章と同じ装飾が施された門を発見した。相変わらず複雑な形をしている。
門番のおじさん曰くこの紋章は特殊な術式らしい。インクに魔石が混ぜられており、起動すると輝きを発する。
書類などの真偽証明として主に使われるそうだ。王族や貴族、大商人などが所持しているため、偽造は極刑に処されるとか。お偉いさんしか使用できない特別な紋章である。
そんな紋章のお陰もあって簡単に発見できたが、屋敷は想像よりもこじんまりとしている。上品で綺麗な彫刻や整えられた庭園があるので安っぽさは感じないが。
さて、どうしようか。早朝にいきなり訪問するとか失礼になるよね、きっと起きたばかりだろうし。
門壁の前で考え込んでいると私の隣に人が立ち止まる。
「今日も美しい庭園ね。貴方もそう思うでしょ?」
「えっ」
「丁寧に手入れしているのがよくわかるわ」
その女性はスラっとした服を身に着け、大きめのローブを羽織っていた。足元にはスリットが入っており、チラリと覗く太ももが艶めかしい。
黄金色の髪を背中に流しながら、こちらを横目で見てきた。
一体誰だろうか、言い方からするとこの屋敷の住人か。ユリアーナさんでは無いな、年齢はコーディアルさんより年上のはず。目の前の人物は20代前半と思われる外見をしていた。
ユリアーナさんの娘さん? もしそうなら会いに来たのを伝えてもらえないかな。
「あのこの屋敷の人ですか?」
「ん? ええ、そうよ。ここで暮らしているわ」
「ああ、よかった。私、ユリアーナさんに会いに来たんですけど、早朝に尋ねるのは失礼かなと思いまして」
やはり住人だったみたいだ。よし、これで問題なく渡りを付けれるだろう。
「もちろん知っているわ。さあ、部屋に案内するから、付いてきなさい」
「ありがとうございます!」
なんと話が通っているのか。さすが救世の知識者と言われているだけある、根回しも完璧だ。
案内されてやって来たのは応接室のような部屋だった。ちょっと緊張する、お偉いさんとこんな場所で会話なんて、面接しか経験がないよ。
「さあ、楽にしてくれていいわ。お茶はいかがかしら?」
「い、いえ。お構いなく」
槍を抱えながら席に着く。傷つけてしまいそうで怖い…。
てっきり呼んできてくれるのかと思っていたが、彼女はお茶の用意を続けていた。ユリアーナさんの分のお茶かな?
「それにしても、随分と速く着いたのね。一日は掛かると予想してたわ」
「実は移動は得意なんです」
「あら、そうなの? 制限がないのかしら…」
お茶の匂いが漂ってくる。いい香りだ、こんな体でなければ絶対に私も注いでもらったのに。
「では、何から話ましょうか」
カップとポットを乗せたトレイを机に置いたかと思えば、そのまま私の正面に腰を下ろした。あれ? 娘さんと話すの?
「あのぅ……」
「何かしら?」
「ユリアーナさんに会いに来たんですけど…。本日はいらっしゃらないのですか?」
そう伝えると口に手を当てて笑われた。おかしなことを言っただろうか、よくわからないけど笑い方上品ですね。
「ごめんなさいね、やっぱりと思って」
「やっぱり…?」
どういうことだ? よもや騙されている訳も無いだろう、茶器の位置も知っていたから住人なのは間違いない。
正面を見れば未だ口角が上がったままだ。
目的を伝えれば迷う事もなく、ここに案内された。そして、目の前に座っている人物。もしかして?
「ユリアーナさん?」
「ええ。初めまして、ユリアーナ・ランジュレよ。ウフフッ」
「ええええ!」
どうやら最初から勘違いさせたまま、敢えて名乗らなかったみたい。外で話しかけられた時には私だと気付いていたらしい。結構お茶目な性格をしているようだ。
でも、私がユリアーナ本人だとわからなくても無理はない、なんせ彼女はエルフであったのだ。60歳は超えているコーディアルさんより年上だと聞いていれば、おばあちゃんが出てくると思うのが普通だろう。
髪を掻き分けて見せてくれた耳の先端は、尖っていたが長さ自体は人間と変わりなかった。
エルフや獣人も住んでいると聞いていたが実際に目にすると興奮してくる。生エルフだ、本当に尖っているんなんて不思議。コーディアルさんも教えてくれればよかったのに。
「次は貴方よ、フードを取って見せてくれないかしら?」
「すみません、直ぐ取ります」
今までずっと被ったままだった、ついでにマント自体を脱いでおこうか。
「完全に透けているのね、興味深いわ」
ユリアーナさんは私の傍まで近寄り、髪を手に取ったり、押してみたりと観察を始めた。そのうちに虫眼鏡みたいな物や魔法陣の書かれた紙なども出てくる。
これは一体いつまで続くのかな、なんだかモルモットになったみたいだよ。って、そこはくすぐったいですって!
・・・・・・・・・・・・・
「ごめんなさいね、つい我を失ったわ」
「……大丈夫です」
『本当に大丈夫?』
日はすっかり昇りお昼過ぎである。とりあえず、一旦観察は終了として後日また調べられるようだ。
今日は得た情報を元に考察したいらしい。また、とだまちゃんに関しても後々魔の手が伸びる予定だ。
「後は好きにしてもらっていいわ。屋敷で寛いでもいいし、冒険者ギルドに向かうのも手よ」
「冒険者ギルド!」
「興味あるのでしょう?」
「是非行ってみたいです」
「だと思ったわ。マントが脱げたら一大事よ、だからこれを身につけなさい」
そう言って手渡されたのは青色の魔石が嵌ったブローチだった。肌や体毛の色を濃くする効果があり、人に見せかけられるとのことだ。
「色相を変化させる予定だったけど、正しく効果が発動しなかったの。いわば失敗作よ」
失敗作だろうが私には非常に有効な品物である。たとえ見た目だけでも人間に戻れるのだから。
付けてみれば、もはや懐かしくもある自分の肌が戻って来た。透けていないのがこれほど嬉しいことはない。
「問題なさそうね」
「はい、大丈夫そうです」
「でも気を付けるのよ、荒くれ者が多いから。それと夜には帰って来るのよ、色々お話しましょ?」
「わかりました、中を見るだけにします」
町に入れたとしても観光などは満足に出来ないと思っていたので、これだけでも存外の喜びだ。
早速冒険者ギルドへ出発。場所はユリアーナさんに教えてもらったので、迷うことなく向かえる。
冒険者ギルドは冒険者の持ち込む魔物などを搬入するため、西門近くに居を構えているらしい。屋敷とは反対方向だがそこまで離れていない。
「どんな感じなのかな、楽しみだね」
『わたしは別に楽しみじゃない』
とだまちゃんはいつでもクールだ。そんなこの子がユリアーナさんに弄ばれる時が楽しみだ。声は私にしか聞こえないから遠慮なんてされないよ?
冒険者ギルドは3階建ての巨大な建物だった。鎧を身に着け武器を携帯した冒険者が出入りしている。見た限り人間だけ、やはりこの町は獣人などは少ないのだろう。
残念に思いながら、冒険者ギルドの扉をくぐった。
カウンターや酒場、紙の貼り付けられたボード前などギルド内は、多くの冒険者で賑わっていた。
どこを見てもみんな体格がいい人ばかりで圧倒される。私の身長ぐらいの剣を背負ってる冒険者もいるし。私みたいに身長の低い人はいない、そもそも女性の割合が少ないのも関係しているだが。
その数少ない女性も誰もがガタイがいい…いや、あの人凄い華奢だ。
カウンターの前で金髪を揺らしながら受付と話をしている女冒険者。その冒険者は身長と同程度の大きさの刀を肩に担いでいた。
へえ、異世界にも刀ってあるんだ。それにしてもおっきいな。
「おい、どういうこったよ。バケモンを殺しゃあ金をくれんだろ?」
「いえ、ですからここまでボロボロだと買い取れませんって…」
「ああ? なんでだよ」
「おい、女。お前ルフレミちゃんに文句付けてんのか?」
おや、揉め事に発展しているようだ。不穏な空気が漂ってる、ここは一度退散しようかな。巻き込まれたくないし。
「あ? 良いだろう、ぶっ飛ばしてやる!」
さて、初冒険者ギルドはこれでおしまい。では帰り……。
ドゴォ
物音に振り向いた私の視界は、吹き飛ばされてくる女性の背中で一杯になっていた。
「え?」
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