12.とだまちゃんの調
次第に意識が浮上し覚醒を始める。
「っっう」
いた…い、焼けるようなじわりとした感覚がある。
手元を見れば真っ赤な血がベッタリと付いている。すぐ傍には赤く染まりゆくウサギの姿、足元に転がる鈍色の槍。
私は……。
『よかった、戻ってきた。思い出した?』
戻ってきた? 思い出す? なんだっけ…。
私は、確か。初めて見る魔物に襲われて、沢山のアラシェーラが出て来て…それから。
噴き出した闇、黒く染まった槍。沸き上がった想い、そして、短時間で成された惨状。
ああ、ああ! そうだった。
とだまちゃんを穂先で突き刺した後、黒い霧に飲み込まれたのだ。それから、どこからともなく現れた仄暗い感情に支配され、全ての魔物を討ち滅ぼした。
あれは一体なんだったのか、今は跡形も無く綺麗さっぱり消え失せているみたいだが。私ではない何者かに動かされてる風にも思えた。
『もう平気?』
無事を確認する声が聞こえてきた、まるで幼い少女のような声だ。聞き覚えが無い筈だが誰なのか直感で理解できた。
「とだまちゃんなの?」
『そう。ようやく出てこれた』
やはり、とだまちゃんの声みたいだ。こいつ頭に直接って奴だろうか、私の中から語り掛けられている感覚がある。
「ねえ、どうなってるの? 私に何が起きたの? あの力は何だったの?」
矢継ぎ早にとだまちゃんに質問を投げかける。アレは何だったのか、意味が分からなかった。自分が自分で無くなってしまいそうで怖い。
『ひとまず回復を優先するべき。話はあと』
そう言われてしまった。はぐらかされたとも感じたが、確かに治療をするべき場面だろう。感情が高ぶり痛みを忘れていたが、再びぶり返してきた。大人しく従い、白いウサギの獣魂をすすった。
この白いウサギも疑問だが、それよりも私自身のことが重要だ。怪我が治るや否やすぐさま問いただす。
「それで一体何だったの?」
『詳しくはわからない。ただ、もう大丈夫、終わったから』
「終わったって、どういうこと?」
『憎悪に飲み込まれる心配が無い。既に引っ込めた、あなたが危険だったから出しただけ』
引っ込めた? 憎悪を? 言葉通りならとだまちゃんの中にアレが眠っていたのか、それを私の危機に使ってくれたと。
でも、そもそも憎悪とは感情であるはずだ、何故それが魔物を倒す力となったのだろうか。
「ねえ、何でその憎悪とやらが力として使えるの?」
『わからない。でも、そうであると知っていただけ』
「……どういうこと? わけ分かんないよ。じゃあ、あなたは何なの? どうして喋れるようになったの?」
話をまとめると、とだまちゃんは憎悪を宿した魂で形作られており、今までは憎悪が強過ぎたため表まで出てこれなかった。
ただ、なんとか移動は出来たので獣魂を吸収して自身の意識を肥大させたらしい。
説明を受けてもいまいちピンと来なかったが、獣魂を取り込むことで魂の強度を上げられ、それと同時に世界への影響力が大きくなるとの話だった。だから表に出て来れたみたい。
なぜ知っているのか聞けば、これまた理由は不明だが直感でわかったそうだ。魂だけの存在だからだろうか?
「それで結局とだまちゃんは何者なの?」
『わたしはあなた。レイ、あなたから生まれた』
「私から生まれた?」
あの憎悪は私の感情だった? でも、人を憎んでなどいなかった、殺したいとも思っていないはずだ。魔物が死んでいくことが心底嬉しそうだった、そんな感情など持ち合わせていない。
大前提からおかしい、感情から存在が生まれるわけがない。確かに悲しくてやるせないとは想ったけど。
「そんなはずないよ、あり得ない。それに、魂は一体どこからやって来たの?」
『そう、やっぱりあなたは……。もうこの件に関しては黙る』
は? なんで? どうしてここで話を止めるの?
『あなたが知る必要は無い。ただ混乱するだけで良い結果にはならない』
知る必要が無いって…。急に話の腰を折られ、モヤモヤとした気持ちが胸に溜まっていく。
『知った所で無意味。ただ、わたしを介して力を使っただけ』
「そんなの聞かないとわからないでしょ!」
『……別に意地悪してる訳じゃない、あなたを守るためでもある』
どこか拗ねたようにも聞こえる声で告げられた。
そんな言い方ちょっとずるいよ。本当に必要が無いことなのかな。
「むぅ」
まあ、とだまちゃんが言うなら、その通りかもしれない。転生してから要所要所で助けてくれてるし、今回だってきっと正しいのだろう。
「はぁ、わかったよ。もう聞かない」
『そう、そうして』
胸にしこりが残ったが気にしないように努める。しょうがないと割り切ろう。腑に落ちない、全く落ちないけど。
「それで、とだまちゃんはどこ行ったの? 姿が見えないんだけど」
『待って、今出る』
待てと言われたのでじっとしていると、元の鈍色に戻った槍からぬるっと出てきた。
そっか、槍で突いたから入り込んでいたのか。戦っている最中に槍から噴き出してたのは、とだまちゃんだったか。通りで見覚えがあると思ったよ。
『出た。魂を回収する』
「え? あ、そうしよっか」
いきなりそんなことを言うものだから戸惑ったが、周囲はアラシェーラの死体で埋め尽くされている。獣魂を吸収したいとの仰せだ。
とだまちゃんと私は獣魂の吸収に勤しんだ。
改めて思うが、あの時は凄まじい力で魔物を圧倒できた。槍さばきだって自分がしていたと思えない程だ。あの時は操られてるように動いていたが、我を忘れずに済む方法がないものか。
それに、揺らめきから槍を生成してたし、アレを撃ち込めばオオカミだって秒殺できるだろう。こちらだけでも再現できないかな?
「ねえ、あの槍を沢山撃ち込んでた奴だけど、普通の状態で使えないかな?」
『む、んー。少しだけならできると思う。連発は出来ない』
「ほんと!?」
『うん』
ほほー、聞いてみるもんだ。最高じゃないか、戦闘において優位に立てそうだ。
『でも、本当に少し。あまり使うとまたあの状態、怨霊化する』
憎悪に飲み込まれるから、怨霊化か。良いネーミングセンスだ。
『アレは本来わたしの物じゃない。だから完全には制御できない』
「とだまちゃんの物じゃない?」
『……』
あーはいはい。私の知る必要が無いことなのね。わかってますよー。
『力を使えば表に出ようとする。時間をかけて、落ち着くのを待たないといけない』
「なるほどね」
『あと殺して満足すれば多少安定する、その間ならわたしでも対処できる』
「私が戻ったのはとだまちゃんのお陰なんだね」
『それと、怨霊化はあまりしない方が良い』
「なんで? いや、そりゃあの状態で居たくないけど」
『そのうち完全に飲み込まれる』
へ? 飲み込まれる? 元に戻れず、死を追い求め続けるのか。それは嫌だ、いくら強くなれたとしても本末転倒になってしまう。私には人間になるという目標があるのだ。
『だから気を付けること。非常時以外は控えないとダメ、わたしも使わせない』
「わ、わかった」
最中、重大な事実が発覚したが最後まで吸収しきった。
さて、問題はこの山積みできるほどのアラシェーラの亡骸をどうするかだ。すでに浮遊の限界ギリギリまで狩っている。残り2、3体が限界だろう。
うーん、この白いウサギと状態の良いアラシェーラでいっか。他はぐちゃぐちゃになってるし……。
浮遊で穴を掘り、残りの死体を集めて埋める。放置なんて魔物に餌を与えるのと同じだからね。
「よし、帰りますか。コーディアルさんに聞きたいこともあるし」
『うん、わかった』
こうして、多種多様な出来事に直面した森を抜け、ようやく家へと帰ってきたのである。
ちなみに、血は透過させて落とした。汚れも何もかも綺麗になるから便利だね。
「ただいま戻りましたー」
魔物を庭に併設されている処理場へと置き、コーディアルさんへ報告に行った。
「おお、帰ったか。どうだったかね?」
「あー、それなんですが……」
私は森で魔物に襲われたことを話した。白いウサギ、大量のアラシェーラについて。
とだまちゃんに関係する怨霊化については打ち明けなかった。そんな突飛な内容を伝えられても、答えに困窮する未来が想像に容易かったからだ。
祖父母は私が物心付く前に亡くなっていた。だから祖父のように感じていたコーディアルさんに心配をかけたくない気持ちもあった。もう半月は一緒に暮らしているのだから情も湧くというものだ。
「ふむ、窮極に至ったのだろう」
「きゅうきょく?」
「教えていなかったね。魔物は稀に形態を変化させ窮地を脱するんだ。言わば進化だ」
「では、私に追い詰められて進化したと?」
「そうだろうね。ただ、本当に珍しいことだ。長年旅をしていたが数回しか見たことがない」
どうやら、相当珍しいケースだったらしい。色が変化したのも群れのリーダとして率いるためだろうとも言っていた。なるほど、確かに目立つからね。
一通り話し終えた後、コーディアルさんは処理場へと向かっていき、私はキッチンで食事の用意だ。
「この世界は謎で一杯だね」
『うん。でも、わたしには地球も謎だらけ』
「とだまちゃんも地球の記憶があるんだね」
『それはこ…』
「答えられない、でしょ? 喋れないことだらけだねー」
『別に、喋れる。喋らないだけ』
「ふふっ、そうだね。ありがと」
・・・・・・・・・・・・・
数日が経ち、現在は自室で文字の練習をしていた。
コンコン
「はい、どうぞ」
ドアを開き入って来たのは勿論コーディアルさんだった。何の用事かな、何かあったのかな?
「勉強中悪いが、ちょっといいかい。レイ」
「ええ、いいですよ」
机へと案内し話を促す。コーディアルさんは手紙を置きながら話を始めた。
「勝手ながら、君達の情報が無いか思い、信頼の置ける友人に話したんだが。どうも会ってみたいと言っておってな」
「私達とですか?」
「ああ、そいつは魔物の研究をしているから、是非直接見てみたいと」
「なるほど」
「奴は少し離れた町に住んでいるが、どうだね。行ってみないか?」
「えっ、でも町なんか行っても入れないんじゃ?」
「コートなどで身を隠せばよかろう。それに奴からの紹介状もある」
どうやら、その友人さんは中々の身分をお持ちで、その紹介状が有れば検問もスルー出来るらしい。とんでもないな、一体何者なんだその人。
「ユリアーナ・ランジュレ。魔法界を牽引する立役者だよ」




