11.底から来る想い
ザシュ
「これで、終わりっと」
槍を撃ち込み獲物を仕留める。全身灰色の体に黒い紋様の入った小型犬並みのヤモリ、フェブラゲッコーにとどめを刺した所だった。
つぶらな瞳にニヒルな笑みを浮かべているように見える口元。正直食いつきウサギことアラシェーラよりこっちを殺す方が心が痛い。
なんせ可愛いからだ、ウサギは凶悪な顔をしていたがフェブラゲッコーは普通に撫でたくなるくらい愛嬌のある顔なのだ。それに爬虫類は元々好きだし。
だけど、そこは魔物。魔法も使えない、ヨタヨタと歩いて噛みつくだけで何の取り柄もないヤモリだからと言って見逃すことは出来ない。
さらば愛しのゲッコー。私は両手を合わせた後、肉体に触れて獣魂を出現させる。
吸収しながら物思いにふける。最近進捗が良くない、最初の方は少しずつだが体の濃さは増していたのに現在では変化が起きない。
まだ、私の体は透けているのだ。一瞬なら気付かれないと思うが、まじまじと見られたら言い逃れが出来ないだろう。
実体化にはまだまだ程遠い。
一緒に獣魂を吸収するとだまちゃんを見やる。何故かこの子は私と違ってだんだん濃く変化している。
なんでよ、不公平じゃない? それとも、とだまちゃんと分けている事が原因なの? うーん、でも方法を教えてくれたのはとだまちゃんだし、独り占めなんて出来ないか。
まあいいや、きっと小型の魔物では限界なのだろう。大きさで味は変化しないし、私の食事と言っても過言では無いから良しとしよう。
そういえば、とだまちゃんは最近自己主張が激しくなった。私が室内に籠って何かしていると決まって邪魔をしてきて狩りに連れ出そうとする。
何か目的があるのだろうか、そもそも未だこの子が何者であるか私は知らない。とだまちゃんは謎が多い生き物…いや、物体だ。
考え出したら切りがない、結構な数の魔物を狩ったし戻ってから熟考しよう。
槍を使いだしてから効率が目に見えて良くなった。石などでは仕留めきれず逃げられる事も幾度か経験していたが、槍では直撃すればほとんど一撃必殺であるからその心配が少ない。
今日だけでも8匹も狩ることができた、中々の成果である。
取った獲物は捨てずに浮遊で運んでいる。このまま持って帰りコーディアルさんに捌いてもらうのだ。
彼だって何もしていない訳じゃない、肉に加工して村で売ったり保存食にしたり様々である。魔石も同じように売るか家で消費する。
彼は律儀で村に売り払った場合は、私用にちゃんとお金を分けてくれてる。おかげでそこそこ貯蓄があるのだ。
お金の単位はラジンと言い、1ラジン銅貨1枚だ。おおよその換算だが、銅貨1枚10円程度、そこから桁が上がる毎に大銅貨、銀貨、純銀貨、金貨、純金貨、魔宝貨となる。
相場的にはパンが1つ10ラジン、ぶどう酒1杯20ラジン、指先サイズの魔石100ラジン、小ぶりの包丁が200ラジン。
武器は桁が上がり、安物の剣でも4,000ラジン、柄が木製の槍は3,000ラジン程度。金属鎧はサイズにも依るが40,000ラジンは下らないそうだ。私の槍は全て金属製で頑丈に作られているため20,000にもなるらしい。
そんな高価な物を倉庫で錆びさせていた事にも驚きだが、ポンとくれるコーディアルさんには頭が上がらない。本当に感謝します。
大型の高級テレビを買ってもお釣りが来るような代物を、そこら中に投げ飛ばしてると考えればちょっと気が咎めてくるが武器だからしょうがない。使わない方が勿体ないよね。
そのおかげで楽に戦えているのだから嫌とは言うまい。
「そろそろ戻ろうかな、これ以上は捌くのも大変だろうし」
大量に持ち込んで処理しきれなくなっても困りものだからね、来た道を戻るとしよう。
槍とウサギとヤモリ。そして、とだまちゃんを引き連れ木々の間を抜ける。調子に乗って狩りすぎたかな? 少し疲れたかも……。
道中、そんな事を考えながら進んでいると以前アラシェーラを狩った池の畔が見えてくる。
「んー、また居るなぁ」
池ではチビチビと水を飲むアラシェーラの姿があった。どうしようか、ついでに狩ってしまおうか。1匹だけだし、まだ浮遊させられるだろう。
そう考え、音を立てないように浮かしていた獲物を置いていく。まだこっちには気付いていない、さっさと片づけてお家に帰るのだ。
槍を木にぶつけないよう慎重に近づき、後ろから射出! と、ちょうど飲み終えたのかアラシェーラが身じろぎをする。
ザクッ
「キュー!キュー!キュー!」
むっ、動いたせいで狙いがズレてしまった。急いで近寄り息の根を止める。
ちょうどいいタイミングだったな、少し焦ったけど問題なく終了だね。槍を浮遊で引き抜く。
……き……け……う…ろ……
ん? 何だろう? 声、かな。なんか聞こえるような……? 私以外の幽霊でもいたり? なーんて…。
そんな事を呑気に考えた時だった。
ダンッッ ズブッッ
左肩にもの凄い衝撃を受けて地面に倒れ込む。
「ぐうっ、ああぁぁ!」
一体何が……肩を見れば白煙が昇っている。これは前にも見た事がある、怪我をしているのだ。
痛い! 痛い! どうして肩に穴が開いているの!?
いきなりの出来事に動転しながら傷口を手で押さえた。
「フーッ、フーッ」
荒い息遣いが聞こえる。そちらを向けば剣にも思える角が生えた、白いウサギがこちらを睨んでいた。
あいつだ、間違いない。私が油断した所を狙って、あの角で肩を貫いたんだ。一体いつの間に近寄ったの? いや、私がした事をやり返されたんだ、後ろから獲物が隙を見せるまで待ち伏せしていた。
アラシェーラに止めを刺して、武器が使えない所に飛び込んで来たのだ。
「くうぅっ」
急いで体を起こし距離を取る。
気を抜きすぎていた、最近は遠距離から攻撃するだけだから、透過を念じていなかった。初めは気を張り詰り巡らし、ずっとすり抜けるようにしていた。
だけど、攻撃はされないし、毎回終わった後に気疲れを起こすからと念じなくなっていたのだ。
すり抜けは便利だ、物理的な接触を全て無かった事にできる。魔法が使えない相手なら無傷で完全勝利が可能だ。ただし、その攻撃を私が認識していなければならないという制約があった。
故に奇襲されれば呆気なく攻撃を受ける、見えていなければ意味が無いのだ。
とりあえず、反撃しないと。私は地面に転がっている槍に向かって念じて、近くに移動させる。
一体にあいつは何なの? パッと見、アラシェーラに近いけど体毛の色が違うし、角なんか生えている。コーディアルさんから教わった記憶の無い特徴を有していた。
奴はいつでも飛び込めるように身を屈めて力を溜めている。
飛んで来た所にカウンターを入れようか、幸い魔法は使って来なさそ……。
ダンッッ
白いウサギが飛び込んでくる、その剣にも思える角を光らせながら。
カウンターなど即座に止め、倒れるように突進を躱す。
「あっぶな! 魔法も使えるの!?」
これで攻撃を透過する訳には行かなくなった。射撃タイプじゃなくて、付与する系統なのが唯一の救いか。
ダンッッ
背後で地面を蹴る音が響き、咄嗟に浮遊で移動する。首を何かかが掠め、緩く白煙が上がる。
アラシェーラだった、顔を巡らせれば、周囲から幾つもの視線が突き刺さる。完全に包囲されていた。
ダ、ダンッッ
連携を取るように複数まとめて突っ込んでくる。
「くうっっ!」
鋭い前歯で何か所も抉られた。これは多勢に無勢だ、全てをすり抜ける事など出来ない。それにあの白いウサギも虎視眈々と狙っている。
……て……わた…を……つら…
まただ、声が聞こえる。一体この緊急事態に何なの?
何度も突進を仕掛けてくるアラシェーラを躱し、時に攻撃を受けながら、1体に集中する。まずは数を減らさないと話にならない!
この状況じゃあ下手に槍を撃ちだしたら何も出来ずに終局を迎えるだろう。手に沿うように槍を浮遊させて、腕の動きに追従させる。これで重量を気にせずに槍を突き出せるはずだ。
飛び込んできたアラシェーラの着地を待って、槍を突き出す。
着地狩りだよ! これでまずは1体。
ザシュ
赤い飛沫を飛び散らせ地に伏せる。暇など与えないと言わんばかりに茶色い影が襲い掛かってくるが上昇し間一髪で躱す。
上空に逃げれば届かないと思ったが、この程度の高さなんぞ物ともしなかった。問題なく突撃して来た、挙句の果てに空中を蹴って折り返して来たのでさっさと降下する。
まずいな、本当にどうしようか。
アラシェーラ達を躱していると、何故かとだまちゃんまで突撃してきた。
「なんなのっ? 今はやめてよ!」
思わず叫ぶと今度は槍の先端に体当たりをし始めた。
……たしを……つ……いて
もしかして、この声は……。
とだまちゃんの動作的に槍で貫けという事か? 何度か聞こえた声もそうと言っていた気もする。
でも本当に良いのか? そんな事して無事で済むのだろうか。
とだまちゃんに視線を向ける。
「……」
「……仕方ない、いくよっ!」
槍を向けても逃げない人魂に、そのまま尖った先端を突き刺した。
ずぶりっ
人魂から槍の先端が突き出す。
――――ようやくだ。
「えっ?」
――――やっと。
人魂から闇が噴き出す。それは槍に纏わりつき、黒く染み込んでいった。槍は黒く変色し、燃えているかのように青い揺らめきを吐き出す。
そして、槍だけでなく私の体にも染み込み始めたのだった。
私は全てを我が手中に収めたかの如き全能感に包まれ、優越感に浸る一方。腹の底から憎悪が渦巻いているの感じる。
湖の底に溜まったヘドロのようにドロリとへばりつき心を覆い包んでいく。憎い、あいつが憎い。殺せ、あいつも同じ目に、と。
湧き出る感情に口から言葉が零れた。
「さあ、私の憤怨を楽しむが良い」
アラシェーラ達が猛然と襲い掛かる。
「ふんっ」
槍を振り回し飛んでくるウサギ達を叩き落す。落ちたそばから起き上がろうと身をよじるが許しはしない。噴き上がる揺らめきから槍を模り、転がっているアラシェーラに向けて撃ち放つ。
後ろから奇襲を仕掛けてきたアラシェーラを右手の槍で串刺しにする。
さあ、仲間がどんどん死んでいくぞ? いいのか、白ウサギ?
角を生やしたウサギは、未だ静観を決め込んでいるが次々とアラシェーラを葬り去っていった。槍を撃ち込み、地面に縫い留め穂先で切り裂く。
ああ、素晴らしい。こんなにも死に溢れている、胸がすく思いだ。
さすがに死に逝く仲間たちに焦りを覚えたのか、白いウサギも生やした角を振りかざし、飛びかかって来た。
向けられた角に槍を打ち付け、弾き返す。
ギャリィン
火花が飛び散り、硬いものが擦れ合う音が響く。
白いウサギは空中で体勢を整え、すぐさま突撃を繰り返してきた。私はその攻撃に合わせて何度もカウンターを決める。
角は打ち返されるたびに傷つき、欠けていった。ウサギがどのように攻めてきても槍は歪むことすら無く、相手の武器は風前の灯火だった。
こんなものか…。
白いウサギは足に力を籠めたかと思えば空に大きく飛び上がり、叩きつけるように振り下ろして来る。重力を使って威力を底上げするつもりだろうが、無意味だ。
左手で振り下ろされる最中の角を掴む。白煙が噴き出るがこれでおしまいだ。
復讐でもしに来たのだろうけど無駄だったねぇ? お前も同じように死んでいけ。
宙にぶら下がる体目掛けて槍を突き上げた。




