暗殺依頼・7
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明姫
経歴・令和元年 五月二十二日、お江戸の某家にて生誕。
五歳にして大企業の代表から求婚され、当時の日本経済に多大な影響を及ぼす。
同年、初写真集[傾城]を出版。
お江戸の限定発売ながら即日完売。
現在まで毎年販売するも、すぐさま売り切れ御免の状態。
また、広く存在が知れ渡るにつれ、求婚者が増大。
あまりに多いため、半月に一度、まとめて返答する対策を講じ、後に駿府城の名物となる。
現十二歳にして、下は零歳児から上は九十四歳まで(令和十二年五月二十一日調べ)の老若男女を問わず求婚され続け、今も尚、お気に召された者は一人としていない。
「だってさ。ねえ、壱君。これって、どこまで本気なんだと思う?」
しらけ半分の正孝が隣に同意を求めると、壱真はびっくりするくらい華麗にスルーしていた。
というよりは、最初から最後まで聞こえていなかったくさい。
()の中も、老若男女も頑張って読み上げたというのに、ものの見事に無駄な労力にされてしまっていた。
「まあ、こうなる予想はしてたけど」
正孝を意識の外に閉め出している壱真は、冗談に思える経歴で紹介された女の子のパネル写真をビームでも発射しそうな熱心さで見つめている。
「壱君、いつまで眺めてるつもり?」
「ああ……うん……え、なんか言ったか」
ようやくこちらを向いた壱真だけど、未だに心ここに在らずといったぼんやり具合だ。
「そんなに気に入ったの」
「おう! めちゃめちゃ、やる気スイッチ入った」
傾城の情報は、お江戸で厳しく統制されているらしく、事前にネットで調べてみても、たいしたことはわからなかった。
それでも、パネルに書いてある内容や都市伝説の数々に加えて、荒いながらもいくつか画像が拾えていた。
但し、壱真は偏見を持ちたくないから教えてくれなくていいと言い張っていたせいで、本日、初めて傾城の容姿を目にしたのだった。
実情を正しく伝えるなら、移動の下調べや手配なんかを正孝任せにしていただけで、全幅の信頼と称すれば聞こえはいいけど、つまるところは計画を立てるのが苦手で丸投げしていたにすぎない。
「想像以上に綺麗でびっくりした」
もう二言三言は文句をつけなきゃ気が済まないところだけど、絶世の天使かと錯覚するくらい見蕩れている壱真を前にしては、何を言う気も失せてしまった。
そこで、正孝も並んでパネルに目を向けた。
現在十二歳なら、春休みが明ければ中学校に上がる壱真と同学年だ。
それにしては、パネルの少女は大人びて見えて、どことなく艶っぽい。
だからといって、やらしい印象にならないのは、何か達観しているような、飛び抜けて凛とした気配がするせいだろう。
「雰囲気のある女の子ではあるよね」
だろ、と嬉しそうに賛同してきた壱真に、正孝はなんとなく反発したい衝動に駆られた。
「どれだけ修正してるかは、わかんないけど」
つんとした物言いに、まだ機嫌が悪いのだと察した壱真は肩をすくめた。
「で、壱君。本当にやるつもり? 正義の味方」
「もち。名づけて、お姫様救出大作戦。いいだろ」
壱真は、くだらなくて楽しいイタズラを打ち明けるみたいに、正孝に顔を寄せて耳打ちしてきた。
「一応聞くけど、具体的な策とか考えてるんだよね」
「おう、ちっとも」
腹立つことに、壱真は悪びれもしないで堂々無策を宣言してくれた。
それはもう、まっとうな心配をしている正孝こそが自信をなくしそうになるくらいの開き直りようだ。
「なんだよ、まー坊。大丈夫だって。ほら、この世に悪の栄えた例なしって言うだろ。じゃなきゃ、地球はとっくの昔に悪の軍団に征服されまくって大変なことになってるからな」
「……」
自分の発言にご満悦でにやける壱真に、勤勉で現実主義な正孝が納得するわけがなかった。
血生臭い依頼を受けている状況で、お子様向け戦隊ヒーローの鉄則を持ち出されたって安心できないのは当然のこと。
即刻、壱真と行動を別にし、何もかも忘れて純粋な観光に走ってやろうかと本気で考えるくらい見下げていた。
「ごめん、俺が悪かった。反省してるから、そんな顔するなよ。ちょっとしたジョークだろ」
あまりに胡乱な目つきをされたので慌ててフォローしてみる壱真だったけど、正孝にはしっかり不信感が染み渡っていた。
「……真面目な話。とりあえず、お姫様に近づくのは依頼者が手配してくれるってことだから、問題なのは、その後だろ。どうせ俺らは、お江戸の素人なんだから、お姫様自身に逃げる気になってもらうのが肝心で、そこさえクリアできたら抜け道とか教えてもらって成功率も上がるはず――ってくらいは考えてるからな」
とっさの言い訳にしては、的を射た作戦に聞こえた。
だけど、用意周到な計画魔の正孝にとっては、まだまだ認められなかった。
「抜け道なんてあるんだったら、とっくに自力で逃げ出してると思うけど」
「自分が狙われてるって、気づいてないのかもしれないだろ」
その可能性が大いにあろうと、能天気で大雑把な壱真を補うように心配性に育った正孝は追及の手を緩めない。
「だからって、抜け道を知ってるとは限らないんじゃないの」
「何、言ってんだ。お姫様なんだから、お忍びで下町にでかけるのは常識だろ。新さんだって、ばんばん城から抜け出してるの、知らないのか?」
そういえば、偏見を持ちたくないからとお江戸や傾城の情報に耳を貸さなかった壱真だけど、代わりに正孝の父が秘蔵している時代劇DVDコレクションをやたらに観ていたのを思い出した。
それこそ、偏見ではなかろうかとつっこみたくなる。
「何はともあれ、まずは受付。だろ」
フォローが微妙な成果しか出せていないと見切った壱真は、目先の話題を変えることにした。
こんな初っ端から唯一の味方と仲違いしている場合ではなかったので、結構本気で失敗したと反省していた壱真は、ため息混じりながらも「まあ、いいけど」と、ひとまずの許しをもらえてホッとしていた。
正孝はたまに、年下ながらも母親並みに逆らい難い雰囲気を作り出すからたまったものではない。
これだから、自分が必要以上に年上ぶらないといけないのだと、自前のへ理屈を胸に掲げて威張っているのだ。
「壱君、申請はこっちだって」
いつの間にやら案内板を確認している賢い正孝に、黙って譲るのも年上の役目だと自分に言い聞かせた壱真は、大人として従ってあげることにするのだった。