暗殺依頼・6
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「ここが、お江戸かぁ」
背中の日本刀に冷や冷やしながらも通行手形となる携帯端末を受け取った壱真達は、首が痛くなるほど見上げなくてはならない巨大な構えの西門をくぐり抜けたところだ。
事前に田舎者っぽい行動はするなと正孝に散々注意していたくせに、壱真こそが頬を赤くして大興奮している。
いつもなら、ここぞとばかりに正孝が逆襲する場面だけど、今回に限っては仲よく右に倣えの状態だ。
出入り口で立ち止まっている迷惑な二人を邪魔くさそうに避けていく大人な観光客らは、前に回って、揃ってワクワクしている純真な子どもらしさを目にすると、黙って微笑ましい視線を投げかけながら通り過ぎていくのだった。
「完璧に異世界だな」
壱真の感想に、正孝も「うん、うん」と大きなリアクションで同意して、顔を見合わせたところで互いに鏡を覗いている気分で我に返ると、各々がわざとらしい咳払いをして表情を引き締めた。
「よし、行くぞ」
必要以上にきりりとした壱真のかけ声に、これまた不要な演出で大げさに頷いた正孝が応じて仕切り直す。
それでも、数歩進めばキョロキョロしてしまうのは仕方なく、いかにもな、お上りさん風情は隠していられるものでなかった。
ざらざらした漆喰の壁や年月が染み込んでいる木目の格子に、落ちてこないのが不思議な瓦が屋根で波を造っていて、時代劇で見た風景がリアルな手触りを持って広がっている。
昨日宿泊した門前町は外国映画にありがちな微妙に間違ってる日本っぼい胡散臭さが面白かったのだけど、特区内ともなれば時代考証の意識が桁違いだ。
古式ゆかしい建物群とは対照的に往来を闊歩する人達は国際色豊かで、壱真は不思議の国にでも迷い込んでしまった錯覚を引き起こしそうだった。
足元は土が踏み固められただけなので埃っぽく、低い建築物が密集している上に観光客も多いので、人との距離が現代よりも近く感じる。
そのくせ、現世と地続きなはずの青空は異界みたいに遠く思えて、背中の憂鬱な重みに加えて得体の知れない心細さがにじり寄っていた。
「すごい人」
正孝の率直な感想で気が削がれると、似合わない迷いはすぐに晴れた。
「生きる資料地区ってよりも、どでかいテーマーパークって感じだな」
「そだね。すごい儲かってそう」
同意した正孝の視線の先には、威勢のいい客引きの声が飛び交うお土産屋さんがある。
「これなら、大人でもマジで迷子りそうだな。そういや、こういう時に使えって言ってたっけ」
お江戸案内のサチ子を思い出した壱真は大路の端に身を寄せると、首からぶら下げている通行手形を手にした。
それから、ぱかっと開いて、ぽちぽち操作する。
普段なら、機械は苦手だと調べものの類いは正孝に丸投げの壱真も、今日ばかりはもの珍しさに乗じて積極的になれるらしい。
「おっ、忍者屋敷でショーだって。これ、要チェックだな」
「ちょっと、壱君。目的、忘れてないよね」
しっかり諌める正孝だって、初めてのガラケーにテンションが上がって、ちゃっかりお土産ランキングをブクマ済みなので人のことは言えなかった。
「んなわけないだろ。あ・え・て、平凡な観光客の振りをしてるんだよ。往来でぴりぴりしてたら、怪しまれるだけだからな」
「どうだか」
「なんだよ、まー坊。俺が信じられないのか」
「だって、最初の目的地なら、検索するまでもないと思うんだけど」
「……やっぱり?」
揃って見上げた先には、令和の日本で唯一、公的機関として現役利用されている古来の和城、駿府城がそびえている。
戦時中に崩壊し、戦後のどさくさに紛れて徳川家により復元された城は、現代までに増改築が繰り返された結果、当時の面影が正しく再現されているかは甚だ疑問の様相らしい。
けれど、並みの高層ビルなんかよりも存在感は半端なかった。
「とりあえず、依頼人に到着の報告をしないとだな。それが終わったら、今後の方針会議も兼ねて、どっかの茶屋で一服しようぜ」
それくらいの楽しみはいいだろうと誘ってくる壱真に、ここは正孝も素直に賛成しておいた。
お江戸の城下町にある建築物は最高でも三階までで、七階建ての駿府城は特区内なら富士山並みにどこからでも目につく象徴的な存在だ。
だからといって、歩いてみれば、それなりに距離があるのだけど、何を見ても新鮮な壱真と正孝は疲れ知らずで正門に辿り着いていた。
お堀にかけられた橋を渡り、塀の内側に入っていく。
「うわぁ。すげー、かっけぇ」
「うん、すっごい風流」
この時期、北海道ではまだ雪が残っている冬の最中なのに、ここ静岡では、ちょうど花見の盛りの季節に当たった。
満開の桜と武骨な駿府城の背景に白い帽子をかぶった富士山が重なって、実に縁起のいい絵面が広がっていた。
「よし、行くか」
来る時にキヨスクで買ってみたインスタントカメラで記念写真を撮ってから、気分よく壱真が踏み出したところで、正孝の待ったがかかった。
「そっちじゃないよ」
「なんでだ? 手紙には、城で手続きしろってあっただろ」
「城って広いんだよ。こっちはホントの役所で、僕達が目指すのは観光局」
説明しながら正孝が指差したのは、さっきから何げに気になっていた五重の塔だ。
一段が二階分ありそうな造りなので、本殿の天守閣よりずっと高い。
「なんか、ラプンツェルでも住んでそうだな」
「壱君って、たまに恥ずかしげもなく、ロマンチックなこと言うよね。しかも、外さないし」
「ってことは、あそこにいるわけだ」
「そう。囚われのお姫様がね」
さぞかし張り切ってることだろうと壱真を盗み見た正孝は、やけに引き締まった横顔だったので、どきっとした。
もっとも、すぐに想像していた挑戦的な笑みで振り向いたので、見間違いだったのかもしれない。
「さあ、助けに行くぞ」
改めて決意表明をした壱真は、意気揚々と歩き出した。
屋根のついた塀の内側に添って進んでいくと、いつからか白い横長の紙が延々と貼りつけられているのに気づいた。
「なんだ、これ」
流麗な筆文字で一列にみっしりと名前が書き連ねてある。
中にはローマ字表記どころか、ポチみたいな明らかにペットのものも混ざっているけど、どれも名前には違いない。
平行に並んで歩く壱真は、こんなに長い手書きに衝撃を覚えていた。
ついでに、途中で書き損じた場合はどうしているのか気になって仕方ない。
「その内、壱君の名前も貼り出されることになるよ」
いつの間にか追い抜かしてくれていた正孝が、こちらを見ないでかけてくる声音には、幼なじみだけが読み取れる微妙な刺々しさが含まれていた。
「じゃあ、ここに書かれてるのは犯罪者の名前ってことか? お江戸って、すんげー物騒なとこなんだな。まー坊、色々気をつけろよ」
相棒の繊細な感情を察する鋭敏さを持ち合わせている壱真は 、残念ながら適切な機転は利かせられない大雑把さで、こともなく思ったままを口にしては度々反感を買う。
「違うし。壱君こそ、こんなとこで立ち止まらないでよね」
結果、振り返った正孝は見るからにむっとしていて、完全にへそを曲げてしまっていた。
何が悪かったのか見当もつけられない壱真は、ただただ黙ってついて行くしかないのだった。




