暗殺依頼・8
* * *
「お願いします」
二つあるカウンターは、いつものように短い列ができている。
料金を支払い終えたお客様を送り出した二番受付の案内嬢は、流れ作業で次のお客様を促した。
やってきたのは、今どき珍しい、元気に挨拶をしてくれる少年だった。
「いらっしゃいませ。最初に、通行手形の提出をお願いします」
なくなさいよう首からぶら下げている携帯端末を外してもらって受け取ると、専用パソコンで必要な情報を確認する。
モニターには相馬 壱真という名前と共に、滞在理由などが表示された。
「ご利用は初めてですね。では、一から説明させていただきます」
子ども相手だろうとマニュアルに則り、懇切丁寧を心がけて対応に当たる。
すると、人懐っこそうな相馬少年がカウンターに身を乗り出してきた。
「初めてじゃないパターンってあるの?」
質問されて初めて、受付嬢は少年が視界に入ったように瞬いた。
そして、ちょっと笑いながら素を出して教えてあげる。
「それがね、いっぱいいるのよ。参加賞として数種類の非売品錦写真を配るようになってからは特に。ほら、隣見て」
誘導した視線の先には、明らかに彼女連れの青年が仲よく並んで手続きしていた。
「他にも、子どもを連れた既婚者とか普通にいるのよ。まあ、元から返却込みの来訪記念写真って感じ受け付けてるから、本来の意味なんてあってないようなものだけど」
「じゃあ、明姫は、この状況を知らないってこと?」
「うーん、どうかしら。一応、申請された分は毎日本人に渡ってるはずだけど、全部に目を通しているかは怪しいかもね」
軽く答えてから、受付嬢はしまったと焦った。
非売品目当ての記念申請をしていく大人や女性ならともかく、似合いの年頃な少年なら、真剣に申し込みに来ているのかもしれないからだ。
小さな咳払いで切り替えると、瞬時に営業スマイルであるまじき失態を取り繕う。
「年の近い殿方の申し出は案外少ないから、目に留まる可能性は高いと思うな。では、履歴を埋められるだけ記入してもらうことになるのだけど、仕様はどれにしましょうか」
冷や汗交じりに進行すると、幼い客は気にした様子もなく説明を求めてきた。
「松竹梅の違いは、こちらの一覧で比較してね。仕上がりによって料金が違って、学生さんは、こっちの割引き料金になるのよ」
「学割が利くんですか?」
人懐っこい男子の横から、背伸びして覗き込む男の子が並んだ。
どうやら友達のようなので、一緒に処理してしまおうと、そちらにも声をかけておく。
「君の手形も出していいよ。一緒に受け付けてあげる」
「あ、いえ。僕は、ただの付き添いなので」
受付嬢は、ちょっとびっくりした。
かなり高齢のおじいちゃんやオムツのとれてない赤ん坊でさえ記念に申し込んでいくので、この子達は本当に本気らしい。
「よし、決めた。奮発して、一番いいやつで」
これにも受付嬢は驚いた。
松竹梅より上の特別プランで、学割が利いても万に近い料金設定なのだ。
稀に見るプレミアな上客だったが、そこはプロ意識で綺麗に感情を隠しきる。
「では、釣書の記入は、こちらにお願いします」
厚めの高級和紙を棚から取り出して名前だけ印刷して手渡すと、子どもの背丈では苦労するだろう平台ではなく、近くに併設されている自由席の休憩所で書くよう勧めるのも忘れなかった。
「書き終わったら、手形と一緒に撮影処に持っていってね」
「わかった。お姉さん、ありがとう」
「どうぞ、いい御縁がありますように」
手慣れた仕事に明るさを分けてくれた少年に、気持ちを込めたお決まりのセリフで見送った受付嬢は、また別のお客様を呼び込んだ。
* * *
親近感のわく受付嬢に見送られた壱真は、教えられた場所に陣取って、渡された書類にいつになく丁寧な書き込みをしていた。
手持無沙汰な正孝は、勉強ノートもこれくらい真面目に書いていれば、暗号を使うなと先生に説教されたりしなくて済んだのにと思いながら見守っている。
「いつも、こんなにじっくり書いてたら、書き終わる前に黒板消されちゃうだろ」
静かに見ていただけなのに、絶妙なタイミングで言い返された正孝は目を丸くした。
「そんな顔で見られたら、誰でもわかるっつーの」
これまた、何も言わない内に言い当てられると、書きづらかったのかなと少々反省した正孝は視線をよそに移した。
城内の緻密な欄間細工や天井絵は見事なもので、見物するものはいくらでも転がっている。
目線の高さにだって、焼き物や掛け軸などなど、伝統工芸の最新作がさりげなく飾られて宣伝されていた。
ついつい、いくらだろうかと考えてしまうのは庶民の悲しい性だ。
「よし、できた。完璧」
壱真が満足げに見直しているので、正孝も横から覗いてみる。
空欄が全部埋まっていて、テストもこれくらい……なんて考えてしまった正孝は、半目の壱真に喧しいと無言のメッセージを送りつけられたので、心の中で以下同文と省略しておいた。
「おっ、特上は久しぶりだな。じゃあ、台紙は金だ。下地は赤と青、どっちにする?」
壱真は、移動した先で陽気な写真屋に促されて撮影の段階に進んでいく。
付き添いの正孝は撮影スペースの脇っちょから遠巻きに見学していた。
写真機は江戸末期に流通していた木製の箱を黒い布で包んだクラシカルなビジュアルだけど、あくまでそれっぽい演出だけで、当時みたいに体を固定してしばらく待つなんて必要はない。
撮影の後だって自分で写りをチェックできるし、背景なんかも加工可能なんだとか。
車もビルもコンクリートも存在しない超アナログなお江戸が、さりげに最先端技術で成り立っていることは公然の秘密だ。
「お兄ちゃん、着替えなくていいのかい」
「自前のがいいから、パス。おっちゃん、これでよろしく!」
元気に答えた壱真は、ネットで(正孝を介して)購入した忍者風の青い和装に、お気に入りの黄色いジャケットを組み合わせた目立つ格好をしている。
壱真曰く、着物に現代を取り入れるのがおしゃれでハイセンスだろ、だそうだ。
ちなみに、正孝も壱真のチョイスで、書生風の袴姿にマントみたいなポンチョをまとっている。
これだと江戸というよりも明治・大正のイメージだろうと思ったものの、気に入ったので文句は言わなかった。
あれこれサイトを梯子して見繕う作業は苦労しながらも、なんだかんだとコスプレ気分で大いに楽しんだのだから。
「じゃあ、視線はここな。何枚か撮るから、色男気分で動いてくれよ」
カメラマンの指示に、壱真は素直に従っていた。
「壱君、どこまで本気なんだろう」
正孝が本日何度めかの不安に襲われたのは、小さい頃にああだこうだと考えていたオリジナルヒーローの決めポーズで写真に納まろうとしているせいだ。
「よし、いいぞ。次は顔中心でいくからな」
これまたノリノリの壱真は、色んな表情でレンズを見つめている。
たぶん、ある意味、真剣に取り組んでいることには間違いないのだろう。
少なくとも、今、自分が思う一番格好いい姿で写ろうとしている分には真面目に本気なはずだ。
「これで伝わればいいのに」
こんなお調子者のお子様に依頼したのだと知れば、物騒な人物も、今更ながらに考え直してくれるかもしれない。
淡い期待を地味に本気でしてしまう正孝は、間もなく撮影の済んだ壱真と合流した。
「しっかし、変な連絡の取り方だよな。到着したら、まずは傾城に縁談を申し込めって」
依頼書に記されていた通りの手続きを終えた壱真は、凝ってもいない肩を回しながら観光局を出た。
行きがけに見かけた塀に張り出してあったのは縁談の申し込みを断られた人の名前で、だから、正孝はいずれ壱真も載ると言ったのだった。
「なあ。これって、お姫様に気に入られて近づく作戦かなんかかな」
「違うと思うよ」
のんきな壱真に、正孝は呆れて解説する。
「たぶん、依頼人は、お江戸の役人とかで、申し込みのデータで着いたかどうか確かめるつもりなんだよ」
「えー、そうか? そんなんできるんだったら、入場した時に確認すればいいだろ。通行手形って、そういうもんなんだから」
正孝はムッとして言い返した。
「でも、部署とか担当の関係で閲覧制限とかあるんじゃないの」
「あ、なるほど。でも、お姫様に俺の必殺写真でビビビっと運命感じてもらう作戦は、悪くないと思うんだけどな」
「……」
運命大作戦についてぶつぶつ言ってる壱真を、正孝は恨めしいげに見つめた。
言われてみれば一理あって、縁談を申請しておいたら、お姫様に近づく口実として成り立つかもしれないと気づかされたからだ。
正孝はお江戸に着く前から色々心配してきたというのに、壱真はいざとなったら根拠や理屈をこねくり回さないでポンと答えを出してしまう勘のよさを持っている。
正孝は悔しく思いながらも、だからこそ壱真と居たくなる矛盾を抱えていた。
「まあ、こっちからは連絡の取りようがないんだから、ぐだぐだ考えてたってしゃあないけどな。やることはやったんだから、あとは黙ってリアクションを待つべし」
くよくよすることもあまりない壱真は、約束だったお茶にしようと誘って、両腕を上げて春の日差しに伸びをした。
そんな時だった。
「ちょっと待って!」
伸ばした右腕をがしっと掴まれ、何事かと壱真が振り返ったら、ゼーハーと息の荒い、ひょろりのっぽな着流し姿があった。
ついさっき話題にしていた依頼人のことが頭にあったので、ちらりと正孝に窺えば、「どうかな」と曖昧なリアクションが返ってくる。
確かに、タイミング的にはジャストミートなのだけど、壱真の目には嵐どころか木枯らしですら簡単に吹き飛ばされてしまいそうな佇まいに映り、お江戸の役人には到底見えなかった。
怪しんで見上げていると、空いている左袖を引っ張ってくる正孝が自分の胸元を指していて、不審者の同じ辺りに視線を向けたら、そこには自分達と同じく通行手形がぶら下がっていた。
どうやら、単なる一般観光客らしい。
だったら、落とし物でも拾って追いかけてきてくれたのかと壱真は緊張を解いた。
「俺に何か用?」
「えっ。あぁー、その、用っていうか、ちょっと確かめたいことがあったんだけど……」
掴まれている手を妙にしげしげと見られるものだから、壱真はまた少し警戒を強める。
壱真だけなら、仲よくなって探りを入れてみる大胆な作戦もありなのだけど、正孝も一緒な時に危ない橋は渡れなかった。
「用がないなら、俺達は行くとこあるんで」
掴まれた手を振り払った壱真は、正孝と繋ぎ直して立ち去ろうとする。
「あっ、あー……そ、そうだ。君達、道産子だよね!」
なんとか引き止めようとする苦し紛れの方便に、二人は思わず振り向いてしまった。
二人が道産子、つまり北海道民なのは事実だからだ。
ちびっ子達の疑惑の視線に晒されて、ひょろっこい不審者は身振り手振りを交えて必死に説明してくる。
「ええと、ほら、さっき手形の操作中に押ささったって言ってたのが聞こえて。それって、北海道人特有の言い回しなんだよね。僕もそうだから、こんなところで同郷に会えるなんて嬉しいなー、みたいな感じで声をかけちゃたりしたわけなんだ。だから、その、よかったら、しばらく一緒に行動してみたりとかってどうかな?」
かなり胡散臭い作り笑顔の不審者と見るからに警戒している壱真達の間には、白々しい空気が漂っていた。
それが本音でないと三人とも承知していることを互いに認識しているからだろう。
「お兄さん。北海道って広いんだし、知らない人に声をかけられてついて行く子どもなんて、今時、低学年の子でもいないです。あんまりしつこいと、お侍さんに訴えますよ」
愛らしい正孝がクールな忠告をすると、不審者は目に見えて狼狽えた。
それなのに、まだ粘って引き下がらない辺り、よほどの事情を抱えているのかもしれない。
これ以上は壱真も正孝もどうしたものかと迷っていると、不審者は一つ決心した様子で懐から何かを取り出した。
一瞬、びくっと怯んだ壱真達だったけど、差し出されたのは小さな紙きれだった。
それも、両手に一枚ずつ。
「あの、これ。僕の名刺。何かあったら、力になるから連絡して!」
お子様二人は勢いに負けて、思わず受け取ってしまった。
それから、はたと、どういう意図なのか確かめようと顔を上げた時には、不審者はいなくなっていた。
正確には、ふらふらと走り去る後ろ姿が見えるのだった。




