第三話 (Bパート)
「戦闘員さん、パスですわ」
てももがそう言いながら空いている方の手を相手に差し出す。戦闘員は何のことか最初分らなかったが、持っている缶のことを言っているのだと気づくと、覆面を少し開いて残りを全部飲み干すと、空になった缶をてももに投げて渡した。てももはそれと自分のカフェオレの缶も含めて少年に渡す。
「空き缶はくずかごへ。少年さん、たのみましたわ」
「は、はい!」
少年はそれを受け取ると公園備え付けのくずかごへと走った。膝の上のリンカーンはどうなったのかというと、少年が物凄い自然な動作で頭の上へと載せていた。
「さぁ、参りましょうか」
「クロウラー!」
「戦車戦隊最強のレッドではなく、第五位のピンクで良ければお相手しますわ」
「クロウラー!」
「では――変身」
「クロウラー!」
てももが変身機械を取り出してピンクセンシャーへと変身するのと、元戦闘員が懐中電灯型秘密道具で履帯車両を取り込んで(本日はブルドーザーが犠牲になった)戦車怪人へと変身するのが同時に行われる。
「絆を繋ぐ桃色のボルト、ピンクセンシャー!」
「スラーッシュ!」
ピンク=てももの変身完了の名乗りに戦車怪人の雄叫びが続く。
『怪奇、スラッシュ男』
そしていつもの渋い男性の声もそれに続く。
「すらっしゅ!?」
それを聞いてごみ捨てから帰ってきた少年が思わず叫ぶ。そんな名前の戦車はさすがに聞いたことが無い。
『説明しよう! 彼が変身した戦車怪人は米軍試作車両であるT28重戦車なのだが名前が露軍のT28中戦車と思いっきり被るうえ、その車体形状から「突撃砲じゃないのか?」と一時期駆逐戦車のカテゴリーに入れられT95という名前になったりもしたのだが、近年ではこの二つを並べてT28/T95重戦車と呼称することも多いのだがそれでは長過ぎるので、ここでは間にある/を取ってスラッシュ男としたのだ!』
どこからともなく聞こえてくる渋い声が長文で説明してくれた。
「詳しい説明ありがとうございますですわ」
どこからともなく聞こえてくる渋い声にピンク=てももがお礼の言葉を返している。
「ではスラッシュ男さん、いきますわよ」
「スラーッシュ!」
「出でよ、わが鋼鉄の戦友!」
ピンクも最早この公園での戦いの常道となっているいきなりの戦車召喚に出た。彼女が召喚用のポーズを取ると時空が歪み、その裂け目から一台の履帯車両が現れる。
「……――?」
そして出現した戦車を目の当たりにして少年の目が点になるのもやはりいつも通り。
「九四式軽装甲車!?」
絶叫する少年の上にいるリンカーンがそれでずり落ちそうになるのもお約束になりつつある。
九四式軽装甲車とは、前線での物資輸送や歩兵支援を目的に開発され、旧陸軍機甲部隊草創期の中核を担ったのが本車である。二人乗りの車体は極めてコンパクトにまとめられ、武装は6.5mm機銃が1挺(武器がちゃんと付いていることに対して感動してしまったあなたは既に病気です)
1937年から1945年まで、輸送、連絡、偵察などに活躍しているのだが、旧軍の戦車開発や戦車運用自体がアレなので、それほど目立った存在でもない。前回の怪人の元となったM4シャーマンの背中にちょこんと乗せられたキュートな姿が一番有名かもしれない。
「なんでてももさ……じゃなくてピンクさんもそんな激弱戦車なんですか!?」
やはり少年も突っ込まずにはいられない。
「というかピンクさんも戦車ですらないし!?」
「あら、でも九四式軽装甲車にはちゃんと砲塔もデフォルトで付いてますから、イエローさんのルノーUEに比べればましですわよ」
「そういう問題ですか!?」
装甲車(しかも超小型)という存在にデフォルトで旋回砲塔を載せている時点で色々間違っているような気もするが、それが旧軍思考なので仕方ない。
ピンクはそんなアレな九四式軽装甲車の砲塔の上によじ登ると、ハッチを開いていつもの上半身だけ出す車長スタイルで中に収まった。
「というわけで必殺、九一式車載軽機関銃!」
必殺というには幾分語弊がありそうな九一式車載軽機関銃(搭載している6.5mm機銃の正式名称である)を撃ち放つ。それは全弾命中するが全く効いている様子がない。
「むー、やっぱり全然効きませんですわね」
というか相手は試作車両といっても重戦車ですよ?
「スラーッシュ!」
スラッシュ男はその返礼とばかりに攻撃に出た。
スラッシュ男の胴体にはキャタピラが両側二列になって計四本並んでいるが、その外側のキャタピラがパカッと外れた。地面に落ちた外側のキャタピラはそのままスノーモービルのようなシングルトラック型履帯車両のごとく地面を疾走し、ピンクセンシャー操る九四式軽装甲車にぶち当たった。
「きゃっ!」
凄まじい衝撃。
「ピンクさん!?」
「……だいじょうぶですわ」
少年の心配にピンク=てももは問題ないと答える。しかし九四式軽装甲車の車体は、キャタピラユニットの体当たりを食らって少し歪んでしまった。相手は戦車怪人となったので実際のT28/T95の大きさより縮んでいるが、これが元の大きさのままの直撃だったなら一撃で破壊されていたかもしれない。
T28/T95重戦車は凄まじい横幅(4.39m)を誇る。それは射撃時の安定性を高めるために履帯部分が二列になっているからなのだが、その外側の履帯は輸送を簡易にするため取り外すことが可能なのだ。しかも脱着用に自ら小型クレーンを備える至れり尽くせり振りがいかにも米国製の試作車両らしい。
スラッシュ男はそれを陸を走るロケットパンチのように使ったので、履帯の外に生える腕も一緒になくなってしまった。しかし残った内側のキャタピラの車輪から再び腕を生やした。この辺りは戦車怪人の能力のたまものである。
「スラーッシュ!」
キャタピラ二本分スリムになったスラッシュ男が吼える。
「む、そんな簡単にダイエットに成功してちょっと羨ましいですわ。そんなあなたにこちらも、戦車変身で対抗いたしますわ!」
「……というか九四式軽装甲車が変身したって……」
一応九四式軽装甲車には九四式三十七粍戦車砲砲塔を搭載した改装型があるにはあるが、一号戦車やルノーUEの豪快すぎる改造車両群に比べれば、控えめな武装強化である。その割には砲兵部隊用の観測気球を繋留する気球繋留型や、空襲下での皇族避難用のマルゴ型なんて不思議なバリエーションがあるのが、この国軍車両のアレな部分である。
「少年さん、心配はご無用ですわ」
少年が思わず呟いた言葉に、ピンク=てももが力強く反応した。
「わたくしピンクセンシャーの力の象徴はボルト。つまり繋ぎ合わせる力なのですわ。その力の効果によってわたくしは乗っている戦車を、この国の軍用車両であれば他の全ての車両に変身させることができるのですわ」
少年はそれを聞いて「凄い!」と一瞬思ったのだが、この国の旧陸軍車両のほぼ全てが「アレ」なので「変身してもあまり変わらないのでは」と直ぐに思い至る。
確かにそれは凄い能力なのだが、それにしてもなぜよりによってこの国の車両なのだろう。いや、この国の軍車両だからこそ全変身が可能という「特典」なのか?
「九四式軽装甲車変身!」
少年のそんな思いはそっちのけで、ピンクが戦車変身をコールする。
レッドとイエローの時はバリエーションへの変身だったので車体の一部が変わるだけだったが、ピンクの場合は戦車が丸ごと変身するので車体全体が光に包まれた。
そうして光が収まると、そこには新たなこの国軍車両が現れる。
「変身完了、伐開機!」
「なんで!?」
その光の中から現れ出でた車体に対して少年は全力で突っ込んでしまった。
伐開機とは九七式中戦車の下部構造を流用(試作一号車は丸ごと新造車両だった)して作られた、密林突破用特殊車両である。武蔵野付近の森林で本車の基礎研究を行ったところ、直径10~20cm程度の樹木が障害になると判明したので、走行によりそれらの木々をなぎ倒しながら前進するのが本車の任務である。そのために車体正面に油圧作動による上下の位置調節が可能な大型の衝角を備えており、これを用いて突破路を切り開く。
が、しかし
「武器……付いてませんけど」
少年が半ば呆れつつ呟く。
伐開機はあくまでも工兵用の特殊車両であるので、その手の後方支援兵器に武装を施すと言う概念は当時はあまりなかったので、この車両も丸腰である。
現代においても支援車両は軽武装ではあるのだが、なんで戦車怪人との戦闘という局面でこの車種なのかと少年が思っていると
「とぅ!」
伐開機の上部に乗っていた(戦車が変身中は一緒に光に包まれていたが、いつの間にか乗っていた)ピンクがそこから飛び降りると、車体正面に付いている大型衝角に手をかけた。そしてそれをおもむろにバキリと取り外す。
「……へ?」
少年の驚きなど置き去りにしたままピンクは外した衝角をそのまま担ぎ上げ
「ファイナルラムシュート!」
ぶん投げた。
一応は木々をなぎ倒すためのものだから数トンくらいの重量はあるだとか、そんなもんを担いで投げれるのはピンクが怪力なのか戦車戦隊スーツの倍力装置が優秀なのかとか、やっぱりファイナルラムシュートは直訳すれば最終衝角投げとかそんなことになってしまうのかとか色々な思いが少年の中で錯綜するが、一番強く心に浮かんだのはレッド=大吾のあの言葉『大概の攻撃は投擲か射撃だ』だった。
(ああ、てももさん、あなただけはなんとなく信じていたのに……)
少年のなんだか大切な想いが裏切られた感を載せて、伐開機の大型衝角がスラッシュ男に向かってすっ飛んでいく。そして直撃。
「スラーッシュ!?」
というわけで数トンもある大型衝角の直撃は、並みの戦車砲弾なんかよりもよっぽど威力があるので
「鉄車帝国に栄光あれー! クロウラー!」
爆発四散とあいなる。
「――これでよし」
爆発して元の人間へと戻った戦闘員(頭部アフロ、腰周り以外全身タイツボロボロ)をベンチに寝かせたてももが言う。手にはもちろん後で服を買えるように支度金を入れた封筒を握らせてある。てももはこういう時のために可愛いデザインの便箋を数枚持ち歩いている。
ちなみに昨今の都心部の公園は浮浪者対策でベンチの真ん中に肘掛が設置されている(寝させないため)場合が多いが、この公園はまだそのような処理が成されていない穏やかさが残っている。家の無い者たちもこの場所にある戦車戦隊の想いを敏感に感じ取って、この公園には近づかないようにしているのだろうが。
「さて、これで一件落着ですわ」
立ち上がりながらてももが言う。
「今日は戦いに巻き込んでしまって申し訳ありませんでしたわ」
「い、いや、そんな」
てももの侘びの言葉に「いつものことですし」と少年は心の中で付け加えた。ちなみにリンカーンは少年の頭の上に乗ったままである。この場所が徐々に定位置になりつつある。
「そのお詫びといっては何ですがもう一杯くらいおごりますわよ」
てももが言う。
また自販機の缶ジュースでもおごってもらえるのだろうかと少年が思っていると
「カレーを」
てももがあまりにも普通に言ったそれを聞いて思わず「ぶっ」と吹き出してしまった。
「か、カレーって!?」
「戦い終わった後に、軽く一息つこうと、カレーをご相伴するのはいつものことですわ」
「そういう場合って、冷たい麦茶とかアイスコーヒーとか、飲み物とかなんじゃ」
「カレーは――」
てももは一端そこで区切ると、万感の思いを込めてその言葉を告げた。
「飲み物ですわ」
言い切った。あまりにも格好良く言い切った。
こんな清楚な格好で清楚な雰囲気で清楚な言葉遣いの彼女の「カレーは飲み物」発言には、物凄い破壊力があり、少年はクラクラしてきた。
「さぁ、参りましょう」
そうしててももは舞踏会にでも行くかのような佇まいで優雅に誘う。
「あ、あの……今日は亜希子さんのお店は休みなんじゃ?」
「他のカレー屋さんへ行くのですわよ」
「……てももさんたちって、ものすごく辛いカレーじゃないと、カレーの味とか分らないんじゃ?」
「そこはそれ、カレーの辛さをお好みで選べるお店とかありますし、10倍とか20倍とか」
少年は最後の抵抗を試みたが、簡単に切って捨てられた。もはや逃げることは叶わないらしい。またあの激辛なカレーを食べさせられるのかとか思いながら、歩き出したてももの隣を歩く。
リンカーンは相変わらず少年の頭の上に乗ったままだったが、今日は一緒にカレーをご馳走になったのかもしれない。普通か激辛かは分らないが。
【第三話 終】




