第三話 慟哭! 失われた戦士の真実(Aパート)
「……あれ? 大吾さんがいない」
土曜日の本日。
今日も今日とて半ドンの授業終わりに少年は学生服のままこの湾岸の公園にやってきたのだが、目的の人物は不在であった。いつもの場所の銀杏の木にゴザがくるくると巻いて立て掛けてある。
普段はそのゴザが敷いてある場所にはリンカーンが所在無さ気にちょこんと座っていた。
「ねぇリンカーン、大吾さんはどこにいったのかな?」
「にゃー」
「――あら? 少年さん? こんにちはですわ」
猫に訊くのも変な話だなぁと思いつつ、この猫は元戦車妖精なんだからもしかしたら答えてくれるかもしれないと思っていると、以前聞いたことのある女性の声が後ろからした。
「ピンクセンシャーの有締栓てももさん!?」
少年が驚いて振り向くとそこには、ドレス風ワンピースを自然に着こなす清楚な女性の姿。
「そんなにびっくりしなくても、お会いするのは二回目ですし」
「で、でも!?」
「それにわたくしのことはてももで良いですわ少年さん」
そう言いながらてももがいつもの銀杏の木の下に顔を向けると、直前の少年と同じように、公園を根城とする者の不在を知った。
「あら、大吾さんはご不在ですわね。リンカーンさんはご存じないですか?」
てももが少年と同じように猫に訊いている。しかしかつては人間以上の頭脳を持っていたとしても、今の記憶をなくした戦車妖精は「にゃー」と鳴くだけである。いや、意外にもその「にゃー」は「しらない」という意味だったりするのだろうか。
「それにしても」
一応は答えてくれたリンカーンを抱き上げながら、てももが空白となっているいつもの居場所を見下ろす。
「大吾さんがこの場所を空けるとは相当な用事」
「……相当な用事」
デスクロウラーの復活、もしくは謎の第三勢力でも現れたのかと少年は怖くなるが
「多分区役所まで今月分の生活費をもらいに行っているのでしょう」
それは相当な用事だ。
「徒歩で移動しているはずですから、今日はもう明るいうちには帰ってこないでしょうね」
「そうですか……」
それを訊いて少年の貌が一気に暗くなる。
「……」
「少し、お話していきますか、わたくしが相手でよろしければ」
せっかく来たのに目的の相手がいないのでしょんぼりしている少年にてももが声をかけた。
それを聞いて少年の顔がぱあーっと明るくなった。
「はい! 喜んで!」
「なんだか亜希子さんに連れて行ってもらった居酒屋さんの応対の声みたいですわね」
ふふふ、と、てももが柔らかく苦笑する。
「まぁ立ち話もなんですし、そこのベンチに座ってお話でもしましょうか。缶ジュースぐらいならおごりますわよ」
というわけで少年は500ml入りの炭酸、てももは小缶のカフェオレ(共に値段は同じ)を手に、いつもの銀杏の木近くのベンチへと腰を下ろした。リンカーンはてももの膝の上で丸くなっている。
「本日は亜希子さんと二人でやっているカレー屋さん、臨時休業なのですわ」
てももが公園へ来た理由を話し始めた。
「急に亜希子さんが『スープの味が納得いかない』っておっしゃいまして。それで亜希子さんは自宅でスープ作りにこもってしまいまして、それを邪魔をしてはいけませんと、わたくしは大吾さんの様子でも見にやってきたのですわ」
「……あの、てももさん」
「なんでしょう?」
「前回イエローの亜希子さんからカレーをもらったんですけど」
「そうでしたわね」
「あのカレーって、僕がもらったカレーは激辛カレーだったんでしょうか?」
お腹を痛めて三日三晩寝込んだ辛い(からい)……いや、辛い(つらい)記憶が蘇る。
「あれはうちのお店で販売している普通の辛さのカレーですわ」
「あれがですか!?」
素直に驚く少年。あの罰ゲーム級の辛さが普通とは。
「そうですわね、わたくしたちは戦車戦隊になった瞬間から消費するカロリーが桁違いになってしまいまして、一般の方が火を吹くくらいのカレー、普通の甘辛程度に食べられるのですのよ」
「あ、あれが甘辛……」
あんな辛さのカレーが普通では店としての営業はどうなんだと少年は思うが、それでも激辛好きな人種は意外に多いので、それなりの売り上げはあるのだそうな。
「まぁ仕方ないですわね。わたくしたちは一人一人が軍隊一軍と同等の戦力。その力を発揮させるには膨大なエネルギーが必要なのは必至。香辛料なども量を摂取しないと効かなくなっているみたいですし」
「……あの、それってよく考えると、普段からものすごくお腹が空くってことじゃ」
「そうですわね、デスクロウラーとの戦いの最中からいつでも腹ペコでしたわ」
清楚な雰囲気のてももが突然「腹ペコ」なんて言葉遣いをすると凄く可愛いなぁと少年は思った。顔が少し赤くなってしまった。
「ここにいるリンカーンさんに見出される前は、いわゆるお嬢様というものをしていましたので、食も細かったのですけども」
リンカーンの頭を撫でながらてももが言う。清楚で落ち着いた雰囲気なので「どこかのお嬢様なのかな?」と少年も思っていたのだがやっぱりそうだったようだ。
「でもこのリンカーンさんが全てを変えてくれました、わたくしの全てを」
ほとんど外界を知らない箱入りのお嬢様だったてももの元へ、羽をパタパタ動かしながらリンカーンと名乗る戦車妖精が舞い降りてきたあの日。
「有締栓家の財力であれば、今のわたくしは家に戻れば屋敷の中で幽閉生活を送らせて、誰にも知られずに暮らさせることは可能なんでしょうけど、今さらあの生活――あの空間に戻る気もありませんしね」
あの頃の自分は、頭の中のほとんどは「このまま外の世界を知らずに自分は生きていく」と理解していたつもりだった。でもほんの少しだけ残っていた「外を知りたい」という気持ちが、猫の姿をした妖精が出した手を取っていた。『キミの力が必要だ』そう自分に言ってくれたリンカーンの言葉は心に強く残っている。
「ダイセンシャーとして戦っていた日々。辛かったけど、楽しくもあった日々」
昔日を思い出すように、てももは語る。
「その戦いをくぐり抜けた今のわたくしは、物に満たされた生活よりも心が満たされた生活の方を望みますわ」
満たされた生活との引き換えの、政略結婚用に用意されていた過去の自分。そんな生活が普通だと思っていた女の子が、外の世界にある自由を知ってしまった時、どれだけの代償を払ったとしてももう元の生活に戻るのは不可能だろう。
「それにいざとなればわたくしの今の体の強さなら、大吾さんのように野外での生活も可能ですしね」
丸められたゴザが立て掛けられている銀杏の木を見ながらてももが言う。
「大吾さんなんかお腹が空いたらドングリとか拾って食べてるんじゃないでしょうか」
「あの、ドングリってめちゃくちゃアクが強くて、普通は食べられないんじゃ……」
「アクのほとんど無い品種もございますのよ?」
ドングリ種はこの国の縄文時代記は主食として考えられていて、それを食用とするために採取したドングリを水に浸けてアクを抜くのを、当時の料理方法の手順の一つと一般的には思われているが、実はアクの少ないドングリ種も多く存在する。しかしその手の美味しい(?)ドングリは大概リスに食べつくされているのが普通だったりもするが。
「まぁ大吾さんの場合アクの強い品種でもボリボリ食べているのでしょうけど」
「……そんな気もします」
「クロウラー!」
二人がそんな風に話し込んでいると、いつものどこかで聞いたような台詞がこだました。
「あら、戦闘員の方」
目の前に現れた覆面に全身タイツという怪しさ以外には何もない人物に対して、てももが特に慌てた様子もなく対処する。元がお嬢様でしかも戦車戦隊という波乱万丈な生活を一年も送ってきたのだから、はぐれ戦闘員一人現れたくらいではどうということはないのだろう。ちなみに隣の少年は凄まじく脅えている。これが普通の対応だ。
「申し訳ございませんわ、本日は大鉄輪大吾が不在でして、戦闘員の方のお相手をして差し上げられませんの」
「クロウラー?」
そういわれて元戦闘員がきょろきょろと周りを見回してみる。確かにこの公園を大鉄輪大吾が定宿としている情報はもらったのだが、言われてみれば目標となる人物がいない。
「まぁでもせっかく来ていただいたんですし、何かお飲みにでもなってから帰ってくださいまし。缶ジュースくらいならおごって差し上げられますわ」
というわけで一つのベンチに三人が座り、真ん中にてもも、右隣に元デスクロウラー戦闘員、左隣に少年という並びになった。「なんだこの状況」と少年は思うのだが、元戦闘員が暴れだしてもてももが何とかしてくれるはずなので、それほど心配はないように思う。ちなみにてももは戦闘員と一緒に自販機までジュースを買いに行くのに一端ベンチを離れたので、リンカーンは少年の膝の上に移動している。
「戦闘員の方はこの場所が、どんな意味の場所か分ってらっしゃいますよね」
覆面を少しずり上げて、もらったはちみつ入りレモン水を飲んでいた戦闘員の動きが止まった。
「……」
戦闘員はずり上げた覆面を元に戻し、飲みかけのはちみつ入りレモン水を膝の上に置く。彼は本拠地とは違う前進基地にいたからこその生き残りであるが、それでも帝国崩壊の戦いが行われたこの場所の意味はもちろん知っている。
「あそこにあった火力発電所を丸ごと崩壊させるほどの最終決戦の時、ここに一人の少女が逃げ遅れて泣いていました」
多くの重機車両がひしめき合う、いまだに復興作業が続く発電所跡を目を向けながらてももが言う。多分それは少年に聞かせるために話しているのだろうが、自分自身が改めてその記憶を噛み締めるために話しているようにも見える。
「今まで誰も気づかなかった。でもその時、一人だけ気づいた。ブルーが」
「ブルー……? ブルーセンシャーですか?」
少年が思わず尋ねると「ええ」とてももは力なく答えた。
「鉄車帝国の最強最後の怪人が全てを滅ぼす炎を放った時、その斜線上にこの公園はありました。普通の状態であればそれでもその攻撃をかわすことはできたでしょう。しかし少女の存在を知ったブルーは飛び出して、持てる力の全てを使って少女を守りました。炎が消えた時、少女と少女のいたこの公園は無傷で残りました、でも……」
てももはそこで言葉を詰らせた。でも、続けた。
「少女の前にいたはずのブルーが立っていた場所には、もう何もなくなっていました」
彼がそこに立っていたという足跡の痕跡が少し残っているだけで、本当に何も残さず消え去ったとてももは言う。
「ブルーであった彼には、戦車戦隊時代は良く厳しく言われましたね。元お嬢様に何が出来るとか、良く怒られましたわ」
しかしそんなことを話すてももの顔には過去への憤りは一切無く、過ぎ去った過去を懐かしむようにその声音は限りなく穏やかで。
「でもそれは、彼の優しさでした。わたくしを一人前の戦士に育てようとする厳しい優しさ。彼はこの戦車戦隊で一番優しい戦士。彼はその心に宿る優しき力で少女を守り、そして、この星も守ってくれました」
いつの間にかてももの瞳から涙が零れていた。隣で静かに聞いている少年も泣いていた。敵対者であり、彼を殺した組織に属してた元戦闘員も、覆面の下が滲んでいた。
「彼と同じようにあの最後の戦いでわたくしたち戦車戦隊の全員が、命尽きて倒れていたなれば、それが一番の終わり方だったのかもしれません、わたくしたちにとっても」
力が抜けたようにてももが言う。
「鉄車帝国との戦いが終わってしまえば、わたくしたち戦車戦隊はこの国にいる限りは邪魔者扱いです。強すぎる英雄と言うのはどこでも扱いに困るものなのですわ」
彼ら戦車戦隊の強さは法的処置というものを超えてしまうだけの力がある。そんなものに対して隣人として接しろとは、基本的に弱い生き物である人間にとっては不可能なことだ。
「どこか誰も知らない無人島に移り住んで、生き残った四人だけでひっそりと暮らそうとは、前から言ってたんですよ」
零れ落ちる涙をそのままにしながらてももが続ける。
「わたくしたちの力があれば自治権を主張することもできます。だから一番小さな国の形である公国という形を取って、そこで静かに暮らそうと」
独立国という形で国家を主張している地域もあるが、その地域がある土地を国土で収めている国家は、基本的にはその組織の独立主権は認めていない。だから国際社会に認めさせるにはやはり最小は、国際的に爵位として認められる公爵が治める公国という形になるのだろう。
「でも、大吾さんが言うんです。わたくしたちをずっと引っ張って行ってくれてたレッドセンシャーが」
てももはこぶしを握ると、その清楚な雰囲気に似合わないようにそれで荒々しく涙を拭った。
「あいつは消えただけだ。死んだと決まったわけじゃない、って」
元レッドセンシャー大鉄輪大吾が、働きもしないでここにいる理由。
それはブルーが消えたこの場所を守るため。
そして、いつの日か帰ってくるかもしれないブルーを迎えてやるため。
帰ってくるかどうかなんてそんなの誰にも分らない。
でも大吾はそのために、ここにいる。ずっと。
「クロウラー……――、クロウラー!!!」
静かに話を聞いていた元戦闘員は突然大声を上げて立ち上がると、間合いを取って座ったままのてももと対峙した。
「……」
てももは、多分そうなるだろうと思って、彼の行動、そして自分と対峙する彼の姿を自愛に満ちた表情で見ていた。そして彼の覆面の裾から零れだすのが止まらない涙も。
「それでも、戦わなければなりませんよね、あなたがデスクロウラーの戦闘員であるならば」
てももも立ち上がる。
「だってわたくしがあなたの立場であったなら、わたくしも同じ行動をしますもの。たとえ力及ばないのが分っていようとも、例えこの場で命が果てようとも」
てももが、辛い戦いをくぐり抜けていた戦士だけにしかできない、深みのある笑顔を見せる。
「それが戦う者が、戦う者に対しての最大限の礼儀、そして、矜持ですから!」
「クロウラー!」
元戦闘員の心からの絶叫が公園にこだました。




