9★
予約を間違えてて遅れました。
「次、前の荷馬車、止まれ!」
革鎧に槍を携えた衛兵が二人、パティーの前に立ちはだかる。
だが、その視線はまず、一般的な荷馬の倍近くパンプアップしたパティーの異常な筋肉に釘付けになり、次いで御者台に座るオッドアイの美少女マリと、黒髪黒目のエンマへと向けられた。
明らかに普通じゃない。門番のベテランらしい警戒の色を瞳に宿しながら、手前の衛兵が羊皮紙の帳簿を構えて問いかけてくる。
「見たことない顔だな。ドルフへは何の用件で来た?」
よくある形式的な入市確認だ。
横のもう一人の衛兵は、腰から青白く濁った手のひらサイズの水晶板、簡易的な真偽判定の魔道具を取り出し、エンマに向けて構えている。不審者や密輸人を炙り出すための装備か?
エンマは御者台の上で手綱を軽く緩めると、気負うこともなく、世間話でもするかのような気のないトーンで口を開いた。
「ああ、何の用っていうか……ちょっとした転移系の現象に巻き込まれて、この国に来ちまったんだよ。で、運が悪いことに森の中で盗賊団と出くわしちまってな。正当防衛で返り討ちにして、ついでにアジトも壊滅させたんだ。」
この世界は時空神の力が強く、転移系の自然現象があるとラヴァーが教えてくれた。
簡易的な真偽判定の魔道具の話は聞いていたので嘘は話してない。詳細は語らないだけだ。
「……は?」
衛兵がポカンと口を開ける。だがエンマは構わず続けた。
「見知らぬ国でいきなり大金が手に入ったからホクホクしてたんだが、その盗賊団にいた奴が『見知らぬ土地で動くなら、討伐をきちんと報告した方がいい』って言うもんでな。だから報告と手続きに来たんだよ」
あっけらかんと言い放つエンマ。
あまりに突飛で、悪い冗談としか思えない内容に、帳簿を持った衛兵の眉がつり上がっかけた。
その時だった。
ピシィィィィンッ!
もう一人の衛兵が構えていた真偽判定の水晶板が、かつてないほど透き通った、眩いばかりの純青色の光を放ったのだ。
『判定:【真実】』
水晶の内部に浮かび上がった魔導文字のサイン。
一切の虚偽なし。
言葉の綾も、ハッタリも、誇張すら混ざっていない、純度百パーセントの事実。
「……な、な……っ!?」
衛兵の手がガタガタと震え、落としかけた水晶板を慌てて両手で抱え直した。
転移に巻き込まれたのも本当。
盗賊団と出くわしたのも本当。
単独で返り討ちにしてアジトを壊滅させ、奪った大金にホクホクしながら、報告に来たのも……全部、本当。
「お、おい……冗談だろ……? こいつ、単身で街道の盗賊団を更地にしてきやがったぞ……!」
「更地にはしてない、疑うなら荷を確認してくれ。」
『【真実】』魔道具が淡々と結果を伝える。
「そ、そういう比喩じゃねえよ……ッ!」
衛兵は引きつった顔で叫びそうになるのを喉元で押し留めた。
言葉の端々に至るまで、水晶板は機械のように無慈悲な【真実】の青光を放ち続けている。つまり、目の前の黒髪の男は冗談を言っているわけでも、誇張して吹聴しているわけでもない。文字通りの事実として、盗賊団を壊滅させてその荷を引っ張ってきたのだ。
「お、おい、荷台見せてもらうぞ……」
槍を構える手すら微かに震えさせながら、衛兵の一人が荷馬車の後方へと回り込む。
恐る恐る厚手のシートの端をめくった。
ヒッ、と短い悲鳴が漏れた。
そこにあったのは、冷たくなった大男の2体遺体、街道を荒らし回り、手配書が回っていた凶悪な盗賊団の副頭目だ。
さらにその奥には、ずっしりと重量感を放つ複数の木箱。隙間から覗く金貨や銀貨の鈍い輝きが、これが本物のアジトから略奪し返された財宝であることを雄弁に物語っていた。
「し、真実だ……! あの『赤熊』の幹部が本当に転がってやがる……!」
「お、おい! 隊長を呼べ! 今すぐ特別査定の詰所を開けろ!!」
門番たちの間に電流のような緊張が走り、怒声が飛び交う。
大門の一般レーンでこれ以上押し問答を続ければ、並んでいる大勢の商人や旅人にパニックが広がりかねない。
「あ、あんた……いや、旦那! 馬車ごとあっちの専用搬入口へ回してくれ! 隊長と徴税官が直々に話を聞く!」
つい先ほどまでの事務的な態度は消え失せ、衛兵の口調は完全に「危険すぎる実力者」を丁重に扱うそれへと変わっていた。
「おう、了解だ」
エンマは軽く手綱を叩き、パティーを誘導する。
周囲の列から注がれる「あいつ、一体何を持ち込んだんだ……?」というざわめきと畏怖の視線を背中に受けながら、馬車は重々しい軋み音を立てて特別詰所へと吸い込まれていった。
★
頑丈な鉄格子で仕切られた特別詰所の敷地内へ馬車を引き入れると、そこにはすでに数名の武装兵と、革鎧の上にマントを羽織った髭面の男が待ち構えていた。
門番たちの慌てぶりとは対照的に、どっしりと腕を組んで立つ姿は歴戦の現場指揮官そのものだ。
「おいおい、門前が騒がしいと思えば……。俺がここの警備隊長のエレンだ。お前があの『赤熊』の幹部を担いできたって武芸者か?」
「武芸者じゃねえよ。通りすがりの料理人だ。巻き込まれて襲われたから叩き潰しただけ」
「……料理人、ねえ」
隊長はエンマの肩書きを鼻で笑い飛ばすこともなく、横目で部下へ目配せした。部下が差し出した真偽判定の水晶板が、またしても涼やかな青光を放つ。
『【真実】』
「……マジかよ。最近の料理人は包丁で盗賊団を丸ごと解体するのか?」
「部下の盗賊は剣で仕留めた。幹部は拳だ!
商売道具の包丁で人様を殺生はしない。」
幹部はマリが倒したから事実だけを話す。
ディーとマリには言葉を発すなど伝えてある。
隊長は額に手を当てて深くため息をついた。
だが、その眼光は鋭い。シートをめくって副頭目二人の遺体を検分し、首の折れ方や致命傷の痕跡を確かめると、感心と呆れが半々に入り混じった表情で頷いた。
「手配書の『首折り』ゴードンと『鉄槌』のバルツァーで間違いねえ。街道沿いの商隊を何組も皆殺しにしてきた筋金入りの賞金首だ。……手柄を横取りする気は毛頭ねえよ。法に基づき、首級の報奨金はお前に全額支払われる。
ところで『赤熊』のトラバスはどうした?」
「その赤熊はいなかった、コイツらに殺されたのか逃げたのかは知らない。
そりゃ助かる。で、こっちの木箱の財宝だが……税金だの手数料だのはどうなってんだ?」
エンマが親指で荷台の木箱を示すと、隊長の背後から眼鏡をかけた小太りの男がスッと進み出てきた。革の帳簿と細かな算盤を小脇に抱えた、いかにも数字に細かい徴税官だ。
「ええ、そこは私の出番ですね。略奪品の回収および正当防衛による接収財産の査定です。法規上、盗賊団の討伐者が獲得した戦利品は、被害届が出ている特定美術品等を除き、原則として討伐者の所有権が認められます。ただし――」
徴税官は眼鏡のブリッジを押し上げ、冷徹な事務屋の顔で告げた。
「ドルフの街への持ち込み財産として、規定の入市関税および臨時治安協力税として、総額の二割を徴収させていただきます。……異議はありますか?」
「ねえよ。二割で街の通行手形と市民権の手続きが正規に通るなら安いもんだ。きっちり計算して引いてくれ」
「……話が早くて助かります」
少しでも税を誤魔化そうとゴネる荒くれ者ばかり相手にしてきたのだろう、徴税官は拍子抜けしたように目を丸くし、即座に算盤を弾き始めた。
パチパチパチ、と小気味よい音が響く。
「金貨、銀貨、小粒宝石の合計概算から二割を控除。さらに副頭目二名分の討伐報奨金を加算しますと……差し引き、王国金貨で大金貨三枚、中金貨四十二枚、それに銀貨が少々となります。すべてドルフ中央銀行発行の真正硬貨で現物支給いたします」
「おう、ありがとな」
「それと、こちらが身元引受および納税証明を兼ねた『暫定一級市民証』です。これがあれば、街の中での商売、不動産の賃貸、ギルドへの登録など、一切の不自由はありません」
差し出されたのは、銀色の縁取りがされた重厚な金属板のプレートだった。
これで晴れて、後ろ暗い密入国者ではなく、
「多額の納税を果たし、治安維持に貢献した優良な実力者」としての公的な身分が手に入ったわけだ。
「助かったぜ。厄介ごとは御免だからな、筋が通ってりゃ文句はねえ」
エンマが金属プレートを懐に収めると、腕を組んで見ていた隊長がニヤリと口元を緩めた。
「話のわかる奴で何よりだ。……おい、料理人の旦那。本当に料理人か?他の職業はないのか?」
「そういうの隊長が軽々しく聞いていいのか?
隠す気も無いから言うが【剣鬼】だ」
隊長は生唾をのんだ。
「【剣鬼】⋯⋯街の中で無駄に暴れる気配はなさそうだが、もし手前ぇにちょっかいをかけてくる馬鹿がいたら、息の根を止めねえ程度に加減して突き出してくれや。お前の腕前なら、チンピラの骨を二、三本折るくらい造作もねえだろ?」
「善処するよ。面倒が嫌だから素直に申告したんだしたな。
愛馬とスライムは登録するのか?」
「刺激が強すぎて抜け落ちていた!」
「おいおい、街を守る要がウッカリするなよ(笑)」
「すまんすまん、あの強魔馬はどうしたんだ?」
「森で懐かれたから馬車を引いてもらった。
スライムは従魔になっていた。」
嘘は言っていない(笑)
因みにディーは色を変えて普通のスライムのふりをしている。
パティーは入念に調べ、ディーは簡易的に調べた。
本当に警戒すべきはディーなのにな。
調べ終わると従魔の証明する首輪を一つよこした。
ディーのはと思ったがスライムに脅威はないし首輪を付ける首もないので無しと判断された。
「よし、通せ! 交易都市ドルフへようこそ、旦那!」
ギィィィッ、と重い鉄柵が跳ね上がり、街へと続く内門が大きく開かれた。
パティーが誇らしげに太い鼻息を一つ吹き鳴らし、軋む馬車をゆっくりと前進させる。
視界の先に飛び込んできたのは、高く澄み渡る空と、所狭しと軒を連ねる石造りの巨大な街並み。
立ち並ぶ屋台からは肉や香辛料の香ばしい煙が立ち上り、様々な種族の喧噪と、遠くの港から漂ってくる微かな潮の香りが、エンマたちの肌を一気に包み込んだ。
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