4★黒少女と女頭目とサクラ
本日初投稿につき5話アップ。
コレは4話目です。
「おい、言葉でダメならどうすんだよ!」
『直接接触による物理被覆なら問題ありません。ナノマシンの流動性を維持したまま体表を展開します』
足元のディーがドロリと液体金属のように広がり、俺の両足から一気に這い上がってきた。
全身を滑らかに包み込み、視界には再び半透明のHUD(情報表示)が展開する。
「最初からそう言え! ビビらせるな!」
黒銀の装甲を纏い、俺は古びた洋館の重い扉を蹴り開けて内部へと滑り込んだ。
だが、中へ踏み込んだ瞬間、空気を切り裂く鋭い金属音と激しい打撃音が鼓膜を震わせた。
(……戦ってる!?)
気配を追って大広間らしき吹き抜けの広間へと踏み込むと、信じがたい光景が広がっていた。
石造りの床には、すでに金剛力士像のように筋肉が隆起した大男が2人、頭部をへし折られてピクリとも動かず転がっている。
そして広間の中央で、残る敵と激しく火花を散らしていたのは、全身を黒いスーツに包んだ、小柄な子供のような人影だった。
「なっ……なんだあれ!?」
『解説。人質にされる危険性を考慮し、あらかじめ分体を1体、物置へ潜入させていました。対象が危機的状況に陥った際、分体の自己防衛判断で【装着】したものと推測されます』
「分体でもスーツ化できんのかよ!?」
何でもありだなと驚く俺の視界の先、子供のスーツ姿と切り結んでいる最後の1人、アジトの頭目らしき姿が目に入った。
身長は優に2メートルを超える大女。
肩幅や背筋は恐ろしく引き締まった筋肉質だが、削ぎ落とされたウエストと豊満な胸、張り詰めた太ももが異様な色気を放つ、見事なまでのボン・キュッ・ボンの肉体美だ。
『主、卒業相手にしますか?』
「緊迫した場面でデリケートな話振るなよバカ野郎!!」
ディーの無機質な囁きに心の中で全力のツッコミを入れつつ、戦況を見極める。
黒スーツの子供は驚異的な身のこなしだった。小柄な体躯を活かした目にも留まらぬスピードで死角へ潜り込み、鋭い掌打や拳を的確に急所へと叩き込んでいる。
対する大女もただ者ではない。大柄な体躯に似合わぬ柔軟さで、手にした長槍を風車のように旋回させつつ、リーチの長い鋭利な回し蹴りを織り交ぜて子供を寄せ付けない。力任せではなく、完全に間合いと技で戦うタイプの手練れだ。
ガンッ! と子供の裏拳を槍の石突きで弾いた大女が、獰猛な笑みを浮かべて間合いを詰める!
ガァンッ! と石突きの打撃が空を切った瞬間、大女は迷いなく手にした長槍を投げ捨てた。
「捕まえたよ、ネズミ野郎ッ!」
リーチの差を自ら捨て、踏み込みざまに子供の首の後ろへ分厚い両腕を回す。
ガチリと頚椎をロックする完璧な首相撲の体勢。そこへ、2メートルを超える長身から繰り出される丸太のような右膝が、容赦なく子供の鳩尾めがけて何度も叩き込まれた。
ドスッ! ドスッ! ドガァッ!
肉が破裂するような重低音が広間に響き渡る。
最初こそ虚を突かれて身を縮め、動揺を見せた子供だったが、数撃受けても内臓はおろか骨にすら一切の衝撃が届いていないことに気づいたらしい。
スーツの絶対防御を確信した子供の纏う空気が、一瞬で冷徹なものへと切り替わった。
黒い装甲に包まれた両手の指先がドロリと蠢き、肉を抉るために特化された五本の凶悪な漆黒の爪へと形状を変える。
ザシュッ!!
閃いた爪が、大女の鍛え抜かれた脇腹と太ももを深々と引き裂いた。
「ぎっ……あぁッ!?」
鮮血が派手に舞い散る。急所は辛うじて外れたものの、確実な重傷。大女は苦悶の声を漏らしながら首のホールドを解き、血だまりの中へよろめくように後退して膝をついた。
好機と見た子供のスーツが、低く身構える。
容赦なくその喉笛を掻き切るべく、黒い爪を振りかぶって弾丸のような勢いで突進した。
「止めろッ!」
俺の咄嗟の怒声が、静まり返った広間に木霊する。
すると、爪を振り下ろす寸前で、子供の身体がまるで時間を止められたかのようにピタリと制動した。振り抜かれかけた爪の切っ先が、大女の鼻先数ミリで静止している。
『分体は上位統括個体である私⋯ディーの絶対命令には逆らえません。……主、やはり卒業相手にするのですか?』
無機質な声に、俺はこめかみを押さえた。
「しつこい! こいつはテイルの貴重な情報源だぞ! 」
『了解。情報を聞き出した後、晴れて卒業するのですね?』
「子供の前で下ネタはやめなさい!!」
広間のど真ん中で、俺の全力の説教が響き渡った。
固まったままの子供のスーツが、心なしか小首を傾げている。
大女は観念したような顔を見せながら、背中に回した指先を密かに動かしていた。隠し持っていた小型の投擲ナイフを逆手に抜き、俺の喉元へ投擲しようとした、その瞬間だった。
ドゴォッ!!
大女の右足の甲へ、俺の硬質な黒銀のブーツが容赦なく踏み下ろされた。
分厚い石畳に鈍い破壊音が響き、甲の骨が粉々に砕け散る。
「ぎゃああああっ!?」
激痛に顔を歪めた大女の手から、ナイフが甲高い音を立てて床へ転がり落ちた。
「質問に答えたら、命だけは助けてやる」
俺が冷たく見下ろすと、背後から張り裂けんばかりの絶叫が広間に木霊した。
「殺す! 殺すんだッ!!」
強制停止させられたままの子供のスーツから漏れたのは、激しい憎悪と情動に震える声。どうやら女の子のようだ。
「ディー、ちょっと黙らせて」
『了解』
スーツの頭部がどう変形したのか外からは見えなかったが、「むぐっ……んーッ!」とくぐもった声に変わった。どうやら口元を塞いで黙らせたらしい。
「随分と恨まれているが、あの娘に何をした?」
尋ねながら、俺は砕けた大女の右足をさらに無造作に踏みつけた。
ゴリッ、と骨が軋む感触。
「ひぃっ、ぎぃッ……、吐く、吐くからッ! ……再生スキル持ちの、不吉な娘だから……部下のストレス解消に殴らせた……ッ!」
「クソだな!」
吐き捨てるように呟いた俺の言葉に、大女は脂汗を流しながら震え上がった。
「ま、待ちなッ! あたいが何もしなかったら、あの娘はとうに部下どもの慰み者になってたはずだ!」
脂汗を垂らしながら、大女は必死の形相で弁明の言葉をまくし立てた。
「あたいだって女だ! そんな胸糞悪い地獄は見たくもなかったし、させたくもなかったんだよ! 殴らせて暴力で済ませてたのは……あの娘の心を完全にへし折らせないための、あたいなりの荒療治だったんだッ!」
確かに結果論として、少女の心は折れるどころか復讐の炎を燃やし続け、先ほど幹部ふたりを血祭りに上げて復讐をほぼ完遂した。
だが、だからといって美談になるはずもない。胸糞の悪さに変わりはなかった。
「屁理屈だな」
俺は冷たく言い放ち、踏み抜いて砕いた大女の足を爪先で軽く蹴り飛ばした。
「ぎぃッ……!」
「お前の歪んだ言い訳なんざどうでもいい。それより、色々聞かせてもらおうか。」
俺はそこから、この世界で生きていくための基本的な常識を矢継ぎ早に問い質していった。
流通している通貨の価値と単位。
人族、獣人、エルフといったこの世界の種族関係。
そして、ここから一番近い大規模な街の場所や治安について。
大女は、なぜ目の前の恐るべき侵入者が、子供でも知っているような初歩的な常識ばかりを訊いてくるのかと訝しみながらも、命の危機を感じ取っているのか、澱みなく素直に答えていった。
一通りの情報を聞き終え、俺がふうと一息ついたその時だった。
床に組み伏せられた大女が、恐る恐る視線を上げて尋ねてきた。
「……あんた、もしかして『異界の人族』かい?」
「あ? 異世界のことを知ってんのか?」
思わぬ単語の飛び出しに、俺は思わず眉をひそめた。大女は痛みに顔を歪めながらも、真剣な眼差しで言葉を紡ぐ。
「幾つか伝説が残ってるんだよ。世界が巨大な脅威に晒された時、異界から強大な力を持った人族が現れて救ってくれるっていうお伽噺だ。……どの話に出てくる英雄も、決まってこの世界の常識を知らなかったと語り継がれてる」
大女は覚悟を決めたように喉を鳴らし、真っ直ぐに俺のフルフェイスのバイザーを見据えた。
「あたいは今更、命乞いなんてしやしない! ……だけど、もしあんたが本当に異界の人族なら、頼む、素顔を見せてくれないかい?」
「あん? なんでだよ」
「あたいは昔からその伝説に憧れて……異界の英雄【サクラ】みたいになりたくて、血反吐を吐くまでこの身体を鍛え上げたんだ! 結果として道を誤って野盗なんぞに身を落としちまったが、あたいは今でもサクラ様を心から尊敬してるんだよ! サクラ様と同じ、異界の本物の黒髪と黒い瞳を……死ぬ前に一度だけでいい、拝ませてくれッ!」
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